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24.新たな決意

ある孤児院の保育担当者の話です。閑話ではありません。

 孤児院の小さな部屋には、今日も赤ちゃんたちの泣き声が響いている。その中でも特に大きな泣き声が耳に飛び込んできた。孤児院の前に置き去りにされていた、生後2か月くらいの赤ちゃんだった。


「ほら、どうしたの?泣き虫さん」

 私は赤ちゃんを抱き上げて、いつものように縦抱きであやした。赤ちゃんは私の腕の中でもぞもぞしながら、まだ泣いている。

「うちの子が赤ちゃんだった時に比べて、本当によく泣くのよね」

 心の中でそんなことを考える。うちの息子も今じゃ30歳だけど、抱っこしても泣き止まないなんてことはほとんどなかった。あの頃は横抱きしていたのに。


 20年くらい前「横抱きは危ないし、赤ちゃんの発達に良くない」と偉いお医者様が国民に発表した。自分のやり方が間違っていたと知った時は、本当にがっかりした。それ以来は、どの赤ちゃんも縦抱きであやしてきた。みんなそうだったし、それが正しいんだと思っていたし。

「でも、ずっと縦抱きって結構つらいのよね」

 こないだ育児グッズが使用禁止になってしまって、本当に困っている。あのベビー・ラップがあればまだ楽だったのに。この頃は腕が腱鞘炎になりそうなくらい痛い。


 そんな時、育児方法を視察するために来ていたエレオノーラ様が私の方を見るなり、ドスドスと急いで近づいてきた。

「そこの赤ちゃんを抱っこしている方、ちょっと待ってください!」

 あ、領主様のお嬢様に、ドスドスとか言っては失礼ね。でも、エレオノーラ様は本当に体格がよくて、ちょっと怖くて後ずさりしてしまった。


「え?どうかしましたか?」

 私が驚いて聞くと、エレオノーラ様は真剣な顔で答えた。

「こんなに小さい赤ちゃんを縦抱きにしてはいけません!縦抱きにしていいのは首が座ってからですよ!」

「えぇ!?何を言っているんですか?横抱きより縦抱きの方がいいって聞いていましたよ!」

 思わず大きな声が出てしまった。だって20年間信じてきたやり方を否定されたら腹が立つでしょ?


 でも、エレオノーラ様はとても落ち着いていた。むしろ優しい感じで、丁寧に説明してくれた。

「首がすわっていない赤ちゃんは首の筋肉がまだ弱いから、縦に抱くと、いくら頭を支えてあげていても重さに耐えられないんですよ」

「でも、縦抱きした方が、首がしっかりしてくるのが早いですよ?」

 私は今までの経験から、そう伝えた。

「まるで早く首がすわるように見えるけど、頭の重さを無理やり支えようとして、首周りの筋肉をカチカチに固まらせてしまっているだけなんです。そして、固まってしまった首はうまく動かせなくなって、深いしわもできちゃうんですよ」

 その説明を聞いて、私はそんなことを知らなかったから驚いた。


「あと、たとえ頭を支えていても、赤ちゃんは顎を上げる力が弱いから、うまく呼吸できなくなることもありますよ。何より、縦抱きって赤ちゃんにとってはつらい姿勢だから、背中や腰が曲がってしまって、それで余計に泣くことが増えるのです」

 エレオノーラ様は、私と話しながらも私の腕から赤ちゃんを受け取って、腕で輪っかを作るような抱き方をした。その中に赤ちゃんの背中とお尻を入れるような感じで抱いて、こう続けた。

「それにね、この孤児院の赤ちゃんの寝床はすごく固いマットみたいですが、これではかわいそうですよ。生まれたての赤ちゃんの背骨はCの字みたいに丸いんです。こんな固いマットに仰向けで寝かせたら、背骨がつぶれてつらくなりますよ。背中が丸くなるように抱っこしたり寝かせたりすると、ぐっすり眠れるし、ちゃんと育つのです」


 それから、エレオノーラ様は歩行練習をしている同僚を見つけて声をかけた。

「そこの歩行練習をしている方!まだ歩けない時に無理に歩かせてはいけません!」

 そして、近づいて説明する。

「必要な筋肉が育たなくて、腰周りの筋肉が固まってしまって、うまく運動できなくなることがおおいのです。いきなり歩かせようとしないで、ハイハイをいっぱいさせて、順番にやっていくのが大事ですよ。この子の成長に合わせてサポートしてあげましょうね」


 あちこちで話をしながら、エレオノーラ様は時々腕に抱いた赤ちゃんに話しかけていた。

「こっちの方が楽かな?この腕がつらいのね?じゃあこうしてみようか」

 小さい声で話しかけながら、抱き方を色々変えている。見ていたら、ちょっとスクワットしながら赤ちゃんを上下に優しく揺らしていた。赤ちゃんはいつの間にか泣き止んで、気持ちよさそうな顔でうとうとし始めた。


 私は言葉が出なかった。

「もしかしたら、私の育て方が悪くて子どもたちを苦しめていたのかもしれない」

 そんな思いが頭をよぎり、とてもショックだった。そして、エレオノーラ様の知識と赤ちゃんの扱いに感動してしまった。


「お医者様って病気は治してくれるけど、子どもの成長については詳しくない場合もあるのよ。子どもの成長を研究されているお医者様ならこの方法が間違っているって気づくと思うから、その偉いお医者様は別のことが専門だったのかもしれないわね。私たちは、子どもの成長のために一緒にいい方法を考えていきましょう」

 そして私に正しい赤ちゃんの抱き方を教え、腕の中の赤ちゃんを渡した後、私の赤ちゃんの抱き方を見たエレオノーラ様はこう言った。

「あなた、赤ちゃんの抱き方が上手ね。これから、ヴェルデン領に子どもを預かる施設を作ろうと思っているんだけど、あなた、そこで働いてみない?」


 抱き方が上手だと言われて嬉しかった。

 今まではただ目の前の赤ちゃんたちの世話で精一杯で、外のことなんて考える余裕がなかった。でも、エレオノーラ様の様子を見ていたら、もっと広い世界で赤ちゃんたちの役に立てることがあるんじゃないかと思えてきた。

「私、やってみようかな」

 その言葉が、自分でも驚くくらい自然に出てきた。

「本当ですか?ぜひお願いします!」

 エレオノーラ様は目をキラキラさせて喜んでくれた。


 赤ちゃんの泣き声は相変わらず響いているけど、私の心は不思議とすっきりしていた。

「これからは孤児院だけじゃなくて、もっとたくさんの子どもたちのために働けるんだ」

 私の第二の人生が、ここから始まる気がした。


偉いお医者様が言っているからといって、正しいとは限らないのです。

だって、お医者様が診るのは、病気の子どもだけだもの。偉いお医者様がたくさんの子どもと多くの時間を共にしているか、発達についてちゃんと勉強しているかどうかまで調べてからでないと、信用してはいけないのです。


次は、エレオノーラが「偉いお医者様」について深掘りする回です。

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