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この世界に、君がいてくれたから~もう愚鈍なデブの残念令嬢とは言わせない!~  作者: 北野 志遥
ヴェルデン領

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23/110

23.次の一手

 領内の主要な街を回り終えたエレオノーラは、自室で最後の作業をしていた。机の上には、調査の途中でまとめてきた記録が山のように積まれている。一枚一枚、丁寧に見返しながら、足りない数字や言葉を書き足していった。ペンが紙を走る音だけが、静かな部屋に響く。

 窓からは秋の風が吹き込んできた。少し肌寒い。カーテンが揺れて、ランプの灯りが揺らめく。

 最後の一文を書き終えて、エレオノーラは紙の束を揃えた。そして紐で縛る。

「よし、できた!」


 大きく深呼吸をして気持ちを整えてから、エレオノーラは報告書を抱えてレイモンドの執務室に向かった。扉をコンコンとノックし、中から返事が聞こえてから入室する。まっすぐ兄の机まで歩いていった。

「調査結果をまとめ終わったの。今、少し時間をもらっても大丈夫?」

「あぁ、ちょうどこっちも今一区切りついたところだ。読ませてもらうよ」

 レイモンドの視線が、差し出された報告書に向いた。


 エレオノーラはソファーに腰を下ろした。出されたお茶を飲み、兄が読み終わるまで少し緊張しながら待っていた。

 レイモンドがページをめくる音。

 ときどき、レイモンドが小さな低い声でつぶやくのが聞こえる。

「なるほど……」

「エレンが言っていたとおり、育児グッズには色々問題がありそうだ」

 エレオノーラは、レイモンドが自分の調査を受け止めてくれているのを感じ、心が温かくなった。


 レイモンドは最後のページを読み終えると、報告書を閉じた。そして、エレオノーラを見た。

「エレン、よくここまで調べたな。育児グッズの問題と住民の悩みについて、わかりやすくまとまっている。」

 エレオノーラは背筋を伸ばして、兄の言葉を聞いた。

「育児グッズは、領地内での販売中止、そして使用禁止の対応で問題ないだろう。住民にはこの調査結果を開示すれば納得してもらえるはずだ。」

 エレオノーラは小さく息を吐いた。よかった。兄は、理解してくれた。

 レイモンドは少し間を置いて、尋ねた。

「それで、住民の悩みについてのエレンの考えは?」


 エレオノーラは前のめりになった。

「提案が二つあるの」


 まず一つ目について説明する。

「育児方法についての調査をしたいの」

 エレオノーラは真剣な目で兄を見た。

「子育てについて調べていく中で、育てにくい赤ちゃんがあまりにも多いことに気づいたの」

 レイモンドが眉をひそめた。

「そもそもの育児方法の知識が間違っているんじゃないかと思って。だから、どこか育児について詳しく学べる場所に行って、確かめたいんだけど」


 兄は筋肉質な腕を組んで、しばらくの間じっと考えた。執務室に、沈黙が訪れる。時計の針が進む音が聞こえる。

 それから、レイモンドは口を開いた。

「一軒ずつ家庭を回って話を聞くのも悪くないが、それだと時間がかかるな。孤児院なら、生まれたばかりの赤ちゃんから小さな子供まで、育児経験が豊富な人が揃っている。まずはそこで話を聞いてみるといい」

 エレオノーラは青い瞳を丸くした。

「その手があったわね」

 エレオノーラは納得してうなずいた。


「二つ目は、子育て世帯の悩みを少しでも解消できる方法を見つけたくて」

 調査の中で、子育て中の生活についての悩みも明らかになった。


 エレオノーラは、領民たちの声を思い出す。

「子育ての経験がない人や、自分が子育て中にたくさん我慢してきた人ほど、私たち親に厳しい言葉を投げてくるんだ。ちょっとでも迷惑をかければ、ものすごい勢いで『親の育て方が悪い』と責め立ててくる。あの人たちだって、子どもの頃は誰かに迷惑をかけながら育ってきたはずなのにね」

 ある母親は、憤りを抑えた声で訴えた。

「家族以外にも子どもの世話をしてくれる人がいれば助かるのに」

 別の母親は疲れ果てた顔で言った。


 街の中では、こんな切実な意見も多かった。

「できれば仕事を休んで子育てに専念したいけれど、収入が無くなるのが困る」

 農村部では、また違う悩みがあった。

「収穫の忙しい時期だけ、子どもを預かってくれるところがあれば」


「子育てにもっと余裕があれば、道具に頼らなくても済むかもしれないと思うの」

 エレオノーラは脳裏にリーゼロッテの涙を思い浮かべながら、そう言った。


 真剣に語るエレオノーラに、レイモンドは静かにうなずいた。

「まずは具体的な支援策を検討する必要があるんじゃないかな。例えば……そうだな。領地内で子どもの世話を支援する仕組みを作るのはどうだろう」

 エレオノーラは目を輝かせた。

「それは素敵ね!地域ごとに子どもを預かる施設を設けたり、訓練を受けた世話人を派遣したりするような仕組みを作ることができるといいんじゃないかな」


 さらに二人は、子育て世帯の経済的な負担を軽くする方法についても話し合った。

「仕事を休んだ期間の補助金を提供する制度なんて作れないかなぁ」

 エレオノーラが提案すると、レイモンドは「ほぅ」と驚いて、それから慎重に答えた。

「それは良い案だけど、財源の確保が課題になるな。予算の見直しや、領民の協力を得る方法を探る必要がある。ちょっと難しいんじゃないか?」

 エレオノーラはがっかりした。

(いい案だと思ったのに……)

 けれど、財源が確保できれば、なんとかできるかもしれない。


 その夜、エレオノーラは自室でいつものトレーニングをしながら考えていた。

(やるべきことを整理しよう)

 孤児院の視察。子どもの世話を支援する仕組み。そして、お金の確保。

 たくさん考えなくてはいけない。

 けれど、エレオノーラは、領民の顔を思い浮かべるだけで、どこまでも頑張れる気がした。


(まずは、孤児院の視察だね!)

 もしかしたら、子育ての謎を解決するヒントがあるかもしれない。正しい子育ての方法も伝えたいし、施設で働く保育士候補の勧誘もしたい。

(——ただ、長年続いてきたやり方を変えるのは、簡単ではないだろうけれど)


 エレオノーラは窓を開けた。秋の夜風が、部屋に吹き込んできた。


次は、ある孤児院の保育士の話。閑話ではありません。重要な気づきがある回です。

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