23.次の一手
全ての街を回り終えたエレオノーラは、自室で最後の作業をしていた。これまで調査の途中でまとめていた記録を見返しながら、足りない数字や言葉を書き足していった。そして最後に紙の束を紐で縛る。
「よし、できた!」
大きく深呼吸をして気持ちを整えてから、エレオノーラは報告書を抱えてレイモンドの執務室に向かった。扉をコンコンとノックし、中から返事が聞こえてから入室する。まっすぐ兄の机まで歩いていった。
「調査結果をまとめ終わったの。今、少し時間をもらっても大丈夫?」
「あぁ、ちょうどこっちも今一区切りついたところだ。読ませてもらうよ」
レイモンドの視線が、差し出された報告書に向いた。
エレオノーラはソファーに腰を下ろし、出されたお茶を飲み、レイモンドが読み終わるまで少し緊張しながら待った。
ときどき、レイモンドが小さな低い声でつぶやくのが聞こえる。
「なるほど、エレンが言っていたとおり、育児グッズは危険だな」
エレオノーラは、レイモンドが自分の調査を受け止めてくれているのを感じ、心が温かくなった。
「エレン、よくここまで調べたな。育児グッズの問題と住民の悩みについて、わかりやすくまとまっている。育児グッズは、このまま領地内での販売中止、そして使用禁止の対応で問題ないだろう。住民にはこの調査結果を開示すれば納得してもらえるはずだ。」
読み終わったレイモンドが言った。
「それで、住民の悩みについてのエレンの考えは?」
レイモンドに調査結果を認めてもらえて嬉しくなったエレオノーラは前のめりになって言った。
「提案が二つあるの!」
まず一つ目について説明する。
「育児方法についての調査をしたいの。子育てについて調べていく中で、育てにくい赤ちゃんがあまりにも多いことに気づいたの。そもそもの育児方法の知識が間違っているんじゃないかと思って。だから、どこか育児について詳しく学べる場所に行って、確かめたいんだけど」
兄は筋肉質な腕を組んで、しばらくの間じっと考えた。それから口を開く。
「なるほど……。一軒ずつ家庭を回って話を聞くのも悪くないが、それだと時間がかかるな。孤児院なら、生まれたばかりの赤ちゃんから小さな子供まで、育児経験が豊富な人が揃っている。まずはそこで話を聞いてみるといい」
エレオノーラは青い瞳を丸くした。「その手があったのね」と納得してうなずく。
「二つ目は、子育て世帯の悩みを少しでも解消できる方法を見つけたくて」
真剣に語るエレオノーラに、レイモンドは静かにうなずいた。
「そうだな、まずは具体的な支援策を検討する必要があるんじゃないか。例えば……そうだな。領地内で子どもの世話を支援する仕組みを作るのはどうだろう」
エレオノーラは目を輝かせた。
「それは素敵ね!地域ごとに子どもを預かる施設を設けたり、訓練を受けた世話人を派遣したりするような仕組みを作ることができるといいんじゃないかな」
さらに二人は、子育て世帯の経済的な負担を軽くする方法についても話し合った。
「仕事を休んだ期間の補助金を提供する制度なんて作れないかなぁ」
エレオノーラが提案すると、レイモンドは「ほぅ」と驚いて、それから慎重に答えた。
「それは良い案だけど、財源の確保が課題になるな。予算の見直しや、領民の協力を得る方法を探る必要がある」
エレオノーラは、レイモンドの助言を受け、具体的なプランを練ることにした。
その夜、エレオノーラは自室でいつものトレーニングをしながら考えていた。
「やるべきことを整理しよう」
まずは孤児院の視察。そして、お金の確保と子供を預かる施設で働く人を育てること。
お金の確保については、エレオノーラには一つの案があった。ダイバーレス王国は半島にあるため海に囲まれているのに、あまり漁業が盛んではない。一番魚が取れるのはヴェルデン領だった。でも魚はすぐに傷んでしまうため、ヴェルデン領以外ではあまり魚を食べることができない。
「ヴェルデン領を海の幸が楽しめる観光地にしたらいいんじゃないのかな」
ヴェルデン領では貿易が盛んなので、外国の調味料もたくさん入ってくる。魚を日持ちするように加工したものを国内で売ってもいいだろう。エレオノーラは日本の魚料理の文化をダイバーレス王国にも伝えたいと考えた。
「でも、もうちょっと具体的に考えてからお兄さまに提案しよう」
心の中でそう決めた。
やることはたくさんある。けれど、どうイメージしても、良くなる予感しかない。
エレオノーラは思わず声に出した。
「なんか、わくわくするね!」
戦闘民族エレオノーラ。たぶん、前世で真央だった時も難問に立ち向かうのが好きだったのでしょう。
次は、ある孤児院の保育士の話。閑話ではありません。重要な気づきがある回です。




