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この世界に、君がいてくれたから~もう愚鈍なデブの残念令嬢とは言わせない!~  作者: 北野 志遥
ヴェルデン領

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20/110

20.ヴェルデン領へ

「はあ……」

 三日目ともなれば、エレオノーラのため息も癖になっていた。


「お嬢様、風をもう少し入れましょうか?」

 向かいに座るマリーが、控えめに窓の布を引こうとする。

「そうね。ありがとう、マリー」

 にっこりと笑ってみせたが、頭は暑さでぼんやりしていた。


 ヴェルデン公爵家の馬車は貴族らしい美しい装飾が施されているが、それほど大きくはない。

(こんなに狭かったけ、この馬車……。前に乗った時に比べて、太ったっていうことかしら)


 特に今日は午前から午後にかけて山道を抜けてきたので、馬車の揺れがひどかった。車輪が石を踏むたびに、お腹や二の腕の肉も一緒に揺れる。その感触にもう、うんざりしていた。

「痛い!」

 車体がぐらりと大きく揺れて、肘が馬車の内壁にぶつかった。汗ばんだ肌がぺたりとくっつく。。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 マリーが心配そうに声をかける。

「大丈夫よ。ちょっとぶつかっただけ。それにしても、この狭さと暑さって、一体何の修行なのかしら……早くもっと痩せたいわ」

 マリーは少し目を丸くしてから、ほほ笑んだ。


(まぁ、前までに比べたて太ってはいるかもしれないけど、成長もしているよね。癇癪は起していないもの)

 今のエレオノーラは、不快で多少イライラしてはいるものの、そこまでではなかった。


「それにしても……もう王都を出て3日目なのに、まだ領地に着かないのね」

 窓の外を眺めながら、エレオノーラがぽつりとつぶやいた。


 ダイバーレス王国は大陸の北西にある半島の国だ。隣国との国境にある東の山々は険しく、交易は船が主だった。北西海岸を治めるヴェルデン公爵領は、貿易で繁栄している。


「あと半日で着きますよ」

 マリーの励ましに、エレオノーラはうなずいた。


 馬車の旅は退屈で、エレオノーラは出発前の別れを何回も思い返していた。

 父は見送りにも来なかった。前の晩に「ちゃんと領地経営について学んで来い」と言っただけ。母も「お兄さまの言うことをちゃんと聞いて、わがままを言わないのよ」とたしなめるだけだった。


 しかし、わざわざ見送りに来てくれたフランソワとヒューゴには、直接プレゼントを渡すことができた。


「次会うまでに、このベルトをきつく締められるように、私がいなくてもトレーニングを頑張ってね!」

 エレオノーラがそう言って渡した箱をその場で開けたヒューゴは、革の手触りを確かめながら目を細めた。

「さすがエレオノーラ!センスがいいな。じゃあ、次に会う時までに一番きついところまで締められるようにがんばるか」

 そのヒューゴの言葉を思い出して、エレオノーラは笑顔になった。


「フランソワには、このドレス! 私と色違いのお揃いで、今よりもちょっと細めに作ってあるの」

「まあっ!お揃いなんて素敵ですわ。このドレスが入るくらい、トレーニングをがんばりますわ」

 フランソワは笑顔で受け取ったが、その目元にはうっすらと涙がにじんでいた。その様子を思い出すと、エレオノーラは2人としばらく会えないことが寂しくなった。


 2人に頑張ると言った手前、領地についてからは気合を入れて色々なことに取り組まなくてはいけない。

(まずは、お兄さまに話を聞いてもらわないとね)


 心の中で、どうやって伝えようか考えているうちに、ようやく馬車がヴェルデン公爵領に入った。窓を開けると、懐かしい潮の香りが流れ込んできた。遠くでカモメの声も聞こえる。


 ヴェルデン領は、エレオノーラが王太子妃教育を受け始める前まで、毎年夏と冬に必ず訪れていた場所だ。市場には海産物や異国の品々が並ぶ。商船がひっきりなしに行き交い、交易の賑わいが領内の豊かさを物語っている。


 エレオノーラが窓を開けて外の様子を懐かしむように見ていると、街の向こう側にヴェルデン城が見えてきた。夕日を浴びた白い石造りの壁が、海に溶け込むように輝いている。空と海は燃えるようなグラデーションを描き、その中に浮かび上がる城のシルエットが、まるで絵画のように美しい。

 街の光景すべてが幼い頃の思い出と重なり、心が癒されていく。


 馬車が城の門をくぐり、玄関前にたどりつくと、忙しい中で時間を作ってくれた兄のレイモンドが出迎えてくれた。

「エレン、よく来たな。無事で何よりだ」

 レイモンドの低く響く声が心地よい。

「お兄さま、お忙しい中ありがとう。会えて嬉しいわ」


 レイモンドは相変わらず素敵な兄だった。エレオノーラと同じ金髪に青い瞳を持つが、顔立ちは母親似で、彼女とは印象がまるで違う。きつく見られがちなエレオノーラに対し、レイモンドは穏やかで落ち着いた雰囲気をまとっていた。

 エレオノーラよりも背が高く、鍛えられた筋肉のついた体格の良さも目を引く。そのため、優しい顔立ちでありながら存在感は十分で、太っているエレオノーラの隣に立っても見劣りしない。むしろ、領主代行としての威厳が自然と感じられた。


 エレオノーラはレイモンドに、夕食後ゆっくり話す時間を作ってもらった。

(育児グッズのこと、うまく伝えられるかな……)


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