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20.ヴェルデン領へ

「はあ……」

 三日目ともなれば、エレオノーラのため息も癖になっていた。


「お嬢様、風をもう少し入れましょうか?」

 向かいに座るマリーが、控えめに窓の布を引こうとする。

「そうね。ありがとう、マリー」

 にっこりと笑ってみせたが、頭は暑さでぼんやりしていた。


 ヴェルデン公爵家の馬車は貴族らしい美しい装飾が施されているが、それほど大きくはない。少しは痩せたとはいえ、まだまだ太っているエレオノーラには窮屈で暑い。三日も乗り続けるのは十分な試練だった。


 特に今日は午前から午後にかけて山道を抜けてきたので、馬車の揺れがひどかった。車輪が石を踏むたびに、お腹や二の腕の肉も一緒に揺れる。その感触にもう、うんざりしていた。

「痛い!」

 車体がぐらりと大きく揺れて、肘が馬車の内壁にぶつかった。汗ばんだ肌がぺたりとくっついた。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 マリーが心配そうに声をかける。

「大丈夫よ。ちょっとぶつかっただけ。でもこの狭さと暑さって、一体何の修行なのかしら……早くもっと痩せたいわ」

 マリーは少し目を丸くしてから、ほほ笑んだ。


 エレオノーラは愚痴を言いながらも、心の中では自分のことを褒めていた。以前なら三日間も馬車に揺られていれば、泣き出すか、マリーに八つ当たりしていただろう。今のエレオノーラは、不快で多少イライラしてはいるものの、そこまでではなかった。


「それにしても……もう王都を出て3日目なのに、まだ領地に着かないのね」

 窓の外を眺めながら、エレオノーラがぽつりとつぶやいた。


 ダイバーレス王国は大陸の北西にある半島の国だ。隣国との国境にある東の山々は険しく、他国との交易は全て船を使う。ヴェルデン公爵領は半島の更に北西にある海岸の広範囲を含む、貿易業が盛んな地域だ。

「あと半日で着きますよ」

 マリーの励ましに、エレオノーラはうなずいた。


 馬車の旅は退屈で、エレオノーラは出発前の別れを何回も思い返していた。

 父は見送りにも来なかった。前の晩に「ちゃんと領地経営について学んで来い」と言っただけ。母も「お兄さまの言うことをちゃんと聞いて、わがままを言わないのよ」とたしなめるだけだった。


 でも、わざわざ見送りに来てくれたフランソワとヒューゴには、直接プレゼントを渡すことができた。


「次会うまでに、このベルトをきつく締められるように、私がいなくてもトレーニングを頑張ってね!」

 エレオノーラがそう言って渡した箱をその場で開けたヒューゴは、革の手触りを確かめながら目を細めた。

「さすがエレオノーラ!センスがいいな。じゃあ、次に会う時までに一番きついところまで締められるようにがんばるか」

 そのヒューゴの言葉を思い出して、エレオノーラは笑顔になった。


「フランソワには、このドレス! 私と色違いのお揃いで、今よりもちょっと細めに作ってあるの」

「まあっ!お揃いなんて素敵ですわ。このドレスが入るくらい、トレーニングをがんばりますわ」

 フランソワは笑顔で受け取ったが、その目元にはうっすらと涙がにじんでいた。その様子を思い出すと、エレオノーラは2人としばらく会えないことが寂しくなった。


 2人に頑張ると言った手前、領地についてからは気合を入れて色々なことに取り組まなくてはいけない。


 心の中で、やりたいことをリストアップしているうちに、ようやく馬車がヴェルデン公爵領に入った。窓を開けると、懐かしい潮の香りが流れ込んできた。遠くでカモメの声も聞こえる。


 ヴェルデン領は、エレオノーラが王太子妃教育を受け始める前まで、毎年夏と冬に必ず訪れていた場所だ。市場には海産物や異国の品々が並ぶ。商船がひっきりなしに行き交い、交易の賑わいが領内の豊かさを物語っている。

 エレオノーラが窓を開けて外の様子を懐かしむように見ていると、街の向こう側にヴェルデン城が見えてきた。夕日を浴びた白い石造りの壁が、海に溶け込むように輝いている。空と海は燃えるようなグラデーションを描き、その中に浮かび上がる城のシルエットが、まるで絵画のように美しい。

 街の光景すべてが幼い頃の思い出と重なり、心が癒されていく。


 馬車が城の門をくぐり、玄関前にたどりつくと、忙しい中で時間を作ってくれた兄のレイモンドが出迎えてくれた。

「エレン、よく来たな。無事で何よりだ」

 レイモンドの低く響く声が心地よい。

「お兄さま、お忙しい中ありがとう。会えて嬉しいわ」


 レイモンドは相変わらず素敵な兄だった。エレオノーラと同じ金髪に青い瞳だが、顔立ちは母親似だ。きつい印象のエレオノーラと違って、穏やかな雰囲気を持っている。エレオノーラよりも身長が高く、全体的に筋肉質で体格がいい。そのため、優しい顔立ちなのに太っているエレオノーラの隣にいても負けないだけの存在感があり、領主代行としての威厳を感じさせる。


 エレオノーラはレイモンドに、夕食後ゆっくり話す時間を作ってもらった。

(まずは、お兄さまと話がしたいわ。今までのこと、そしてこれからのことを)


カミーユ曰く「ゴリマッチョ」なレイモンド登場。それはそれでかっこいいと思うのですが、カミーユの好みでは無いみたいです。

次回は、レイモンドとこれからのことを話し合います。

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