19.お嬢様の幸せ
たまに出てくる侍女マリー視点での話です。
私の名はマリー・フォートナムと言います。エレオノーラお嬢様付きの侍女として、私はお嬢様が幼い頃からヴェルデン家に仕えてきました。
学園生活に加えて王太子妃教育のため王宮へ通っていたあの日々。耐えきれずに癇癪を起こされ、私が壊れたものを片付けることも多々ありました。
それでも冷静を取り戻すと必ず謝ってくださり、「明日も頑張るわ」と無理に微笑むお嬢様。その健気な姿に胸を打たれながらも、どうか無理をなさらないでと祈らずにはいられませんでした。いいえ、荒れた部屋の片付けが面倒だったわけではありませんよ。ただ、お嬢様に心安らかに過ごしていただきたかったのです。
ハーマン王子にお嬢様が婚約破棄された日、私の心は怒りと悲しみで震えました。どうしてそんなひどいことができるのでしょう。お嬢様の努力を誰よりも知っているだけに、許せなかったのです。けれど同時に、少しだけ安堵もあったのです。あんな王子と生涯を共にしても、お嬢様が幸せになるはずがないと分かっていましたから。
それからのお嬢様は変わり始めました。毎日の不思議な目の運動や体操、そしてトレーニング。最初は何をなさっているのか分かりませんでしたが、気が付くと、お嬢様の吹き出物が減っていました。少しずつ健康的に痩せられ、そして何より――
(お嬢様が癇癪を起さなくなった!)
私は心から嬉しく思いました。
お嬢様の変化を見てきた私は、ふとした思いつきでお嬢様の真似をしてみることにしました。目の運動をしてみたり、軽いストレッチをしたり。完全には理解していなくても、もしかしたら私にも何か変化があるかもしれないと、時間を見つけては続けました。
そんなある日、手の空いた時間にお嬢様の真似をしていると、背後から声をかけられました。
「マリー、何をしているの?」
振り返ると、エレオノーラお嬢様が微笑んでいらっしゃいました。驚きと恥ずかしさで顔が熱くなります。
「あ、あの...お嬢様が毎朝されていることを見て、私も少し...」
言葉を濁す私に、お嬢様はくすくすと笑われました。
「そうだったのね。恥ずかしがることないわ。悪いことじゃないのだから」
そして、トレーニングの意味を丁寧に説明してくださったのです。
「お嬢様、私もこれからもっと頑張ってみます!」
私の決意に、お嬢様は満足げにうなずき、肩に手を置いてくださいました。
「ええ、マリー!お互い頑張りましょう!」
その言葉に励まされ、私は努力を続けることを誓いました。すると本当に、体に変化が表れ始めたのです。肩こりが楽になり、荒れていた手が滑らかに。体が軽くなって朝の目覚めも良くなり、目の疲れも減りました。
その効果に感動した私は、他の使用人にも話してみることにしました。すると、みんな興味津々。
「それなら私もやってみようかな」
「お嬢様がやっているなら、私たちも試してみるべきよね」
そうして翌朝から、数人が集まって体を動かし始めました。最初は笑い合いながらの小さな試みでしたが、だんだん人数が増えていき、いつの間にか屋敷の習慣になっていました。
みんなが元気になっていく様子を見て、私は心から嬉しく思います。
お嬢様はご自分を変えただけではなくて、周りの人まで変えてしまったのです。
エレオノーラお嬢様は誰よりも努力家で、強くて優しい方です。そんなお嬢様のお側にいられることが、私にとって何よりの幸せなのです。
そんなエレオノーラお嬢様が近々領地へ向かうそうです。もちろん、私もお供させていただきます。エレオノーラお嬢様がいるところが、私の居場所なのです。
エレオノーラが癇癪を起こさなくなって、一番被害が減ったのはマリー。仕事が減って楽になったはずです。
次は、エレオノーラが領地へ向かいます。領地ではマッチョな兄レイモンドが待っています。
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