14.やっぱり、そうなのかも
「昨日、お母さまに聞いてみたの。私、なんだかあまり発達に良くなさそうな赤ちゃん用の椅子を使っていたみたい。『エンジェル・ステイタス』って名前の椅子」
いつもの朝のトレーニングを終え、汗をタオルで拭きながらエレオノーラが話し始めると、ヒューゴもタオルを首にかけて、「おお」と身を乗り出すように話し始めた。
「俺も『エンジェル・ステイタス』っていう椅子を使ってたって話だったぞ。ちなみに、兄貴たちの頃にはまだなかったらしい。兄貴たちは細いから、もしかしたら、やっぱり関係あるのか?」
ヒューゴは上にお兄さんが2人いる。2人とも細身のイケメンで、ヒューゴだけが太っていた。
「私のお兄さまも使ってなかったの。お兄さまは太ってはいないのよね。ということは、やっぱり……」
エレオノーラは腕を組んで、「うーん」と考え込んでしまった。
ヒューゴは、フランソワに声をかける。
「フランソワはどうなんだ?何か特別なものを使ってたって聞いたか?」
フランソワは少し困ったように頬に手を当てた。
「私が小さい頃は『ベビー・ラップ』っていう抱っこグッズを使っていたみたいですわ」
「あ、それ、私も使っていたって!」
エレオノーラが口をはさんだ。
「で、『ベビー・ラップ』はどんなものだったんだ?」
ヒューゴが詳しく聞く。
「赤ちゃんを大人の体に抱っこしたまま固定できるもので、首がすわる前から使えるように頭のうしろを囲むようにクッションがついていたとか。実物はもう手元にないのですわ。でも……」
フランソワはそっと首筋に手を触れながら続けた。
「本当にそんなもので、赤ちゃんの首を守れるものなのか、疑問ですわ」
「そうよね。やっぱり、地面に対して垂直にかかる重力まではカバーできなかったんじゃない?頭の重さを首が支えきれないと思うの」
エレオノーラがうなずいて言うと、フランソワがぽよぽよとした眉をひそめた。
「言われてみれば、そうですわね……もしかして、私の首にある深いしわ、その道具のせいかもしれませんわね。エレンにもありますわよね、深いしわ」
フランソワがぽよぽよとした眉をひそめて言う。エレオノーラは、無意識のうちに首のしわのあたりを指でなぞりながら答えた。
「確かにね。……ヒューゴには首のしわあまり無いよね」
「俺はその、『ベビー・ラップ』とやらは使っていないからな」
ヒューゴは首を両手で触りながら言った。
「重力に負けて、首の骨が曲がって縮んでしまったのかもしれないですわ……。私たちの首、よく頑張ったと思いますわ」
フランソワの話が終わるか終わらないかのうちに、エレオノーラが何か思いついて「あ、わかった!」と声を上げた。
「ずっとお母さんの方を向けて抱っこされていたら、お母さんの体しか見えないわよね。フランソワが目の前をちゃんと見る力が育たなかったのも、もしかしたらそれのせい?」
「そうかもしれませんわ……」
フランソワがうなずく。しかし、その声は少し寂しそうだった。
「でも、母は育児グッズを使うことで子育てが楽になったと言っていたのですわ」
「私の母も同じこと言っていたの。でも……」
エレオノーラは言葉を選びながらゆっくりと続けた。
「その便利さの裏で、私たちの世代や、もっと小さい子どもたちがちゃんと育つことができなかったのだとしたら……?」
3人とも深刻な顔をして、その可能性について考えた。
黙り込む3人。その沈黙をやぶったのは、ヒューゴだった。
「そもそも、なんでこういうグッズが売られるようになったんだ?」
ヒューゴの素朴な疑問に、エレオノーラは小さく「はぁ」とため息をついた。
「ヴェルデン公爵家、つまり私の父が輸入を決めたみたい。それまでは領地にもなかったものだって」
「それなら!」
とフランソワがぱっと明るい表情で提案した。
「直接お父様に聞いてみてはいかがですの?」
エレオノーラは「そうね」と静かにうなずいた。
父と話すのは正直気が重い。昔から、エレオノーラは父からよく思われていないと感じていた。しょっちゅう癇癪を起こして物を壊しては父に叱られていたからかもしれない。父を前にすると叱られているような気持ちになってしまう。そして、先日の婚約破棄騒動の時にも、父によく思われていないことを再確認したばかりだ。
けれど、そんなことを言って逃げていても始まらない。真実を探る糸口を前に、エレオノーラは新たな気持ちで決意を固めた。
そして、その日の午後、エレオノーラは父リカルドの書斎の重厚な扉の前で足を止めた。
ふうっと深呼吸を一つして、少し緊張した手つきでノックする。「入れ」という低く冷たい声に背筋をぴんと伸ばし、そっと扉を開けた。
さて、父リカルドとの対決は、うまくいくのか。
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