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13.体をダメにする育児グッズ

「ねぇ、どうして私たちってこんなに太りやすい体になっちゃったのかなぁ」

 エレオノーラは膝に手を置きながら真剣な表情で言った。

「考えたことある?」


 朝の風が頬を撫で、鳥のさえずりが心地よく響く庭で、トレーニングを終えた3人は古い樫の木の木陰にどっかりと腰を下ろしていた。まだ汗は滝のように流れているが、涼しい木陰のひんやりとした空気が心地よい。

 そんなさわやかなひと時に、エレオノーラは、昨日からずっと気になっていた疑問について2人に聞いてみた。


 ヒューゴは「う〜ん」と首を傾げながら、汗をぬぐったタオルをくるくると丸めている。

「今まで考えたことなかったな。痩せられて嬉しいけど、なぜ太ったのかまでは……」

 ヒューゴは眉をひそめて言った。

「別に俺、そんなにガツガツ食べるわけじゃないのに太るのは確かにおかしいとは思っていたけど」

「私も同じですわ」

 フランソワも小首をかしげる。

「昔からよく転んでしまって、体のバランスが悪いなあって思っていただけで」


 エレオノーラは、身を乗り出すようにして2人を見て、言った。

「これは直感なんだけど、もしかしたら、小さい頃の育ち方が関係してるんじゃないかって思うの」

 エレオノーラは青い瞳で2人の顔をじっと見つめた。

「2人は自分の小さかった頃のこと、何か覚えてない?」

 2人は顔を見合わせて、申し訳なさそうに首を振った。

「う~ん、わからないな……」

 ヒューゴが頭をぽりぽりとかきながら呟き、フランソワも同じように困った表情でうなずく。

「じゃあ、帰ったら家族に聞いてみてもらえる?特にお母さまとか、身近な人に。何か手がかりが見つかるかもしれないから」

 2人は真剣な表情で頷いた。

「わかった。帰ったら早速聞いてみるよ」


 その日の午後、エレオノーラは母クレメンティアの部屋を訪ねた。部屋にはバラの香水のほのかな甘い香りが漂い、午後の陽光が白いレースのカーテン越しに優しく差し込んでいる。


「お母さま、私が産まれてから歩き始めるまでぐらいのことをお話いただけますか?」

 エレオノーラは、クレメンティアにさっそく聞いてみた。

「改めて聞いたことが無いことに気づいて、興味をもったのです」

 クレメンティアは手にしていた刺繍を膝に置いて、懐かしそうにふわりと微笑んだ。

「エレンちゃんを育てるのは、本当に楽だったのよ。手がかからなくて」

 彼女の目が遠くを見つめるように細くなった。

「お兄さまのレイモンドの時は夜泣きがひどくて、もう大変だったのよ〜」

「どうしてそんなに違いがあったのかしら」

 エレオノーラが興味深そうに身を乗り出すと、母は嬉しそうに続けた。


「ちょうどエレンちゃんが生まれる頃に、ヴェルデン公爵家で素敵な育児グッズを輸入し始めたのよ」

 クレメンティアの声が弾んだ。

「特に『エンジェル・ステイタス』っていう赤ちゃん椅子は本当に重宝したわ。まだ自分では座れない赤ちゃんでも座ることができるって、本当に優れものよね。ベッドに寝かせているとすぐに怒って泣き始めるから、よくそこに座らせていたのよ。少しの間は機嫌よく座っていてくれたから」

 エレオノーラはクレメンティアの視線の先をそっと見た。すると、そこには色あせた木製の椅子がぽつんと置かれていた。エレンが使っていたというエンジェル・ステイタスだった。濃い茶色に塗られたその椅子は、部屋の片隅にひとつだけ、大切な思い出の品として丁寧に保管されていた。

 クレメンティアは懐かしそうな目で、その椅子をやさしく見つめている。まるで当時の記憶を慈しむように。


 エレオノーラは立ち上がって、エンジェル・ステイタスの傍まで行ってみた。そして、その形をじっくりと観察する。椅子にはほぼ垂直に近い背板があり横に倒れるのを防ぐようなガードがついている。背面には天使をイメージしたのであろう羽が彫ってある。座面は低く、膝がお尻より高くなるように傾斜がついていて、腰ベルトと足ベルトががっちりと付いている。赤ちゃんがまるで型にはめられるように、不自然な姿勢で座らされるような印象を受けた。見た目は木の温かみがあって可愛いが、触ってみると表面はつるつるとしていて硬く、赤ちゃんにとってはあまり居心地のいいものではないと思った。

 エレオノーラは心の中で、エンジェル・ステイタスが赤ちゃんの頃の自分の体の成長を妨げたのではないかと考えた。

 

「お兄さまには使っていなくて、私には使ったんですよね?」

 エレオノーラは椅子に触れながら静かに尋ねた。

 クレメンティアは特に深く考えていない様子で、こくりと頷いた。

「ええ。レイモンドの時は本当に大変だったから、エレンちゃんは楽に育てられるようにってお父様に勧められたの」

 クレメンティアは誇らしげに胸を張った。

「それに、公爵家で使っていると宣伝すれば、他の貴族にも売れるでしょうし。一石二鳥よね」


 エレオノーラは、その椅子の危険性について思いを巡らせた。腰がすわっていない赤ちゃんは、自分の体重を支える筋力が育っていない。無理に長時間座らせると、筋力や背骨の育ちに余計な負担をかけるという指摘が、日本にいた頃の研究に多くあったし、真央も自分が子どもを育てるときに気を付けていた。


(こんな椅子に私はずっと座らされていたのね……)


 エレオノーラはさらに詳しく聞いてみた。

「他にも特別な育児グッズは使いましたか?」

 クレメンティアは指先で唇を軽く叩きながら少し考え込んだ。

「そうね、歩行器や立ち補助具もあったわ。『ベビー・ラップ』っていう、首が座っていない赤ちゃんでも縦抱っこしながら両手が使えるものもよく使っていたわ~。本当に便利だったのよ」

 エレオノーラは思わず手をぎゅっと握りしめた。おにぎりのような大きな拳に力がこもって、爪が手のひらに食い込む。


 歩行器は、真央も使わされて体をゆがめる原因になったと思われるものだった。

 今までのエレオノーラの苦労は、これらの育児グッズで母が楽をした結果なのではないだろうか。


「……お兄さまは、育児グッズ無しで育ったから、私みたいに太っていないのかもしれませんね」

 エレオノーラが小さくつぶやくと、それを聞いたクレメンティアはむっとして言った。

「なんてことを言うの!」

 クレメンティアは眉をきゅっとひそめて、声を荒げて反論した。

「育児グッズがあったおかげで、あなたが癇癪を起こして泣いていてもレイモンドほど苦労せずに育てることができたのよ。育児グッズが体型に影響するなんて、考えすぎよ。そんなばかげた話があるものですか」


 エレオノーラは母には何もわかってもらえそうにないということを肌で感じながら、

「そうかもしれませんね」

 と表面上は穏やかにうなずいた。しかし心の中では、確信に近いものがじわりと広がっていた。


(もし育児グッズが私の体を歪ませたのなら、ヒューゴやフランソワのお家でも同じようなことがあったのかもしれないね。2人とも、明日教えてくれるかなぁ)


 話を終えて部屋を出る時、エレオノーラは振り返ってもう一度エンジェル・ステイタスを見つめた。午後の陽光の中で、椅子はただそこに佇んでいた。


育児グッズも、ほんのちょっとの間の使用なら、便利でいいんですけどね。全く使ってはいけないという話ではないです。でもエレオノーラは、クレメンティアの口調から察するに、頻繁に座らされていましたね。座ると目線が高くなって新鮮だから、そんな劣悪な赤ちゃん椅子でもエレオノーラはしばらくの間は楽しめたのでしょう。


もし、面白いと感じていただけましたら、ブックマーク登録と、ページ下の 『ポイントを入れて作者を応援しよう!』 より、評価 ★★★★★ をいただけますと幸いです。

8月いっぱいは毎日21時に更新します。9月からは2日に1回を予定しています。


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https://x.com/kitanosiharu

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