悪魔様へのお願いと、STLDataReader
色々あって、自己紹介抜きに始まったら二人の会話ですが、ようやく自己紹介……と言えるでしょうか?
「あ、悪魔様には、暫く姉上としてアンパタの国王陛下として国を統治、いやっ、国に滞在して頂きたいのだが、よろしいであろうか?」
声音は優しそうな感じではあったが、感情の起伏を捉えきれない悪魔様の声に、我は声が震えそうになるのを必死に堪えながら尋ねた。
ばば様には、悪魔様が顕現された際にどう対応すればよいのかなどということを教えてもらってはいない。
そんなことが書かれた書物があるという話も聞いたことがない。
はたして、悪魔様はこちらの願いをすんなりと聞いて頂けるような存在なのであろうか?
「国王として、統治ですか」
どこか吟味するように呟かれる悪魔様に、我は全身に鳥肌が立ったような気がした。
まずい!
悪魔様が国を統治?
我は、正気なのか?
もしかして、既に我は、あ、悪魔様に誘導されておるというのか!?
魂や寿命と引き換えに僅かな奇跡を起こし、人の不幸を蜜とする悪魔様が国を統治などすれば、国が滅ぶに決まっておるではないか!
ただ、我の横にいて頂くだけで十分なものを……一体、我は何を考えているのだ!?
「いえ、わっ、我や宰相もおりますし、悪魔様にはただ王城にご滞在頂くだけで、その………」
「ところで、あなたのお名前を伺っても?」
ひぇぁっ!?
我は、我は、絶対にやってはいけない粗相をやってしまったのでは?
とようやく気が付いた。
外交であれば、相手が我のことを分かっていようと、儀礼上名乗ることは必要だろう。
しかも、相手は人よりずっと格上の存在。
我が礼儀を尽くすのは当たり前なのだ。
そもそも顔を見ただけで我が分かる、アンペラの民とは訳が違う!
「申し訳ございませぬ!
わ、我は、アイリャ アンパタ、王妹でございます」
「王妹?」
「悪魔様、ぃ、今の御身が我姉、小王国アンパタが国王、ラマイ アンパタでございます」
冷や汗が止まらない。
よく考えれば、未だ『面を上げよ』と言われないのは、悪魔様が虫けらのごとき人間に儀礼の欠いた対応をされ、お怒りになっているからではないのだろうか?
ああ、なぜ、我はあんな対応をしてしまったのだろう?
我の願い通り、姉上の姿になられた悪魔様なら、我のことなど分かっているだろうと……そう、我は完全に奢っていたのだろう。
怖い。
姉上の魂は大地神に召され、その身体は今悪魔様が受肉されているこの状況。
姉上に入られた悪魔様次第で、この国はどうとでもなってしまうのだ!
「アイリャ、さんですか?」
「ははっ」
遥か格上の悪魔様が我を敬称付けで呼ぶ訳がない。
『虫けら』『蟻んこ』と呼ばれないだけましなのかもしれない。
「わたしはティティウス。
言葉遣いは先ほどのままでいいですよ」
「よろしいので……よろしいのであろうか?」
「ええ、顔を上げてください」
悪魔様の言葉をそのまま受け取るのは危ない……そう思いつつも、ゆっくりと顔を上げる。
悪魔様は、相変わらず作り物のような笑みを姉上の顔に貼り付けたまま、我を見下ろしていた。
ワールドに接続してからいきなりスカイダイビング体験をさせられかけて、慌ててヘッドマウントディスプレイ、オケラスを外し、パソコンのビューワーに戻って、念入りにピンを落とす場所を再調整した僕。
絶対谷田さんの会社の人で、スカイダイビングが趣味の人いるよね?
管理者権限で入っていきなりあれはちょっと……と思ってしまった。
そして、アンパタ小王国の首都アンペラをビューワーで拡大して眺めて、だいたいの世界観は把握したんだけど、まあ本当に社長さん、いい趣味してるよね。
(ちなみに、国名と首都の都市名が微妙違うのは、何かの活用形みたいなものだろうか?)
世界史は取らなかったから、あまり詳しくは分からないけど、文明レベルは、王政ローマとか、マヤとかの時代に近いような気がする。
鎧らしきものを着ている人、刺繍細かな民族衣装を着ている人など、NPCのモデリングやテクスチャーもとにかく凝っていて、VR体験しがいがあるなって思っていたんだけれど……さて、いきなり降り立った地で、何かのイベントが発生していた。
「えっと、それで……わたしは国王陛下のロールプレイをすればいいんでしょうか?」
「ロールプレイ?」
やけに緊張した面持ちで訊き返してくるのは、アイリャ アンパタさん。
イベントの重要人物となるNPCらしい。
スマホに搭載されているバーチャルアシスタント並みには、流暢に会話できるAIが働いているみたいだけれど、取り合えず、丁寧に話しかければ、それなりに会話は成り立ちそうだ。
にしても、美人だな。
ケチュアと白人の混血系のような顔立ちと言えばいいだろうか?
モンゴロイド系の美人とは違い、鼻が高かったり、ほりがやや深かったりしている。
目も……うーん、睫毛長いな。
モデリング大変そう。
長めの赤毛は、肩甲骨辺りまで伸ばしていて、鎧の上にまでかかっている。
鎧の下は、アンペラで見た人たちよりも豪華そうな民族衣装っぽい。
でも、スタイルいいな。
まだ少女と言える年代とは思うけれど、大人っぽい。
「ぃ、いえ、悪魔さ、ティティウス様」
悪魔……ね。
彼女のプロパティを開いたときに、彼女の家族の関連データ・IDも出ていて、彼女の姉のデータがなぜか空きになっていたから取ったんだけど、おそらく彼女の亡くなった姉のデータを管理者用アバターに適用してしまったらしい。
そりゃあ、悪魔呼ばわりされても仕方ないわ……という感じだ。
でも、イベントにしては出来過ぎているよね?
僕がここにピンを落として、彼女の姉のデータを自分のアバターに適用して、彼女と会う。
そんなのただの偶然に過ぎないはずなのに、こんなゲームらしいイベントが軽々しく発生するものだろうか?
いや、僕がここにピンを落としたから、関係するNPCも転送されてきてイベントが始まったという可能性もあるか。
「そうですね。
ここにいる間、その国王、女王でしょうか? それをやるのはいいんですが……」
せっかく谷田さんたちが用意してくれたイベントだというなら、ここはのるしかないだろう。
ついでに管理者権限も色々試してみたいしね。
ただ……。
「わたしがお姉さんの代わりをやって本当にいいんでしょうか?」
「ぜ、ぜひとも!
我一人がいても、姉上がいないことがバレれば、この国は数日ともちそうにないのだ。
我の傍にいて頂くだけでよいので、ぜひともお願いしたい!」
こういう時代、こういう文明圏での国王のロールプレイ。
彼女には悪いけれど、何とも面白そう。
「た、ただ、もう少しお待ち頂きたい!
ご存じとは思うが、王城は敵兵、グスコ帝国の工作兵にほぼ占拠されておる。
我が国のガルカに侵攻した八千のグスコ兵に対応すべく、我らも予備役含め千の兵を集めて出撃したが、工作兵二百に回り込まれてこの様なのだ」
ああ、ビューワーで見た限り、王都アンペラの人口が三万。
予備役の兵や近隣の領地から急遽兵を集めても千というのは、小国には精一杯だったということか。
「姉上は、半日前にガルカで、大地神に生贄として捧げられた。
今姉上が皆の前に姿を現すのはまずい……」
「半日前に亡くなられたのが影武者というのではダメですか?」
「う、うむ、我も、ティ、ティティウス様のお考えのように、影武者ということにはしたいのだが、王城を取り戻さねば、それも難しい。
ここは、カンチャからアンペラに入ってくる街道を見張る詰め所の一つで、表向きにはないことになっている避難場所でもあるが、今ここに姉上が一人で現れるのは不自然過ぎるのだ」
へぇー、そういう場所だったのか。
普段人の集まらない詰め所に、人が集まっているから幕みたいのを張っていたと。
「それで、取り返さなければならない王城内に味方は?」
「王直轄の兵が二百。
ただ、突然グスコの工作兵が侵入してな、我も王族警護の兵と共に逃げるので精いっぱいだったのだ」
ビューワーで見れば分かりそうだけれど、まあ今も戦っているか、どこかで閉じこもっているかってことね。
うーん、管理者権限アバターと言っても、このワールド、そもそも魔法とかないよね?
この微妙に半裸のこのアバター……うう、僕なんだけれど、はあスタイルいいな……ええっと、このアバター、剣すら持っていないしな。
管理者権限でどうやって戦えと?
NPCのモデルデータはコピーできたけれど、実行中のNPCのプロパティを直接弄れるかは微妙だしなあ。
「あ!?」
「ど、どうされた?」
クラウドに何か適当にファイルをアップすれば、それ、使えるのかな?
えっと、試しに小学生の頃作った平面のSTLを読み込んでみるか。
三角形ポリゴンニ個で構成されたただの正方形の平面モデルなんだけれどね。
「ちょっと待ってね」
オケラスを外して、パソコンの画面と向き合う。
ふぅ、結構汗かいちゃうな。
あの平面のSTL、時系列で整理しているから、すぐに見つかるとは思うけど。
あった!
ドラッグアンドドロップでクラウドにあげてと。
おっ、STLアップロードできたみたいだ。
オケラスを被り直すと、王妹ちゃん、いや、アイリャちゃんがこっちを凝視していた。
「ど、どうされた?」
「えっと、ファイルの読み込み」
「ファイルの読み込み?」
うん、NPCとするような会話内容じゃないからそうなるか。
まっ、取り合えず、シェルを立ち上げて、クラウドにあげたSTLを“STLDataReader”クラスのインスタンスを適当に作って、そいつに“SetFileName”で読み込んでUpdateしてやるとっ!
おっ、出た出た、“SetPosition”しなくても、デフォルトだと管理者アバター傍に出現するのか。
これは使えそうだ。
うん?
ついでに言うと、ポリゴンの裏面はシェーディング処理全くされないのか。
まあ、あるっちゃあるんだけれど、黒過ぎない?
Webニュースで見た世界で一番黒い塗料だっけ?
あれみたいに、凹凸があるのかないのかすら分からないくらいだ。
おっ!
これってもしかして!!
ティティウス様が『待って』とおっしゃって数秒、ティティウス様がまるで姉上の身体から出ていかれてしまったかのように、姉上の身体は完全に動きを止めた。
ゾッとした。
一体何が起きているのかと思った。
そして、ティティウス様はすぐ戻られたのだが、今度は空中にある見えない板か何かを指で叩くような仕草をされ……
板が現れた!
「なっ、なななななっ!???」
そうなのだ。
姉上に受肉されたティティウス様の傍の空中に我らが寝そべっても余りあるほどの大きな板が突然、現れたのだ。
「こ、こ、これは……?」
「この程度のプリミティブ、一行で出せると便利なんだけれど……」
「プリミティブ?」
我は混乱しながらも、おそるおそる板に近付く。
薄い!
薄過ぎて厚みがあるのかも分からないくらいだ。
しかも、何なのだ!
裏面が『影』では説明できないくらいに暗い!
完全な闇になっている!
指を突っ込めば、別世界に吸い込まれてしまいそうだ。
「う、うわわわ……」
灰色の表面は大丈夫そうだが……いやティティウス様が出したもの、触っても大丈夫だろうか?
うわっ、触ってしもうた!
つるつる、していて、冷たくもなく、熱くもない。
何となく硬そうだが。
「アイリャさん、武器くらいはお持ちでしょう?」
「うむ、今なら小剣を持っておる」
「軽くでいいので、上から突いてもらえますか?」
「よろしいのか?」
「はい」
にこやかに言われてしまったが。
この『プリミティブ』とやら、一体何だというのだろう?
小剣を鞘から抜き、灰色の表面を突いてみる。
う、厚みがないのに硬いぞ!?
凹んだり、たわんだりもしない、硬過ぎる!
はっ!?
しかも、何なのだ、このキン、キンという音は!
「なるほど、大丈夫そうですね」
いやいや、厚みがないようにしか見えぬのに、この硬さ。
この世のものとは思えないのだが。
「えっと、試しに動かしてみましょうか?」
「はえ?」
相変わらずのにこやかな笑みのまま、姉上なティティウス様は上機嫌にまた空中を叩き出す。
今度は一体何をされるというのか!?
我は嫌な予感がして、全力で十歩ほど後ろに逃げ、身構える。
次の瞬間……板は勝手に動き出した。
ブゥンと空気を押し出すように立ち上がり、表面を我らに向けるようにした後、詰め所を隠す林に向かって同じように進んでいく。
「ひょわっ……」
呆然としながら眺めていると、板は木々に当たり……
「………」
コォン、メキメキ、バキバキと幹ごと押し倒すと、
「ほわぁっ!??」
コォン、ズゴゴゴ、バカン!! と、その後ろにあった斜面から突き出した巨石にぶちあたり、木々を押し倒したときと同じ速さのまま平然とめり込み、砕きおった!!
「なっ、なぁぁっ!?」
自分の目と耳を疑うとはこのことだと思った。
薄板が宙に浮いているというだけでも奇術程度では説明できぬほどの奇跡だというのに、巨石までも打ち砕くとは、一体全体何なのだ!?
「おっと、いけない。
STLのモデル本体は物理シミュレーションオフにして、周囲のもの側だけコリジョンディテクションだけ入ってるとこうなるのか。
何の設定もしてないがゆえに、非破壊オブジェクト化するとか笑えちゃう」
ティティウス様が我と話をされているときとは違う口調で、またよく分からないことをおっしゃっている。
そして、い、板が止まった。
いや、あれ、岩盤に完全に突き刺さっておるぞ。
あと、ティティウス様、確かに『非破壊』とおっしゃったな?
ひ、非破壊とな?
この薄板は、もしかして……この世のものでは絶対に破壊できないような代物だったりするのだろうか?
「ふっふっふ、じゃあ、これも試してみようか?」
ティティウス様、やはり悪魔、天魔様なのだと思った。
絶対に悪いことを考えているとそう思った。
そして、間違いなく矛先は我に向かっているとそう直感で察した。
「な、何をされるので?」
「はい、ポチッとな!」
ブォンという薄板が空気を押し退け、風を遮るような音を立てた次の瞬間、我はこの世に存在してはならぬ、本当の闇の世界に囚われてしまったのだった!
はい、魔法やら超能力やらはない世界ですが、CGのVR空間として弄れます(笑




