第一話:ファンファーレ
窓の外から差し込む午後の陽光が、埃の舞うオフィスを穏やかに照らしている。
日向浩は、液晶モニターに表示された中途半端な企画書を見つめたまま、意識を半分ほど微睡みの海に沈めていた。
(……これじゃ企画は通らないな。もう一捻り……)
暗転したモニターの端に、自分の顔がぼんやりと映り込む。
落ち窪んだ眼窩には、連日の不眠を象徴するような深い隈が鉛色に張り付いていた。
単調だった思考が睡魔に負け、輪郭がぼやけていく。
カチカチというマウスのクリック音や、遠くで鳴る電話の音が子守唄のように聞こえ始めたその時だった。
『パラッパッパー!』
突如として、景気のいいファンファーレが鳴り響いた。
「うおっ!?」
浩は椅子の上で跳ね上がり、激しい鼓動を抑えながら周囲を見回した。
心臓が耳元で鳴っているかのようにうるさい。今の爆音はなんだ。誰かのスマホのアラームか、あるいは誰かの悪質ないたずらか。
しかし、オフィスの光景は平穏そのものだった。隣の席の同僚は無表情にキーボードを叩き続け、上司は眉間に皺を寄せて資料を読み耽っている。
(……空耳、か……?いや、それにしては……)
空耳で済ませるにはこの鼓動が邪魔をする。
それに、騒がしい残響がまだ耳に残っていて……
「日向先輩。今、盛大に寝てましたよね?」
不意に横から声をかけられ、浩は肩を震わせた。
そこには営業部の後輩である朝霧流が、苦笑いを浮かべて立っている。
「あ、いや……ははは。ちょっと考え事をしていてね」
「それにしては、なかなか激しい動きでしたけど……疲れが溜まってるんじゃないですか?今日もこれから、咲ちゃんのお見舞いでしょう」
朝霧の言葉に、浩は曖昧に頷いた。
「ああ、そのつもりだよ。今月はこれ以上残業できないし……」
「……日向先輩。あんまり無理しないでくださいよ。毎月限界まで残業して、休日は深夜までバイトって……そんな生活いつまでも続けられませんよ」
朝霧の瞳には、こちらを思いやる真摯な光が浮かんでいた。彼は浩の隣に椅子を引き寄せ、声を潜める。
「お金のことなら……俺だって少しは力になれますから。独身で貯えも多少はありますし……」
「……いいんだ、朝霧。気持ちだけ受け取っておくよ」
浩は後輩の言葉を遮るように、穏やかに、けれど断固とした口調で返す。
「咲は僕の娘だから。父親が頑張るのは、当然のことだよ」
浩はカバンを手に取り、手早く荷物をまとめると、逃げるように席を立った。
「じゃあ、お疲れ様。病院が閉まる前に行かないと」
そそくさとエレベーターへ向かう浩の背中。
それを、朝霧は無言で見送る。
その視線には、何かを値踏みするような色が含まれていた。
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