恐ろしいのでしたらここで引き返しても良いのですよ
キヨミハラ学院の東、清流テラ川を遡るような道を、アスカ、ヒロヨ、オビトの3人が歩いていく。クラハシの丘古墳は、この先にある。
クラハシの丘古墳の探索は、コウセイ皇子の申入れで中止となった筈である。
それなのに、3人がクラハシの丘に向かっているのは、いかなる訳か。
数日前――
ヒロヨの気持ちは納得できていなかった。コウセイがオビトに申し入れて、古墳探索が中止になったということだが、これでは兄が怖気づいたみたいではないか。
放課後、たまたま一人でいたアスカをみつけ、ヒロヨが迫る。
ヒロヨ
「今度の日曜日、分かっているわね?」
アスカ
「あら、古墳探索の話でしたら、コウセイ皇子がお申し入れて中止になったのではなくて?」
ヒロヨには、アスカの「お申し入れて」という言葉が、「怖気づいて」という言葉に聞こえた。これが、ヒロヨを激高させた。
ヒロヨ
「何さ! いい気になって。 古墳探索なんて退屈なこと、お兄様が興味を持たなかっただけですわ。 そもそも怖気づいていたのは、オビトの方ではなくて?」
アスカ
「バカ言わないで! あのメスリの丘を攻略したオビトなのよ! クラハシの丘の古墳探索ぐらい、どうということはないわ!」
ヒロヨ
「だったら決まりね。 今度の日曜日、朝8時、テンプル・リスペクトの門前に集合よ。 分かっているわね? 約束に遅れたら、今度こそ『弱虫オビト』ってバカにしてやるんだから!」
アスカ
「オビトは弱虫じゃない! 分かったわ。 今度の日曜日、朝8時ね。 その代わり、オビトが古墳を攻略できたら、皇女様がオビトのために御霊の依り代になるのよ!」
ヒロヨ
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。 オビトが古墳を攻略できなかったら、アスカ、アンタがお兄様のために御魂の依り代になるのよ!」
依り代になる――その所作は秘儀とされているので、ここでは内容を明らかにしない。ただ、少女たちにとって、相当の負担になる行為であるとだけ言っておこう。
こういうわけで、アスカ、ヒロヨ、オビトの3人が、クラハシの丘に向かうことになったのである。オビトは、その日になって、強引にアスカに連れ出された。
先頭は、自分が先と競って歩くアスカとヒロヨ。その後ろを、これに遅れまいと、やや早足で行くオビトである。
空気が重くなってきた。
クラハシの丘は、古墳に眠る主の邪気が周囲に漏れ出し、周辺に魑魅魍魎が跋扈しているといわれている。
すでに森の奥深くに入っている。薄暗い。
ヒロヨ
「キャー!」
テラ川の淵から飛び出してきたのは、河童である。溺死した破落戸の死霊にクラハシの丘の邪気が感化して妖怪化したものか。
アスカ
「紅蓮の戦士『不動の解脱者』!」
アスカが五鈷金剛杵を取り出し守護霊を召喚。守護霊が手拳一発、一撃で河童を斃した。
アスカ
「フフフ、どうしたのですか? ヒロヨ姫、恐ろしいのでしたら、ここで引き返しても良いのですよ」
ヒロヨ
「バ、バ、バ、バカなことを言わないで。 守護霊だったら、私も召喚できるんだから!」
アスカ
「ギャー!」
今度は、アスカの足元で気持ち悪い感触。不定形で、やや強力な浮遊霊か。
ヒロヨ
「輝ける闘士『太陽の法衣』!」
とっさにヒロヨが両手で印を組み、守護霊を召喚。
ヒロヨ
「火焔光!」
ヒロヨの守護霊『太陽の法衣』の眉間から、赤い光線が発せられ、浮遊霊を蒸発させた。
ヒロヨ
「オホホホホ。 恐怖しているのは、アスカ殿でなくて? それに、オビトちゃんはまだ守護霊が使えない様子。 この先、大丈夫かしら? ホホホ」
妖怪を1体斃して、余裕ができたアスカとヒロヨである。
残るオビトは、というと――
実のところ、あまり恐怖はしていなかった。メスリの丘で手に入れた陰陽劍|(2振)を持っている。その霊力で、妖怪の動きをけん制することができる。何よりも、チート級に歴史の知識を持っているオビトは、これから向かうクラハシの丘に眠る主の真名について見当がついていた。だから、いかに古墳の主の霊力が強力でも、真名を唱えて、その霊気を封じる自信があった。