彼をどこか気の休まるところで供養してやりたい
オッグ=アイランダーは、ここクラハシの丘で、眠れる古墳の主の御魂を呼び覚まそうとしていた。その霊力を、守護霊の一部として奪おうとしていたのかもしれない。
ところが、その古墳の主の御魂の前で、オビトが誤った名前を唱えてしまった。このため、古墳の主の御魂が荒ぶる御魂と化してしまい、こうなると、オッグの霊力では抗えない。
オッグは、逃げ出すほかはなかった。古墳の主の御魂の霊力は惜しいが、自分の命もまた惜しい。
逃げるその先に、一人の男。明らかに中年。彼はオッグの仲間だ。
オッグ
「ベンセイ! 御魂が暴走した! ここは引いた方が良い!」
ベンセイ
「オッグ! 何をした! 迂闊に真名を唱えたか!」
オッグ
「面目ない! このほかにも奴らの仲間がいたんだ! その仲間の一人が、御霊の前で、出鱈目な名前を唱えた!」
ベンセイ
「おのれ――しかし、それではやむを得ない。 ここは、撤退か」
ここにいる中年男、彼の名はベンセイ=ウィート。オッグとベンセイの関係や来歴は、次回作以後に譲ろう。ちなみに、最初に現れたキツネ男は、ベンセイとオッグに金で雇われたゴロツキ守護霊使いである。
この時、ベンセイは、めざすクラハシの丘に向かうライバルが現れたので、その抹殺を担当していた。ライバルというのは、アスカと、彼女を助けにきたコウセイとヒロミである。
アスカが、紅蓮の戦士『不動の解脱者』で、亡霊1体を撃退。
次にコウセイが、蒼き竜騎士『空飛ぶイルカ』で、中型の鬼を一刀両断。
アスカ
「あらかた、片付いたようね」
コウセイ
「急に、妖怪の数が減ったようだ。 何があったのだろう」
ヒロミ
「こうなると、先に行ったオビトとヒロヨ皇女が心配ね」
3人は、休むことなく、オビトとヒロヨが向かった先へ急いだ。
3人が駆け付けると、地面に倒れ込むオビトとヒロヨがいた。腰を抜かしているようだ。
アスカ・ヒロミ
「「オビト!」」
コウセイ
「ヒロヨ!」
ヒロヨ
「あ……お兄様。 やったわ……やりましたわ……」
アスカ
「オビト! しっかりして」
オビト
「やぁ、アスカ? ヒロミも?」
アスカ
「どうしたの? 何があったの?」
オビトは、黙って、右手に握る陽劍を、破壊された封印石の方角へ向けた。
ヒロミがその辺りを調べると、浅い竪穴がある。
その底に、白骨があった。
ヒロミ
「これは?」
ヒロヨ
「オビトが、古墳の主の真名を言い当てたの。 そこにあるのは、おそらく、古墳の主の亡骸ね」
ヒロヨは立ち上がり、ヒロミに状況の説明をした。
アスカ
「ということは?」
アスカが、ニヤニヤしながらヒロヨを見る。アスカとヒロヨは、オビトが古墳を攻略できるかどうか賭をしていた。攻略に成功したら、ヒロヨが依り代となって、古墳の主をオビトの守護霊とすることになっていた。
ヒロヨ
「分かっているわよ!」
ヒロヨが、勢いよく上着を脱ぎ棄てる。
コウセイ
「ヒロヨ! 何をするつもりだ! 落ち着きなさい!」
ヒロヨ
「放っておいて! これは女同士の約束なの!」
ヒロヨの態度にも気を留めず、オビトは立ち上がり、竪穴の中の白骨を見下ろした。その白骨の胸部に、わずかな魂のゆらぎを感じる。
この魂のゆらぎを依り代に憑依させ、次いで依り代から霊気を譲り受ければ、これを守護霊とすることができると言われている。
オビト
「いや……やっぱり、この古墳の主を守護霊とするのは、止めておきましょう。 この古墳の主は、長年にわたり怨気を癒されずにいたので、気持ちが疲れています。 自分はむしろ、彼を、どこか気の休まるところで供養してやりたい」
コウセイ
「そうだね。 このクラハシの丘を覆うほどの凄まじい怨気だった。 僕も古墳の主を、誰かの守護霊とするのではなく、しかるべきところで、しばらく鎮魂するのが良いと思う。 そうだ、イカルガのテンプル・ホーリィに頼んで、ここの古墳の主をきちんと葬ってやるというのはどうだろう」
オビトもそれが良いというので、渋々ながらアスカもその結論に従った。ヒロヨは、ほっとした様子だ。
後日、テンプル・ホーリィから数人の僧侶が派遣され、クラハシの丘の古墳の主の亡骸がテンプル・ホーリィ近くの古墳に移された。この移葬を手掛けた僧侶によれば、白骨化した亡骸が2体あったという。ところが石棺が1つしか用意されていなかったので、2体の亡骸は1つの石棺に葬られることになった。どうしてここに2体の亡骸があったのかは分からない。後にその古墳は、テンプル・ホーリィの僧侶の間で、陵と呼ばれるようになった。
(おわり)
いかがでしたでしょうか。
面白いと思われた方、是非とも感想、いいね、★評価、レビューなどください。
物語の歴史背景は、「天平のファンタジア拾遺集」で解説していることがあります。ご興味のある方はこちらもご覧ください。