第九十六話 近付く決戦
「━━五人。ボスがそう言ったのか?」
「うん。狭き門ですよねぇ」
ほの暗いベンチで、男二人が腰掛けながらタバコを燻らせる。
速川の命懸けの行動により再び外に出ることが出来た鋼と、真殿だ。
「間違いなく剱持さんと加集さんは確定として……残りは三人。候補は色々いるだろうけど、鋼さんもその一人だと思うよ」
「そりゃ光栄だね。だが、最終的にどうやって決めるんだろうな?」
「加集さんが面子選びをするらしいね。彼女のお眼鏡に叶うかどうか次第かも」
「フン。気に入らねェんだがなあの女は。自分は特別だと言いたげな雰囲気がよ。……同じ美人ならマドカのがよっぽど━━」
そこまで言いかけて、鋼と真殿は黙った。
「……惜しい人を亡くしましたね。止められなくてすみません」
「お前が謝ることじゃないだろ。アイツは止めたって止まる女じゃないさ。……だからこそ、気に入ってたんだからよ」
「……えぇ、そうでしたね」
真殿はタバコを消し、大きく息を吐いた。
「仇を討つとか、そういうのって考えてます?」
「考えてねぇ。……って言えば嘘になる。だが、マドカがそんなことを望むか?」
「……望まないでしょうね。そんな無駄なことする暇があったら仕事しろ、だとかなんとか言いそうです」
「ハハ! 違いねェや。しかも相手はあの死神だ。自然災害みたいなもんだからな、個人が挑んだってどうにかなるような相手じゃねぇ。ヤツに勝てるなんてほざくほど、俺も自惚れちゃいねぇさ」
と、口では言うものの……鋼は何処か悔しそうな顔を浮かべていた。
真殿はそれに気付いていたが、見て見ぬふりをした。
「……候補の話だがよ。残り二人じゃねェか? あれを一人って数えて良いもんかはわからねェが」
「………………あ。そうか。それもアリなのか。何故か無意識にアイツはナシだと思ってました」
「純粋に強さを求めるなら外せないと思うぜ。加集のヤツなら絶対に選ぶはずだ」
たしかに、と真殿は複雑そうな表情を浮かべていた。
「『ドライ』、かぁ。僕が手術しといて何だけど、アイツは不気味で好きじゃないんだよなァ……」
「キメラ共は全員不気味だろ?」
「それでもまだ可愛げがありましたよ。生身のロボットみたいなもんで、ちゃんと言葉を理解してこちらの指示だけに従いましたから。……でも、ドライは……」
「あまりにも、自然すぎる。会話を理解するだけでなくまともな対話が可能な上、指示を出してもドライが気に入らない指示だと平気で無視します。普通の人間と全く同じ外見と行動パターンを持ちながら、身体の中はキメラだ。アンバランスすぎて、我ながら気持ち悪いですよ……」
「だとしても、だろ。戦力になるんならなんでもいいさ」
「そうですけども……」
何だかなぁ、と真殿は苦笑いを浮かべた。
※
「━━さぁて、誰を選びましょうか」
タブレットを操作しながら、加集は微笑む。傍らには、剱持が立っていた。
「……私とお前は確定なのだろう? つまりはあと三人か」
「そうですね。組織の能力者は粒揃い、誰を選ぼうと榊様の勝利は揺るがないでしょうが……相手も同じゼロ。適当に選ぶわけにはいけませんね」
「ゼロ……か。蒼貞とも、戦うのだな」
剱持は刀の柄を触りながら、微笑む。何かを懐かしむような表情だ。
「……古巣が気になりますか?」
「そうだな、否定はしない。だが、元仲間だから躊躇するという意味ではない。むしろ逆だ」
刃を抜き、真っ直ぐに構える。
「やっと……やっとアイツと戦える。進化しても届かなかった奴の高みに、たどり着いた。楽しみだよ、加集」
「……おやおや。子供みたいに目を輝かせちゃって」
くすくすと笑いながら、加集は窓越しに外を見た。
「あの二人は、誰を選ぶんでしょうねぇ」
※
「……その話、本当ですか蒼貞さん。剱持さんが組織にいるって……」
「あァ。残念ながらな」
氷堂は、驚きを隠せずにいた。
蒼貞が氷堂、遠阪に話した内容は……元仲間の剱持の所在の話だ。
監獄を襲撃した際、強者を何人も切り捨てた侍。元仲間ならば嫌でも剱持とわかる手際だった。
「何やってるんだあの人は。確かに戦うのが大好きな人でしたけど、好き好んで人を殺すような人じゃ無かったでしょうよ」
「そうだな遠阪。でも、あくまでオレ達から見て……だろ。本心がどうだったかなんてアイツにしか分からねぇよ」
それはそうですが、と遠阪は言葉を濁す。
そこに、黙り込んでいた氷堂が口を開いた。
「聖戦、でしたか。そこに剱持さんが現れる可能性もあるってことですよね」
「そうだな。榊の野郎が組織から五人を選ぶなら間違いなく剱持を選ぶだろう。アイツより強い奴が五人以上いるとは流石に思いたくねぇしな」
「……もし、そうなら」
氷堂は怒りを顕にしながら、手を強く握りしめる。
「剱持さんは、私が殺します」
「お前……」
普段では考えられないほど、感情を出す氷堂。
宥めようと思う蒼貞ではあったが、内情を知っているからこそ、口を閉じた。
「ちょっと待ちなよ理央ちゃん。一人で戦うっての? 剱持さんは強いよ?」
「関係ありませんよ。私達を裏切って殺戮を行ったって言うんなら……容赦はしません」
氷堂の怒りに気圧され、遠阪も黙ってしまう。
「……だったら、もっと鍛えてやるさ。聖戦まではまだ時間がある。オレが与えた力をちゃんと使いこなして、あのバカをぶん殴ってやりな」
「はい!」
氷堂は、力強く頷いた。




