第九十五話 聖戦
「━━それから私達は感染者対策の下地を作り上げ、今に至ると言うワケだ。生半可な道ではなかったが……これ以上細かく話していたらキリがないのでな、このくらいで止めておく」
何か質問は? と焔さんは続けた。
正直、頭が追い付いていない。
「……何故、これほどの事を黙ってたんでしょうか?」
沈黙を破ったのは、一色さんだった。その声色は怒りと悲しみ、そして困惑を含んでいた。
「……ただでさえ忙しい日々、これ以上情報を与えて皆を混乱させたくなかった」
「そんな事で……!」
「━━そして何より、私に覚悟が足りなかった。私は既に死人。天使の力により今は生きているが、人間とは言い難い存在だろう。勿論、君たちと同じ感染者とも言えない。そんな私が、この話をして君達に拒絶されるのが……怖かったんだよ」
焔さんは、悲しそうな表情をしたままポツポツと語った。
「天使の力で甦ったあの日から、私達の肉体は時が止まったまま。……つまりは歳を取っていない。恐らくは役目を終えるまで、寿命や病気による死は来ないのだろう。そんな化物を受け入れて貰えるのか。何年経っても怖いままだった」
「ワケもわからないまま感染者を導く存在として祭り上げられ、落ち着く間も無いまま様々な困難に立ち向かい……疲れてしまった。まだ、本当のことは隠しておいて良い筈だ……と、先延ばしにしていたんだ。生前の家族や友人を失った時のような悲しみを、もう味わいたくなかったんだ。すまない」
「…………」
焔さんは大きく頭を下げ、しばらくしてから顔を上げた。
二十代にして世界の命運を担がされた、か。辛かったのだろうな。同じ立場なら、果たして耐えられたのだろうか。
そう思っていると、黙っていた一色さんが口を開いた。
「━━見くびらないで下さいよ!!」
「……!」
聞き慣れない一色さんの大声に、焔さんの身体が小さく跳ねた。
そのまま一色さんは深呼吸をし、語り始めた。
「アタシ達は焔さんの部下です。それは、仕方無くでも仕事だからでもない、他でもない貴女だから信じてついて来たんです!」
「ネガティブ思考になるのは勝手ですけどね、アタシ達はそんなことで焔さんを見捨てるワケ無いでしょうが! この程度の事で離れるようならとっくに離れてますよ! 焔さん、何年経っても直情的だし機械にも弱いし、迷惑ならいくらでも受けてきたんですからね!!」
「こっ、この程度……!?」
「この程度! ですよ! ……でも、聞けて良かったです。やっと、話してくれたんですね。ありがとうございます」
一色さんの勢いに気圧され、しばし黙る焔さん。そして
「フフ……そうか。どうやら私は、必要以上に怖がっていたのかもな。こちらこそありがとう、楓。そして……皆も」
大きく、頭を下げた。
真の意味で、俺達は焔さんと仲間になれた気がする。
※※※
「ならば、もう遠慮はしないぞ。私達の過去の話をした今、次の話が出来る」
焔さんは気を取り直して、話を始めた。
「私達は皆、天使と呼ばれる存在に力を分け与えられ感染者をコントロールすることには成功した。完璧ではないにしろ、な。しかし、本題はここからだ」
「どういう事だよ姐さん。世界の崩壊の危機は去ったんじゃ?」
「いや、違うんだ迅太郎。去ったどころかまだ起きてすらいない。感染者を束ねようとしているのはあくまで必要だからだ。束ねた先で、訪れるであろう滅びを回避しなければならない……それが、私達に課せられた使命なんだ」
焔さんの言葉に、その場にいた全員が再び黙ってしまった。
その沈黙に耐えられず、絞るように声を出した。
「……待ってくださいよ。それじゃ、組織との戦いは……」
「おそらく混乱の範疇だろうな。組織の存在が後に滅びに繋がる可能性も無くはないが、現時点ではわからない。とはいえ放置することも出来ないから私達は組織と戦っているが……勝ったとしても世界の滅びが回避できるとは限らない」
「そ、そんな……なら、俺達はどうしたら……」
「落ち着け。今話したのは……今まではそうだった、の話だ」
焔さんは腕を組み、椅子に深く腰掛けた。
「榊が組織のリーダーである以上、滅びを回避するためにも確実に倒さなくてはならない相手にはなった。最悪、組織を放置し滅びに備える案もあったくらいだが……そうも行かなくなった。好都合だがな、個人的にも組織は確実に潰したかったのだから」
「……榊が焔さんと同じ選ばれた存在だから、ですか?」
「その通りだレイラ。榊が私や蒼貞に勝ってしまうことだけは避けなければならない。何故なら━━」
「━━榊が神に等しい存在になってしまうから、だ」
衝撃の事実を言い放つと同時に、更に話を続けた。
「そもそもの話、私達が甦り天使から能力を与えられ、感染者を率いているのは……世界の滅びを回避するため。情けで生き返らせたなどではない」
「故に、私達全員にコレがある」
焔さんは上着を脱ぎ、ブラウスの胸ボタンを一気に外し始める。
「ちょ! 姐さん!?」
「見ろ。これが……証拠だ」
焔さんの顕になった胸元には……黒く、纏わりつくような炎のタトゥーが描かれていた。しかも、ゆらゆらと動いている。一目でこの世のものではないと分かってしまった。
全員がそれを確認したのを見て、焔さんはボタンを閉めた。
「……この刻印が胸、腕、脚……身体のあちこちに刻まれている。当然だが、生前にこんなものはなかった。能力を与えたという印……マーキングのような物だと天使は語っていたよ。そして、マーキングだとわざわざ言ったということは……」
「視られている、って事か」
「そうだなアキラ。では、何のために? 決まっている━━余計な真似をさせないためだろう」
「私達はこの世界に直接関与できない天使の代行者だ。故に、天使の目的を達成しようと動かなければ意味がない。仮に私達が天使にとって必要ないと判断されるような行動ばかりしていたら……どうなるかは想像に固くない」
「とはいえ、甦った私達は普通の人間と同じように呼吸や食事も必要とするし、睡眠も取る。ある程度の無駄は許されているようだ。目的だけを見据えるなら、意思のないロボットを使った方が早いしな」
……段々と分かってきた、焔さんの言いたいことが。
焔さん達はそれぞれが滅びを回避する為の行動をしなければ、もしかしたら元の死人に戻される可能性がある。
と、言うことはつまり。
「まさか、榊は……」
「そう。組織のボスとしてこの国を脅かしていると言うのに天使からは許されている。それがどういうことか分かるか? 天使は、結果を求めているだけで経過は重要視していないということだ」
焔さんは深く溜め息をついた。
「榊の思惑は分からない。分からないが、榊も世界の滅びは回避したいと思っているんだ。滅びを回避するまでに何人死のうとも、な」
「そんなの……!」
「あぁ。させるつもりはない。だから私や蒼貞は、勝負を仕掛けるつもりだ。私達にしか出来ない、大勝負をな」
焔さんは立ち上がり、机の前まで歩いてきた。そして、右手の手袋を取る。
右手の甲には、胸元と同じような炎のマークが揺らめいていた。
「天使は『聖戦』と呼んでいた。生明、黒川以外の私達三人が自らの能力を賭けて戦いをし、その勝者は━━世界を操る力を得る。
……最も、人間を全員殺すとか国を一つ消すとか大それたことは出来ないが、勝者が目指す世界になるように微調整が出来るようになるんだ。自然に無理なく、世界の在り方がほんの少しずつ勝者の望む世界に変わっていく。その権利を榊が得たらどうなるか……」
全員が、事の重要さに息を飲んだ。
「……ちなみに、敗者はどうなんの?」
「力を失う。聖戦に負けた時点で、もうどうにも出来なくなるというワケだな」
「やばいじゃん……」
アキラは苦笑いを溢した。
聖戦……か。
「だがもはや避けられない。なので皆には、あることを受け入れてほしいんだ」
「あること、ですか」
「あぁ。聖戦に勝つために、私が信頼できる仲間に力を渡したい。聖戦でしか使えない特別な力だ。受け取った者は……私達に匹敵する能力を得ることになる」
焔さんは仲間全員の顔を見た後、言い放つ。
「『五人』。五人だけしか力を渡せない。これから皆で……その五人を決めるんだ」




