第八十九話 堂々と
「━━」
焔さんから聞いた話は、とても信じられるものではなかった。
死後に出会ったヨシュアという天使を名乗る男。パラレルワールドに世界の滅び。
そして、その滅びを回避するために焔さんは天使に選ばれたと言う。
無茶苦茶だ、信じろという方が無理がある。
でも、焔さんの紅い瞳は決して嘘などついていなかった。
「疑問だらけだろうが、続けるよ━━」
「━━感染者を束ねる、だと?」
「ええ。あ、感染者ってのは正式名称とかじゃないですよ? あくまで僕が名付けただけですから」
とヨシュアは答えた。
感染者というワードから、感染率の高い病気による世界の滅びが近い未来に起こるのかと考えた。
だが、含みのあるヨシュアの言葉からして口には出さずに終えた。
「貴女が思っているように病気ではないですからね。我ながらややこしい呼び方とは思いますけど……一番分かりやすい名称が感染者くらいしか思い付かなかったもので」
「……心を読むのをやめてくれ、気味が悪い。それで? 実際のところ感染者とは一体何なんだ?」
ヨシュアは一言すいませんと謝った後、ホワイトボードにつらつらと文字を書いていった。
ここから先の内容ははじめにレイラ達に話した内容とほぼ同じだった。
正確には病気ではないが、欲や願いを叶える病━━そう呼ぶべきあり得ない現象。感染れば治す手段は無く、条件を満たせば人間を簡単に超越する。
無条件で願いを叶える、創作ならばデメリットがあってしかるべきな話だがタチの悪いことにこの現象にはデメリットが一切無い。当たり前だ、本人が心から望んだモノが何の犠牲も払わず実現するのだから。
この時点ではまだ大まかな説明を受けただけだったが、コトの厄介さに嫌と言うほど気付いてしまった。
「……参ったな、これは」
「全くです。賢い貴女ならば、もうお分かりでしょう?」
「ああ。こんなものが世界中に拡がれば世界が滅ぶに決まっている。極論を言ってしまえば、素人が核兵器を持てるような混沌の世界だ。感染しただけの一般人が、癇癪を起こしただけで何百と人が死ぬ」
「そういう事です。能力に目覚めるかどうかは本人の素質にも左右されるとはいえ、ですね」
ほぼ確定で訪れる世界の滅びが感染者によるもの、そう認識した瞬間に嫌な汗が出た。
与太話に思えた世界の滅びが現実味を帯びたからだ。感染者なんて存在がいるなら、少しのミスで世界は滅ぶだろう。むしろたった一つでも滅びを回避できる世界があるのなら幸運とまで言える。
「感染者は野放しに出来ない。かといって感染した時点で殺す等の強行手段は争いを招く。だから貴女達は感染者を束ねていただかねばならない。監視と言い換えても良いです」
「監視……感染者をか?」
「ええ。感染者が現れることを事前に知っていると言うだけでも大きなアドバンテージですし、感染しまだ善にも悪にも傾いていない感染者を正しい方向へ導くことが出来るのは事情を知っている貴女達のみです」
「なるほど……」
それから、ヨシュアは具体的なプランを話した。
感染者を監視下に置くだけの設備や人材が必要なこと。
警察と連携すること。
暴れる感染者を止めるために私達以外の戦力が必要なこと。
やることは山積みだったが、真っ先に行わなければならないことが一つあった。
それは
「とりあえず、国のトップに会いに行きましょうか」
「……は?」
国の代表と、話を付けることだ。
当然と言えば当然。必要な設備や人材……それらを揃えるためには金が要る。
そして警察。警察という組織を丸ごと味方に付けるにはもっと強い権力を持つ存在に話をしないと行けないからだ。
「会いに行くといっても……一般人には無理な話じゃないか?」
「勿論、普通ならね。しかし貴女達なら面倒な手続きなど必要ありません」
意味ありげな笑顔を浮かべながら、ヨシュアは指を鳴らす。
するとホワイトボードに写真が現れた。
青年が二人、中年くらいの男が一人。もう一人は若い女だ。
「これが貴女以外に選ばれた人達です。長い付き合いになるかもですので仲良くね」
「……あぁ。それで? 結局どうすればトップに会えると言うんだ?」
「はは、難しく考えなくとも良いんですよ。人間が人間に会いに行く……だったらやることは一つ。玄関から堂々と会いに行きましょう」
「…………まさか」
はい、とヨシュアは笑う。
「強行突破しましょうか」
乾いた笑いが、溢れた。




