第八十七話 告白
「なんだか、随分久しぶりな気がするな……」
所属支部に帰還するやいなや、疲れがどっと吹き出た。本当に一日中戦っていたな……流石に体が重い。
「だな。つーかまた支部の周りが荒れてるじゃねぇか。ンだこりゃ、アスファルトが溶けたみたいな……?」
梶さんとアキラが周囲を見る。俺も近付くと、夥しい数の戦闘の痕と、熱でひしゃげた道路が見えていた。普通ではない光景に、人も大勢集まっている。
「皆、お疲れ様」
そこに、建物の影から焔さんが現れた。小声で喋りながら手を振っている。
「リョーコ。……どうしてコソコソしてんのさ」
「あの人集りを見ただろう、アキラ。流石に今支部には戻りたくはない」
「あぁ、なるほどね」
話を聞いて納得する。場所を移した方が懸命か。
「……あぁいや、少し違うか。正面から支部に戻るつもりはないって事だよ」
「? それはどういう」
質問しようとするが、焔さんはこちらを手招きしながら裏路地へと入っていく。俺達も全員後に続いた。
「よし。ここだ」
しばらく歩いた後、焔さんは丁度支部の裏側辺りで止まった。なんの変哲もない壁だけが見えている。
焔さんは懐から名刺を取り出し壁に当てた。すると、うっすら機械音が壁の中から聞こえ、壁が真っ二つに別れた。
「うお!?」
思わず驚いてしまう。なんの変哲もない壁が、エレベーターに早変わりしたからだ。
「私達の名刺には小さなチップが入っていてね。それをここで認証させると支部の裏口が現れるんだ。訓練室の更に下の地下室まで行く事が出来て、緊急時のみ事務所の代わりになるのさ」
「へぇ……って、なんで教えてくれなかったのさリョーコ」
「……忘れていた。すまない」
「えぇ……」
焔さんは申し訳無さそうにアキラから顔を反らした。
この人、たまにこういう所があるよな。
「とにかく! 先に楓も地下へと向かっている。私達も行こう」
気まずさを誤魔化すかのように、焔さんに急かされエレベーターへと乗った。機械音と共に、下へと降りていく。
※
「━━皆さん、お疲れ様でした!」
地下へとたどり着くと、俺達がいつも使っている事務所と殆ど変わらない部屋が拡がっていた。
部屋のソファーに一色さんが座っており、俺達を見るやいなや安堵の表情を浮かべていた。
「誰も欠けることなく帰ってきてくれて本当に良かった……心配しましたから……」
「へへん。僕がいるから安心しなよカエデ」
「ふふ、そうだね……」
うっすら涙を浮かべており、心配させてしまったなと申し訳なく思う。
「さて……皆、集まってくれ。療養中の誠や静には後で伝えるとして、ここにいる全員に話す事があるんだ。最初のひとつは……組織のリーダーが誰か分かったという事だな」
「……!」
焔さんはプロジェクターを起動し、一人の男性の姿を写し出した。
……落ち着いた雰囲気のある男性だ。見たことはない。
「『榊 正剛』。本部からもっとも近くにある第一支部の支部長であり……私にとってはとある秘密を共有した仲間でもある男だ。榊こそ、組織のリーダーであると本人自ら蒼貞に語ったそうだ」
「榊……聞いたことはあるな。植物を操る能力者ですよね、姐さん」
「あぁ。植物による圧倒的な物量攻撃を得意とし、少し前まで大学の教授だった男だ。落ち着いた物腰と確かな実力から皆に慕われていた……んだがな」
焔さんは目を伏せる。彼女にとってもよほど頼もしい存在だったんだろうな。
まさか裏切るとは。
「蒼貞曰く、榊の目的は支配だと言う。……その支配とは、恐らく感染者による世界の支配。感染者がヒエラルキーの頂点に立つという意味だろうな」
「な……!?」
思わず身を乗り出す。
良い歳した大人が何をバカな事を考えているんだ? まるで理解出来ない。
「出来るわけ無いですよ、そんなこと。それこそ子供だって理解出来ます。感染者が人間離れした存在なのは分かりますが、それでも重火器に耐えられる能力者はごく僅か。国と戦うとなったら一方的に虐殺されておしまいですよ」
「普通に考えればそうだろうな。だが、この幼稚な野望を榊が語っていることが問題なんだ。私も榊も蒼貞も、その幼稚な野望を叶えられる権利があるからね」
「それはどういう……?」
含みのある焔さんの言葉に、その場にいる焔さん以外の人間は疑問を抱く。
「━━いざ話すとなると、何から話すべきか迷うね」
焔さんはいつものポジションに置いてある椅子に腰掛け、困ったように笑った。
……こんなことを今考えるのは可笑しいのだと思う。今の焔さんの表情は……初めて見せた本心に思えた。
「そうだな。細かいことは抜きにして……結論から話すべきかな」
焔さんは顔を上げ、話す。
「私達五人は━━━━人間じゃない」
━━場が、凍り付いた。




