第八十六話 誰を選ぶ
「おかえりなさいませ、榊様」
ほの暗い空間で、女の声が響く。
「あぁ。例の件ご苦労様、加集。おかげで監獄の能力者を取り込めたよ」
「いえ、大した仕事ではありませんでしたし。榊様はどうでしたか? 蒼貞に呼ばれたとの話でしたが……」
「結論から言うと……バレちゃったね。どうやら私は役者にはなれないみたいだよ」
「あら……それはそれは」
くすくすと笑う加集という女。空童を殺し、今回は監獄のスリートップを殺した組織の能力者の一人だ。
「ま、それはいいさ。どのみち彼らとは袂を別つ予定だったしね」
「寂しくなりますねぇ、支部長?」
「はは、からかうのはよせ。支部長など仮の役職……私は私の使命に従い生きるだけさ」
榊はソファーに座り、腕を組む。ふと加集は榊の右腕に切り傷があることに気が付いた。
「おや。榊様、傷が……?」
「ん? あぁ……蒼貞君だな。避けきれなかったか、流石は同じゼロだね」
榊は傷を負ったというのに何故だか嬉しそうにほくそ笑む。
「やはり、最大の敵は同じゼロだけ、か……。誰を選ぶかは慎重に決めないとね。ゼロ同士の戦いは殆ど差がないだろうから」
「そうですわね。本当に私や剣持さんは確定でよろしいので?」
「あぁ。断言してもいい、君たち二人は私が持つ駒の中で最もゼロに近い能力者だ」
「ありがたいお言葉ですわ」
加集は深々とお辞儀をする。
「後のメンバー選びは任せる。選択肢が増えたことだしね」
「了解しました。必ずや貴方様を勝たせる為のメンバーを用意致します」
「期待してるよ、加集」
榊は、優しく微笑んだ。
※
「━━━━なんだと?」
双子とキメラの軍勢を退けた少し後、蒼貞が私の支部を訪ねた。
蒼貞は何時にもなく真剣な表情をしており、呼び出されるがまま近くの喫茶店に入店し話を聞いた。
その話がまさか、同じゼロである榊さんが裏切ったと言う話だとは思わなかったが。
「残念ながら事実だ。嘘でも何でもねぇよ」
「……そうか……」
それでも。私の脳裏に過ったのは裏切られたという哀しみや怒りではなくやはりか、という感想だけだった。
裏切る筈がないと本気で思っていたし、実際裏切られてもまだ信じたくはない。だが、私の心の奥底では諦めに近い感情に駆られていた。いつかこうなるんじゃないかと。
「あんまり驚かねぇな、焔」
「まさか。驚いているしショックだよ。でも……あの人は結局一度たりとも私達に本心を見せたことは無かったからね……」
「それは……いや、そうだったかもな」
蒼貞も思うところがあったようで、悔しそうに頷いた。
「とりあえず今は、榊さんと近い関係だった人物を洗い出さないとな。加島さんに話は通したか?」
「あぁ。他の支部への通達もするってよ。……近いのかもな、決着」
「……そうだな」
正直に言えば。私が勝たなくとも良いと思っていた。蒼貞の思う理想を否定は出来ず、私が抱いた理想にあまり自信は無い。榊さんの理想も私よりは良いものなのだろうと思い込んでいた。だが、違った。
こうなってしまっては、勝たなくてはならないな。蒼貞はともかく、榊さんに負けるわけには行かない。
未来を守るためにも。
「そんで、だ」
蒼貞は身を乗り出し、こちらに人差し指を指した。
「誰を選ぶのか。ちゃんと決めてるんだろうな?」
突き付けられた言葉に、口が止まってしまった。
「俺はもう選んでる。気兼ねなく背中を預けられるメンバーだ。お互いまだ話はしてねぇが、もう話す覚悟は決まったぜ。お前も腹を括るんだな」
それだけ言い残して、蒼貞はお金を置きその場を去った。
腹を括る……か。そうだな、もしここで否定される様な事になったら……全てが台無しになる。
「さて、私も覚悟を決めねばな」
私は、スマホを取り出して電話を掛けた。
※
「終わっ、た……?」
都心へと集まっていた俺達は、突然の報告に目を丸くして驚いた。
「ああ。何故都心が襲われたのかはまだ不明瞭だが、誰が組織のリーダーかは分かった。これからの事を話す為にも一度支部へ戻って欲しい」
「わ、わかりました姐さん。しかし、本当にこんな……」
「……気持ちは分かるさ、迅太郎。私だって不愉快な気持ちだ。好き勝手やられてろくな反撃も出来ぬまま撤退されてしまった。実に腹立たしい。だが」
「だからこそ、この怒りはキッチリ返すとしようじゃないか。……皆、改めて良くやった。帰り道も油断しないようにこちらへ戻ってきてくれ」
焔さんはそう言い残し、通信を切った。
結局今回も後手後手だったな……クソッ。
「なんだかお開きの雰囲気みたいだし、ウチも帰るとするよ。短い間だったけど楽しかったよ! じゃあな!」
「あ、ああ! 助かったよイクサ! ありがとうな!」
イクサさんともその場で別れ、同じ支部のメンバーだけになった。しばしの沈黙の後、梶さんが話を切り出した。
「……戻るか。アキラ、まだ走れそうか?」
「うん。体力有り余ってるくらいさ」
「そうか。じゃ……頼むぜ」
その場の全員がアキラの背に乗り、支部方面へと走り出した。
組織との決着が迫っているのだろうな。そう思うと、嫌な汗が滲み出た。
この先、何が起きるんだろうか。そして、組織のリーダーとは一体誰なんだ。
謎は尽きなかった。




