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欲望の感染者  作者: 影山 コウ
第三章 キメラ編
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第六十六話 生明

「では、こちらの遺体は我々が」

「ええ、頼みますよ」


 Bの遺体を引き取り、なにやら白衣を着た男達が車に乗って去っていく。怪しげな見た目だが、れっきとした支部関係者らしい。

 感染者は死体でも情報になる。そういう事だろう。


「で、レイラ。黒川(あのバカ)は?」

「黒川ならもうとっくに消えましたね……」

「…………そうか」


 目に見えて怒っている焔さんに内心ビビる。実際のところ、黒川から受けたダメージは俺も梶さんも大したことは無かったんだが……それとこれとは別なのだろうな。


「痛……!」


 ずきり、と腕に痛みが走る。Bから貰った一撃は相当な物だったらしく、感覚は無いのに先程から痛みが収まらない。


「大丈夫かよ、レイラ。……すまねぇ、俺が無様に寝ちまってたから……」

「い、いえ。もし俺が黒川とやりあってたらそうなってたのは俺ですから」

「なんにせよ、二人とも怪我を治さないとな。楓、生明に連絡して貰えるか? まだ近くにいた筈だ」

「了解しました!」


 楓さんはすぐにスマホを取り出して連絡をする。


「さ、二人ともソファーに座って。素人だけど包帯くらいは巻けるから」

「ありがとう、真」

「すまねぇな」


 真と静さんにソファーまで肩を貸してもらい座る。

 そこにアキラも近付いてきた。


「こっぴどくやられちゃったねぇ。Bは強かった?」

「あぁ。人間と戦ってる気がしなかったよ。まさしく獣だった」

「なるほど。……分かっちゃいたけど、無視できないね」

「だな……いてて」


 やがて楓さんは電話を終え、車の鍵を持ち出した。


「近くのホテルにいるみたいなんで、迎えに行きますね」

「頼む。念のためアキラも同行してやってくれないか?」

「りょーかい。まだBがいるかもしれないしね」


 と二人は外へと出掛けた。

 しばしの辛抱、だな。


 ━━数分後、少し不機嫌そうな表情の生明が勢い良く事務所に入ってきた。


「良くもまぁこの短期間に何度も怪我をするものね。鍛え方が足りないんじゃないの?」

「う……」


 腕を組みながら吐き捨てるようにそう言われ、俺と梶さんは同時に黙ってしまう。

 そう言われては返す言葉がないな。


「まぁまぁ、その辺りで。未知の相手だ、生きて帰ってくれただけで嬉しいよ」

「甘いわねぇ燎子(りょうこ)。ま、そこがアンタの良いとこでもあるけどさ」


 そのまま生明は両腕の裾を捲り、俺と梶さんの体に同時に触れる。


「この程度ならすぐ治せるわ。ただし、疲れるから覚悟しといて?」


 そして、手から暖かい何かが流れ込んでくる。すると、痛みがすうっと消えていき、腕が元の形を取り戻した。


「うっ!?」


 が、同時に全身に凄まじい重さを感じる。マラソンを終えた後のようだ。遅い来る眠気に抗えなくなる。


「お休み。まる一日寝ればなんとかなるわよ」


 ━━少しだけ優しい声色の生明を見ながら、意識が闇へと落ちた。


 *


「ふぅ」


 二人の怪我が治ったのを確認し、裾を治す。

 ふん、レイラも強くなったわね。触れただけで分かった。あれから鍛えたんだろうな。


「助かったよ、生明。また何か奢るよ」

「楽しみにしとくわ。……つうか、黒川のバカにも襲われたって本当なの?」


 そう燎子に聞くと、少しだけ眉を潜めた。……本当のようね。


「暇人が……役が来るまで大人しく仕事しろっての」

「全くだ。次見掛けたら一発殴るとするよ」

「それならアタシの分もやっといて」

「じゃあ二発だな」


 少しだけ雑談をかわし、荷物を纏める。


「もう帰るのか?」

「溜めてたドラマを見たいからね。ホテルに戻るわ」

「あ、ならまたアタシが送りますよ?」


 と、楓が鍵を取り出す。

 お言葉に甘えて、と言いたいところだけど。


「いや、少しだけ夜風を浴びたいからタクシーでも拾うわ。ありがとね」

「そうですか、分かりました!」


 軽く会釈をして、事務所を出ようと入り口に向かう。そこに、燎子が立ち塞がった。周りに聞こえないほどの小声でそっと呟く。


「私は君ほど気配に敏感じゃないんだ。……外に()()()いるのか?」

「……さあね」


 そっと燎子を退け、ドアを開けた。外に出てドアを閉める瞬間に、その隙間から燎子は心配そうな表情を浮かべていた。

 過保護な人ね、全く。


 そのまま階段を降りて、少し離れたタクシー乗り場へと歩いて向かう。


「……臭いわねぇ」


 僅かに香る、血の匂い。正確な位置は分からないけど、尾行されてるな。事務所にいた時からずっと気配がしていた。恐らく、アタシ狙いだ。

 アタシの能力を厄介だと判断していても可笑しくはない。


 そのまましばらく歩く。わざと路地に入り、敵を誘う。人気がないのは相手も好都合だろう。


「出てきなさい。アタシが狙いでしょ?」

「……くく」


 すると、居酒屋の看板の上に黒い布に覆われた男が姿を現した。匂いの元はコイツじゃないな。


「生明だな? 尾行に気付くとは流石だ」


 わざとらしい喋り方で、男は気持ちの悪い笑みを浮かべた。

 はぁ、と聞こえるようにため息をつき


「下手くそなのよ。それと、演技じみた喋り方を止めなさい。気色悪いのよアンタ」

「……生意気な女だ。じゃあ前置きは無しにしよう」


 怒りを滲ませながら、男は手を上に挙げる。


「━━撃て」


 そのまま、何かに合図するように手を下ろす。

 すると同時に、左肩に硬い何かがめり込んだ。


「が……ッ!?」


 勢いに押され、そのまま路地の壁に強くぶつかった。

 左腕がヤラれたか。何をした?


「先程の威勢はどうした?」

「……フン」


 挑発する男を無視し、立ち上がって辺りを見る。

 撃て、とあいつは言った。近くに何かがいて、銃か何かをアタシに放ったのだろう。感触からして砲弾か鉄球かな。

 しかし、辺りに人影はない。血の匂いと気配はするけど。

 そして再び男は手を上げる。


「次も耐えられるかな? 撃て」


 またしても合図を終え、見えはしないが何かが放たれたのを感じる。

 仕方ないか。


「グブッ……!」

「次は腹か。内臓がぐちゃぐちゃだろうな」


 鳩尾に何かが直撃し、吐瀉物と血が混じった液体をその場にビシャビシャと吐き出した。

 内臓が何個か潰れたかしら。全く、無茶するわね。


「げほっ、……そうね。腹の中が滅茶苦茶だわ」

「……貴様、何故平然としていられる? 恐怖でイカれたか?」

「そうかもねぇ」


 血を拭い、使えない左側の手首に右手を添え


「よっと」


 手首を切断する。まるで壊れたシャワーの様に血が吹き出す。


「なっ!?」


 驚く男を見やり、そのまま切断面を前方の空間に向けて扇状に血を振り撒いた。

 すると、空中でいくつかの血が止まって付着し、隠れていた何かが姿を現す。


「透明能力と、大砲みたいな能力の二個持ちか。噂のBって奴かしら?」

「き、貴様……イカれてやがるのか……!」


 浮かび上がった姿は、右手が大きな大砲に変化している人間だった。身長は二メートルくらいか。


「さてと。そろそろ」


 高台からこちらを見下ろす男を睨み付け


「こっちの番ね?」


 反撃の狼煙を上げた。



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