第六十六話 生明
「では、こちらの遺体は我々が」
「ええ、頼みますよ」
Bの遺体を引き取り、なにやら白衣を着た男達が車に乗って去っていく。怪しげな見た目だが、れっきとした支部関係者らしい。
感染者は死体でも情報になる。そういう事だろう。
「で、レイラ。黒川は?」
「黒川ならもうとっくに消えましたね……」
「…………そうか」
目に見えて怒っている焔さんに内心ビビる。実際のところ、黒川から受けたダメージは俺も梶さんも大したことは無かったんだが……それとこれとは別なのだろうな。
「痛……!」
ずきり、と腕に痛みが走る。Bから貰った一撃は相当な物だったらしく、感覚は無いのに先程から痛みが収まらない。
「大丈夫かよ、レイラ。……すまねぇ、俺が無様に寝ちまってたから……」
「い、いえ。もし俺が黒川とやりあってたらそうなってたのは俺ですから」
「なんにせよ、二人とも怪我を治さないとな。楓、生明に連絡して貰えるか? まだ近くにいた筈だ」
「了解しました!」
楓さんはすぐにスマホを取り出して連絡をする。
「さ、二人ともソファーに座って。素人だけど包帯くらいは巻けるから」
「ありがとう、真」
「すまねぇな」
真と静さんにソファーまで肩を貸してもらい座る。
そこにアキラも近付いてきた。
「こっぴどくやられちゃったねぇ。Bは強かった?」
「あぁ。人間と戦ってる気がしなかったよ。まさしく獣だった」
「なるほど。……分かっちゃいたけど、無視できないね」
「だな……いてて」
やがて楓さんは電話を終え、車の鍵を持ち出した。
「近くのホテルにいるみたいなんで、迎えに行きますね」
「頼む。念のためアキラも同行してやってくれないか?」
「りょーかい。まだBがいるかもしれないしね」
と二人は外へと出掛けた。
しばしの辛抱、だな。
━━数分後、少し不機嫌そうな表情の生明が勢い良く事務所に入ってきた。
「良くもまぁこの短期間に何度も怪我をするものね。鍛え方が足りないんじゃないの?」
「う……」
腕を組みながら吐き捨てるようにそう言われ、俺と梶さんは同時に黙ってしまう。
そう言われては返す言葉がないな。
「まぁまぁ、その辺りで。未知の相手だ、生きて帰ってくれただけで嬉しいよ」
「甘いわねぇ燎子。ま、そこがアンタの良いとこでもあるけどさ」
そのまま生明は両腕の裾を捲り、俺と梶さんの体に同時に触れる。
「この程度ならすぐ治せるわ。ただし、疲れるから覚悟しといて?」
そして、手から暖かい何かが流れ込んでくる。すると、痛みがすうっと消えていき、腕が元の形を取り戻した。
「うっ!?」
が、同時に全身に凄まじい重さを感じる。マラソンを終えた後のようだ。遅い来る眠気に抗えなくなる。
「お休み。まる一日寝ればなんとかなるわよ」
━━少しだけ優しい声色の生明を見ながら、意識が闇へと落ちた。
*
「ふぅ」
二人の怪我が治ったのを確認し、裾を治す。
ふん、レイラも強くなったわね。触れただけで分かった。あれから鍛えたんだろうな。
「助かったよ、生明。また何か奢るよ」
「楽しみにしとくわ。……つうか、黒川のバカにも襲われたって本当なの?」
そう燎子に聞くと、少しだけ眉を潜めた。……本当のようね。
「暇人が……役が来るまで大人しく仕事しろっての」
「全くだ。次見掛けたら一発殴るとするよ」
「それならアタシの分もやっといて」
「じゃあ二発だな」
少しだけ雑談をかわし、荷物を纏める。
「もう帰るのか?」
「溜めてたドラマを見たいからね。ホテルに戻るわ」
「あ、ならまたアタシが送りますよ?」
と、楓が鍵を取り出す。
お言葉に甘えて、と言いたいところだけど。
「いや、少しだけ夜風を浴びたいからタクシーでも拾うわ。ありがとね」
「そうですか、分かりました!」
軽く会釈をして、事務所を出ようと入り口に向かう。そこに、燎子が立ち塞がった。周りに聞こえないほどの小声でそっと呟く。
「私は君ほど気配に敏感じゃないんだ。……外になにかいるのか?」
「……さあね」
そっと燎子を退け、ドアを開けた。外に出てドアを閉める瞬間に、その隙間から燎子は心配そうな表情を浮かべていた。
過保護な人ね、全く。
そのまま階段を降りて、少し離れたタクシー乗り場へと歩いて向かう。
「……臭いわねぇ」
僅かに香る、血の匂い。正確な位置は分からないけど、尾行されてるな。事務所にいた時からずっと気配がしていた。恐らく、アタシ狙いだ。
アタシの能力を厄介だと判断していても可笑しくはない。
そのまましばらく歩く。わざと路地に入り、敵を誘う。人気がないのは相手も好都合だろう。
「出てきなさい。アタシが狙いでしょ?」
「……くく」
すると、居酒屋の看板の上に黒い布に覆われた男が姿を現した。匂いの元はコイツじゃないな。
「生明だな? 尾行に気付くとは流石だ」
わざとらしい喋り方で、男は気持ちの悪い笑みを浮かべた。
はぁ、と聞こえるようにため息をつき
「下手くそなのよ。それと、演技じみた喋り方を止めなさい。気色悪いのよアンタ」
「……生意気な女だ。じゃあ前置きは無しにしよう」
怒りを滲ませながら、男は手を上に挙げる。
「━━撃て」
そのまま、何かに合図するように手を下ろす。
すると同時に、左肩に硬い何かがめり込んだ。
「が……ッ!?」
勢いに押され、そのまま路地の壁に強くぶつかった。
左腕がヤラれたか。何をした?
「先程の威勢はどうした?」
「……フン」
挑発する男を無視し、立ち上がって辺りを見る。
撃て、とあいつは言った。近くに何かがいて、銃か何かをアタシに放ったのだろう。感触からして砲弾か鉄球かな。
しかし、辺りに人影はない。血の匂いと気配はするけど。
そして再び男は手を上げる。
「次も耐えられるかな? 撃て」
またしても合図を終え、見えはしないが何かが放たれたのを感じる。
仕方ないか。
「グブッ……!」
「次は腹か。内臓がぐちゃぐちゃだろうな」
鳩尾に何かが直撃し、吐瀉物と血が混じった液体をその場にビシャビシャと吐き出した。
内臓が何個か潰れたかしら。全く、無茶するわね。
「げほっ、……そうね。腹の中が滅茶苦茶だわ」
「……貴様、何故平然としていられる? 恐怖でイカれたか?」
「そうかもねぇ」
血を拭い、使えない左側の手首に右手を添え
「よっと」
手首を切断する。まるで壊れたシャワーの様に血が吹き出す。
「なっ!?」
驚く男を見やり、そのまま切断面を前方の空間に向けて扇状に血を振り撒いた。
すると、空中でいくつかの血が止まって付着し、隠れていた何かが姿を現す。
「透明能力と、大砲みたいな能力の二個持ちか。噂のBって奴かしら?」
「き、貴様……イカれてやがるのか……!」
浮かび上がった姿は、右手が大きな大砲に変化している人間だった。身長は二メートルくらいか。
「さてと。そろそろ」
高台からこちらを見下ろす男を睨み付け
「こっちの番ね?」
反撃の狼煙を上げた。




