第六十五話 掴めない男
ハンマーは振り下ろされ━━
「……え?」
無かった。というより、ハンマーそのものが消えており、Bはその場で停止していた。何が起きた?
「っ! ぐっ……」
呼吸が落ち着いてきたと同時に、痛みがじわじわと響いてくる。左腕が滅茶苦茶だ、中身がミンチになっちまってるかもな。生明さんなら治せるだろうか……いや、その前に何が起きているのかを確認しよう。
「━━おいデカブツ。レイラは私の獲物だ、どけよカスが」
何とか起き上がり前方を見ると、人を抱えたままの黒川が立っていた。もう追い付かれたのか!? じゃあ、梶さんは……!
「黒川! よくも梶さんを……!」
「早とちりするな。コイツは生きてるよ」
「は……?」
黒川は抱えていた人を下ろすと、それは梶さんで怪我はしているが生きていた。良かった……。
「ったく……もうちょい楽しみたかったのにとんだ邪魔が入ったな。レイラ、コイツ貰うぞ。腹の足しにもならなさそうだが」
黒川は影から剣を取り出し、構える。
Bはしばらく動きを止めていたが、急に動きだし黒川へと走る。本能的なものなのか、先程まで戦っていた俺には目もくれずに。
「オアアアァ!!」
「うるせぇ」
凄まじいスピードでBは拳を振り下ろすが、それを上回るスピードで黒川は振り下ろした拳を斬った。斬られた拳から肩にかけて黒く変色し、砕け散る。
腕に当たるとああなるのか、なんて危険な力だ。
「グ……ヌゥゥン!」
「お? 再生しやがるか。面白ェ」
が、Bは一瞬にして腕を再生し、再び嵐のような攻撃が黒川へと放たれる。あの図体でなんつうスピードだ。
「ハ、前言撤回。面白いわコイツ。どこ殺しても再生すんのか……なっと!」
「ギィ!?」
が、それでも黒川の速さのが上であり、Bの両手両足を瞬時に殺した。
黒川の奴、俺達と戦ってた時より速くないか?
「グ……ググ……!」
「再生、さっきよりも遅くなったな。成程、一気にやられると遅くなるのか」
Bはまるで芋虫のような姿になり、先程よりもゆっくりと欠損部位が再生していく。
そこに黒川は軽い足取りで近付き
「じゃあもういいや。死ねよ」
「ァ……」
剣を頭へと突き刺した。頭は真っ黒に変色し……消え去る。胴体だけをその場に残してBは絶命した。血が一滴も落ちていないのが逆におぞましい。
「ちっ!」
「ん? 誰かいやがったか。……まぁいいや」
遠くで舌打ちが聞こえたが、黒川は気にもせずこちらへと歩いてくる。クソ、さっきの続きをやるつもりか?
「━━おいおい、腕が滅茶苦茶じゃねぇか。さっきのデカブツにやられたのか? それじゃあ戦えねぇだろ」
「え……?」
黒川は目の前まで来て溜め息をつく。
さっきまで漂わせていた殺気が消えた。どういうつもりなんだ。
「た、戦うんじゃないのか?」
「はぁ? 全力が出せない奴と戦って何が楽しいんだよ。生明にでも治して貰いな」
黒川はさぞつまらなさそうに欠伸をし、その場に落ちていた瓦礫に座る。
「……てっきり、俺達を殺しに来たのかと思ったけどな」
「焔から聞いてねぇのか? 殺すなって言われてんだよ。焔の駒と遊んでみたかっただけだ」
「遊……はぁ」
一気に緊張が解け、俺まで座り込んでしまう。
肝が冷えたぞ、本当に。あれが遊びなんて言われてしまうとな。
「……焔さんからは黒川は危険な男で、小手調べだけでも殺されるかもしれないって聞いてるよ」
「あの女、どんだけ信じてねぇんだ。自分の能力が制御できないわけないだろ」
頭を掻いた後、黒川は頬杖をつく。
「殺していい人間と殺しちゃいけない人間くらいの区別は付くさ。お前らは殺しちゃいけない側だ、さっきの戦いで大体分かった」
「人間なら殺しちゃダメじゃないのか?」
「綺麗事でどうにかなるのかよ?」
「っ……」
脳裏に、今までの戦いの記憶が甦る。
確かにと納得しかける自分が嫌になるな。
「お前らは成長の余地がある。まだまだ強くなるだろう。そんな人間を今殺すのは勿体無い。私が殺すのは、伸び代の無い悪党と、生きてるだけで周りに迷惑掛ける奴だ。さっきのは後者だな、あれは邪悪だ。私の仕事の邪魔になりかねん」
「……あんたの仕事ってのは? 本部所属らしいが」
「あぁ、処刑人だよ。行きすぎた奴を殺す仕事だ。感染者で更正の余地が無い奴とか、さっきみたいなイレギュラーを排除する役割だ。今はな」
処刑……殺しのエキスパートってわけか。あの能力だ、納得が行く。
「感染者の犯罪者も当然罪を受けなきゃならねぇ。そこで私の出番って寸法さ。六法に従い罪を決め、どうしようもない奴は私があの世へ送る。人間用の死刑じゃ下手すりゃ殺せないからな。絞首刑じゃ尚更だ」
「じゃあ、なんであんたが俺達に会いに来るんだよ。いくら焔さんの知り合いとはいえ、初対面だろ。遊びなんて言われても納得出来ないぞ」
そう質問すると、黒川は面倒そうに立ち上がり
「……薄々気付いてるだろうが、焔も私も普通じゃねぇ。その普通じゃねぇ奴の部下を見ておきたかったんだよ」
「普通じゃ、ない……」
と話す。
普通じゃない、か。確かに、焔さんやコイツ、あと青貞さんや生明さんもそうだ。
強さの……能力の格が違う。それも、経験で埋まるものとは思えないほどだ。
コイツはその理由を知っていて、焔さんが仲間にした俺達を試したかった、と。
「話しすぎたな。焔に睨まれるとおっかねぇからちょっかい掛けるのはここまでだな」
「お、おい! 焔さんやあんたが普通じゃない理由を教えろよ!」
「まだ早い。それに、そのうち分かることだ。精々強くなれよクソガキ」
捨て台詞のようなものを残し、黒川は闇に溶けていった。
クソっ、襲われた挙げ句肝心なことは何も話さないじゃねぇかよ。
仕方無い。梶さんを抱えて事務所に戻ろう。襲ってきたBの死体も持って帰るか。
梶さんとBの残骸を抱え、事務所へと走る。
濃い一日だったな、全く。




