第六十一話 波乱の幕開け
「しばらく来れなくてごめんな、夏希」
返事が返ってこないと分かりながらも、病室のベッドで寝たきりの夏希へと話し掛ける。
「お前がこうなっちまってからさ、色々あったよ。蒼貞って人の所で働いたりさ」
夏希がこの状態になってから、起きた出来事をぽつぽつと話す。
二度と起きないかもしれないのに、夏希の顔は穏やかに見えた。もしくは、都合の良いように俺がそう解釈してるだけなのかもな。
「……ごめん、そろそろ行くよ。これからまた仕事だ」
涙を堪えながら、病室を出る。
……俺の両親や夏希の仇である空童という男。そいつは、後日遺体で発見されたらしい。
顔面を貫かれた状態の遺体だったらしいが、服装や体格や落ちていた髪の毛から見てほぼ間違いないらしい。
敵討ちも出来ないまま、か。情けない話だ。
「でも、これで終わりじゃない」
空童が所属していた組織。奴等を潰さなければ同じ事が起きるかもしれない。
それに、俺はまだ夏希が意識を取り戻せると信じている。起きた後に組織がまだ残ってちゃ駄目だろう。
夏希が普通に過ごせる世界を作る。簡単な話だ。
その為に俺はまだ頑張るよ、夏希。
*
「おはようございます。遅れました」
支部へと到着し、挨拶をする。ここでの仕事は久々になるな。
「おはよう、レイラ。夏希さんの所へ行っていたんだろう? そのくらい気にしなくて良いさ」
「……知ってたんですね焔さん。ありがとうございます」
焔さんにはお見通しだったらしく、何処と無く照れ臭い。
━━アナザーの件から二週間程の時間が過ぎ、修復作業によりこの支部は元の姿へと戻った。
まだ、街は元通りとまでは行かないが……襲撃後よりは以前の街に近付いた。仕事もいつも通り行われている。
「やぁ、レイラ」
「お久しぶりです」
「真に静さんか。確かに久しぶりだな」
そして、真と静さんはかなり久しぶりだ。元々不定期で仕事を手伝っているから仕方無いけどな。
「久々に全員集合……だね」
「そーだなアキラ。やる気も出るってもんだ」
アキラも梶さんもいる。確かに支部メンバー全員集合とは珍しいな。
「集まってもらったのは他でもない。仕事の前に話があるからだ」
だが……これから語られる話が明るい話題では無さそうなのが、焔さんの表情が物語っていた。
*
「支部メンバーを狙った殺人……ですか」
「そうだ、レイラ」
焔さんから語られた話は、こうだ。
全国の支部でメンバーが殺される事件が相次いでいる。殺られたメンバーは悉く原型を留めておらず、凄まじい力で屠られたとの事。
当然ながら殺人者は感染者だろうが、やり口がまるで野生の動物が人間に襲い掛かったかの様だと言われているらしい。
随分と物騒な話だ。組織の仕業だよな。
「支部メンバーを狙った殺人……初めてだな。この前の襲撃は無差別だったしよ」
「だね、ジンタロー。明確に支部へと敵意を持つ連中……明らかに組織でしょ」
二人も同じ事を考えていたようだ。
今回はかなり大胆だ、しかしこうなれば支部や本部が黙っていないだろう。
全面戦争でも仕掛けるつもりか?
「小賢しい事に、襲われたメンバーは一人で活動中の所を狙われている。ツーマンセルで動いていたメンバーは襲われていない。確実に一人一人を殺すつもりだろうな。まだ私の支部で犠牲者は出ていないが……外に出る場合は必ず二人組で行こう」
焔さんはホワイトボードに情報を纏めていく。
「獣の様な敵だと仮定し、本部は今回の敵を獣……略してBと呼ぶことにした。標的Bは何処に潜んでいるのかは分からず、神出鬼没。受けに回るのは性に合わないが……襲ってくるまではまだ何も出来ないのが現状だ。一般人に犠牲者が出ていないのが幸いだな」
「黒子をフル活動させ、一刻も早くBの素性を暴く。出所が分かれば私達の全戦力を持って一気に潰す。仲間をこれ以上失うわけには行かない」
焔さんの表情は真剣だ。無理もない、狙われているのが自分達だと分かった以上、一切の油断も許されなくなってしまった。
「先程も言ったように、単独行動は許さない。二人組で行動すれば襲ってこないのならば、それを徹底して行う。相手の目的が戦力を削る事だとすれば、作戦を行えず痺れを切らして二人組であろうと襲って来るかもしれない。そこを捕らえる。他の支部もそうするつもりだろうな」
話を終え、焔さんはホワイトボードを片付けた。
新たな敵……か。気になるな。
「……それと、もう一つある」
すると焔さんは、先程とは違い疲れた様子で別の話を始めた。
「ワケあって私の知り合いがこの支部のメンバーを襲ってくるかもしれない。各々気を付けてくれ」
「え……? 知り合いが?」
どういう事だそれは。何で焔さんの知り合いに襲われなきゃならないんだ?
「ああ。名は黒川 終止。二メートル近い身長で、陰気臭い男だ。昨日奴と話してな、私の部下が気になるからちょっかいを掛けると宣言して帰ってしまった」
「なにそれ……リョーコの知り合いにしては変な人だね。でも、ちょっかいってだけなら危険視する程でも無いんじゃないの?」
「そうもいかない」
深い溜め息と共に、焔さんはいつもの椅子へと腰掛けた。
「奴の持つ能力は凶悪だ。一対一における強さは私をも凌ぐ。加えて、加減が難しいと来た。相手からすれば小手調べでも、こちらは致命傷を受ける可能性が高い」
「焔さんより!? い、一体どんな能力ですか……?」
恐る恐る質問すると、焔さんは顔を上げて言った。
「━━死、だ。奴は死を司る能力を持つ。生きている限り、あいつの能力から逃れる術はない。もし対峙すれば必ず逃げろ。応戦する必要がある時は奴の武器には絶対に触らない事だね」
「な……!?」
死、死だって?
そんなもの、どうやって戦えば良いって言うんだ。
「……話は分かりましたけど姐さん。その黒川って奴はどういう知り合いなんです? 流石に死なんて物騒な能力を持ってる奴、他の支部でも敵でも聞いたことがない」
「知らないのも無理もないさ、迅太郎。奴は本部所属の能力者だからな。本部長を守る剣にして盾と言うわけだ」
「……!」
……成程、合点がいった。
それほどまでに強力な能力者。ただ者ではないと思ったからな。
「……話は以上だ。では、解散! 今からは静さん、真、そして念のためアキラもパトロールに向かってくれ。レイラと迅太郎は一度待機だ」
「了解!」
焔さんの指示を受け、各々が散らばっていく。
なにやら慌ただしいが、俺達の日常が始まる。
獣と、黒川。願わくば、出会いたくはないな。




