第五十二話 兆しと秘密
「━━強すぎる」
思わず、口に出してしまう。蒼貞さん、彼は一体何者なんだろう。
結局、ボクサーの人もその後に見付けたもう一人の守護者も彼が一瞬で倒してしまった。
強い能力者は何人も見たことがある。進化者である人も氷堂さん以外で見たことがある。彼女らも勿論強いが、蒼貞さんと焔さん。あの二人はレベルが違いすぎる。
そもそも、感染者の能力は大抵の場合リスクや明確な弱点がある。それもその筈、欲から生まれた能力なのだからどんな状況にも対応出来る能力は生まれにくい。
……何かが、違う。言葉に出来ないけど、二人の強さはまるで別物だ。
本当に、同じ感染者なのかと疑うほどに。
*
「嘘だろ、もう終わったのか……」
瞬く間に空間が消え去り、全員が外に出てきた。
敵はもういなかったらしく、そこは安心した。だが、アキラが倒れているのを見て思わず駆け寄った。
「っアキラ! 大丈夫か!」
「……うるさい、疲れてるんだからもっと小声にしてよ……」
だが、意識はあるようで気だるげに立ち上がった。良かった、無事なんだな。
「す、すまん。良かった……」
「うん。……でも、ちょっと肩貸してよ。歩くのはしんどそうかも」
「おんぶしてやろうか? そっちのが楽だろ」
「……それは恥ずかしいかな……肩貸してくれたらいいよ」
「そうか。わかった」
言われた通りに肩を貸す。
周りを見ると体を伸ばしている氷堂さんと、倒した敵を縛っている蒼貞さんがいた。二人とも無事だな。にしても、守護者を瞬殺するなんて……蒼貞さんは本当に強いな。焔さんとどっちのが強いんだろう。
「さて! 帰るぞ。こいつらはまた牢にぶちこんで、アキラは念のため診て貰うぞ。明日もまだ仕事が残ってるしな」
「明日もって……うわ、まだあるじゃんか」
蒼貞さんが指差した方向を見ると、まだ空間の入り口が残っていた。いくつあるんだろうか。
「人は呼んだ。アキラ以外の二人は先に支部へ帰ってくれ。後片付けはやっとくからよ」
「了解」
「了解しました」
結局、また能力を進化出来なかったな。そう思いながら支部へと戻る。
*
時間は夜七時。夕飯を済まし、コーヒーを飲みながら外を眺める。
何が足りないんだろう。一度は進化出来たんだ、その時は条件を満たした筈なんだがな。
「……お、レイラ。一人なの?」
するとそこに、外からアキラが戻ってきた。先程よりは顔色が良さそうだ。
「ああ。蒼貞さん達はまだ帰ってない。アキラはもう動いても大丈夫なのか?」
「うん。筋肉痛みたいなもんでさ、感染者なら一日休めばなんとかなるらしいよ。回復促進のための治療も受けたしね」
「そうか、良かったな」
得意気に腕をぐるぐると回すアキラ。顔色だけじゃなく、表情も柔らかくなった気がする。
悩みが解決したのだろう。
「……ねぇ、レイラ」
「うん?」
と思っていると、アキラが真面目な表情を見せながら話し掛けてきた。
「僕のさ、過去の話をしてもいいかな?」
「!」
過去。アキラが決して語らなかった昔話か。
「……あぁ、頼む。最近、落ち込んでたのにも関係してるんだろ?」
「気付いてたか。まぁね。自分の中で踏ん切りがついたからさ、レイラ……あと支部の人達にも話しておこうかなって」
「わかった。頼むよ」
*
━━そして、アキラの話を聞いた。
亡くなった両親。白銀の狼。アキラが支部に来るまでの全てを。
支部で寝泊まりしている理由はそれか。単純に、行く宛が無かったんだな……。
「……そう、か。大変だったんだな、アキラ」
あまり、気の効いた台詞が言えない自分に歯痒さを感じる。
そんな俺にも、アキラは笑ってくれた。
「そうだね、大変だった。死のうと考えたことも山ほどある。でも、父さん母さんがそんなことを望むはずが無い。死ぬことなんて……出来なかった」
「……」
飄々としている、いつものアキラとは違う表情。
えも言えぬ感情がこみ上げ、黙ってしまう。
「━━はい、暗い話は終わり! 柄じゃないよ、こんなの。……僕が今になってこの話をしたのは、レイラにとっても関係のある話だと思ったからなんだし」
「関係のある、だって?」
誤魔化すように話を変えるアキラに対し、疑問が募る。
確かに俺も両親はいない。だが、それに至るまでの経緯がまるで違う。
関係は無いんじゃないか。
「うん。僕が進化に至れた理由……いや、至れなかった理由がはっきりと分かったからなんだ」
「……それは?」
アキラはこちらを真っ直ぐと見据えた。
「中途半端な思いを抱いていた事、だよ。レイラはさ、自分の能力がどうして目覚めたのかきっちり説明出来る? カエデみたくさ」
「━━!」
そう告げられ、まるで不意に頭を殴られたような衝撃が走る。
一色さんは、自分が何故能力に目覚めたのかを懇切丁寧に説明できていた。
だが自分はどうだ? 手の能力は、自分の性格から考えておおよその見当を付けることしか出来なかった。そこが、進化者とそうでない者の差だってのか?
……しかし、それだと一つ引っ掛かる。
「ま、待てよ。それなら一色さんが進化していない理由が付かないだろ。能力のルーツを自覚しているかそうでないかだけでよ」
「そこは、伸び代の差なんじゃないかな。カエデは色盲であったが為に、能力に目覚めてからは自分の欲を満たすことが出来た。だから、あれ以上は行けていない……つまりね」
アキラは意味ありげに、人差し指を立てる。
「欲深い人ほど強くなれる。そう僕は思ったよ。勿論、僕にも当てはまる。狼になりたい僕と、人間を捨てきれない僕。その狭間に葛藤した結果、中途半端な狼人間になったのさ」
「━━━━」
かちり、と歯車がハマった音が聞こえたかのよう。
これだ。俺が、進化出来ない理由。
ならば、俺は。
「一度、向き合って見なよ。━━自分の欲にさ」
*
「話ってなんだよ、楓」
床に着こうとしていたオレに、急に楓から電話が掛かってきた。
一体なんの用事なのか。
「藪遅くにすみません、手短に済ませますので」
「問題ねぇよ。続けてくれ」
「では、単刀直入に聞きます。貴方は━━何者ですか?」
「……!」
怪訝そうな声で尋ねられ、思わず黙ってしまう。……流石に、気付くよな。
「……第六支部のリーダーで、元教師の能力者……って事を聞きたい訳じゃねぇよな?」
「はい。貴方の強さはあまりにも異次元過ぎます。……恐らく、焔さんも同類ですよね。ただの感染者にはとても思えません」
「第一世代で進化済みの能力者と大差ないだろ?」
「とぼけないでください。 ……感染者の中でも強く、進化済みの氷堂さんですら貴方には及ばない。文字通り格が違うと私は思いました」
……駄目だこりゃ、煙に巻くのは無理そうだ。こういうのは焔が得意なんだがな。
はぁ、と溜め息をつき、話す。
「じゃあこっちも単刀直入に言うぜ? お前の言うとおり、オレ達は普通じゃない。だが今は話せない」
「それは何故?」
「……知る人間が多くなるのは都合が悪い。信頼してるとかそういう話じゃねぇんだ。悪いな、納得してほしい」
「……」
暫しの沈黙。
楓は頭も良ければ勘も良い。いつかは感付かれても可笑しく無いわな。
「……分かりました。蒼貞さんや焔さんが悪人にはとても思えませんし、今は引き下がります」
「すまん、助かるよ」
「でも、いつかは話してください」
「ああ、約束する」
「分かりました。……じゃあ、おやすみなさい」
ぷつ、と電話が切れる。
思わず胸を撫で下ろす。あんまり嘘とか隠し事は好きじゃねぇんだがな。
窓の側へと近付き、夜景を眺める。
「……いつか、か。その日が来なければ良いんだけどな」
そのいつかが来たとき、オレや仲間達は佳境に立たされているだろう。
世界の在り方を決める、特異点という名の佳境に。




