第三十四話 空っぽな童子、三
「くそっ……遠阪!」
ほんの一歩出遅れたレイラを庇い、女の子が能力に貫かれてしまった。致命傷だとは思うが……一か八か。
「どうした!」
「あの女の子を病院へ連れていってくれ! ただの病院なら間に合わねぇが……生明ならなんとか出来る筈だからな!」
「なるほど……分かった。二人とも無事でいろよ!」
「おう!」
遠阪は素早く行動に移し、女の子を優しく担いで走っていく。
くそっ、あの子の出血が酷いな。頼むぞ……遠阪。
「━━」
そして、レイラはその場で止まっていた。その周りだけ時が止まったみてぇに。
あの女の子はまさか、レイラが言ってた幼馴染みだってのか……?
「さっきの子……誰? ま、どうでもいいか。あの怪我じゃまず死ぬだろうしね。さて、気を取り直して」
魂が抜けたようなレイラに対して、またしても空童は能力を使おうとしていた。レイラの所までは距離がある……間に合うか?
「さっきの子と同じように……風穴を空けてあげるよ!!」
そして、無情にも能力を放った。レイラの近くまで接近しているというのに、当の俺はまだまだ距離がある……!
駄目だ、間に合わねぇ!
だが。
「……は?」
「━━━━」
確かに放たれた球体が、レイラの目の前で消え去った。一瞬の出来事で空童は勿論、俺も何が起きたのか検討も付かない。
能力をも貫通する能力が消えただと? レイラの能力じゃ防ぐことなんて出来ない筈だ。
……いや、まさか。
脳裏に、姐さんから聞いた話が思い浮かんでいた。
能力に目覚めた者は、基本的に一種類の能力しか使えない。迅太郎の能力で食べ物だとか車を作れないように。
でも、ごく稀にその縛りを越えた能力に目覚める感染者がいる。その現象の事を、私達はこう呼んでいる。
━━進化、と。
*
……何が起きた。
確かに放った筈の僕の能力が、レイラの目の前で消え去った。奴の能力じゃそんなこと出来ない。奥で見ている梶にだって不可能だ。
それじゃあ、他の奴の仕業か? 女を連れていった奴がやった……いや、どうみてもそんな素振りは見せなかった。それに、女を助けるために逃げたのに、レイラを守る余裕なんか無かっただろう。
それじゃあ、今のは一体?
「……フン、手元が狂ったかな。もう一度だ」
そんな筈はない、と思いながらももう一度球体をレイラへと飛ばす。今度は二発。絶対に殺せるだろう。
が、今度ははっきりと見えた。見たこともない能力が、僕の能力を消した瞬間を。
「━━なんだ……それは……?」
現れていたのは、赤黒い手。
その手は妙な存在感を放っており、優勢である筈の僕を不安にさせ、汗が額から一粒流れ落ちてしまう。
「お前は人を殺すとき、何を考えてる?」
すると、レイラはおもむろに立ち上がり、こちらを見た。
険しい表情だ。
「……何を、ね。何も考えてないよ。自分と父さん以外の人間なんて平等に無価値だ。芸術にして貰えるだけ有り難いと思ってほしいね?」
と、正直に答えた。
そうさ、僕と父さん以外はどうでもいい。僕の事を認めなかった孤児院の教員や子供達。そいつらと同じで、僕を理解しない人間なんて必要無いんだ。
僕にとっての唯一の正義だ。誰にも揺るがせない。
僕の答えを聞いた後、レイラは目をゆっくりと瞑った。
「……わかった」
次の瞬間、僕の身体がその場から吹っ飛んだ。鈍い痛みが身体中に響く。
「ぐっ!?」
なんとか着地するものの、ダメージで身体が痺れる。レイラの眼前には、先程の赤黒い手が拳を作っていた。
まさか、殴られた? この、僕が? あり得ない。あのサイズの拳が、僕の球体を潜り抜けて僕を殴るなんて不可能だ。
「もう、お前に何も期待しない。このまま殺してやる」
雰囲気ががらりと変わったレイラは、その場から一歩も動かずにそう言った。
「……一発攻撃を与えたくらいで随分と調子に乗るじゃん。僕に勝てるとでも思ってるの? 組織の中で、一番父さんに期待されている僕にさぁ!」
「期待、ね。都合よく扱われているだけじゃないか?」
「何だと……?」
レイラの言葉が僕の神経を逆撫でする。都合よく扱われている……だって?
レイラは更に、嘲笑を浮かべながら話を続けた。
「お前は見たところ、誰にも縛られず自由に行動している。強いというのも理由の一つだろうが……俺には、代えが効くからに思えてな」
「な……!?」
「お前の能力は確かに強い。でも、それだけだ。人を殺す以外に能の無い無価値な物だ。そんなものを、組織が重要視するとは思えない」
淡々とそう話し、僕はいつの間にか握る手の力を強めていた。
「お前の力は暴力そのものだ。刃物を手にしたガキみたいなものだ。そんなものを、誰が必要とするんだ? くだらな━━」
「━━舐めんじゃねぇぞ、雑魚がァ!!!」
堪えきれない怒りを宿し、球体を全て攻撃へと移す。
「『暴』!! その口を体ごと消し飛ばしてやるっ!!」
嵐の様に球体を激しく回転させ、辺りを抉りながらレイラへと飛ばす。僕の能力を防げるのは分かった。なら、手数で攻めてやる。
そのちっぽけな手一つじゃ、全ては防げないだろ……!
「……くだらない。本当に」
が、レイラは焦り一つ見せず、右手を前に翳した。
「名前は……そうだな。『絶望の手』。空童を掴め」
「なにっ!?」
レイラは自分の眼前に手を出現させ、高速でこちらへと飛ばした。
当然の様に球体をいくつか消し飛ばし、残り数発がレイラの右肩や腿を抉った。
それでも、レイラは表情を崩さない。
「ぐぁ!」
やがて手は僕の身体を掴み、ミシミシと鈍い音を立てる。
なんて……力……! 腕も足も、まるで動かせない。能力も維持出来ず、消えてしまった。
「このまま握り潰しても良いんだけどな。……せっかくだ、もっと痛みを与えてやる。お前が殺してきた人達の分まで」
「っ……!」
レイラがこちらへとゆっくりと向かってきて、それと同時に僕を掴んだ赤黒い手が、上へと昇っていく。
「な、何を……」
「感染者はさ、普通の人間より丈夫だよな。それなりの高さから落ちたって捻挫にすらならない。だけど、さ」
レイラは悪魔のような表情を浮かべ、笑った。
「上空から叩きつけたらどうかな?」
「な……や、止めろ……!!」
地上から十メートル程の高さまで到達すると、手が向きを代えていく。
まさか、本当に……嘘だろ……!?
「手よ。空童を━━」
「止めろぉぉぉぉっ!!!」
「地面に叩き付けろ」
瞬間、物凄い勢いで僕の身体は地面へと投げられ……
「ガハァッ!!! 」
全身が弾け飛ぶような痛みが迸った。




