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欲望の感染者  作者: 影山 コウ
組織との戦い
33/111

第三十三話 空っぽな童子、二

「━━急いで! 早く!」


 逃げ遅れた住民を、お婆さんを背負いながら誘導していく。


「夏希ちゃん、あんたも逃げな! このお婆さんは俺が背負ってくから!」

「田中さん、ありがとうございます! でも、まだ私はもう少しだけ避難を促してきます!」

「あ、ちょっと!?」


 近所の田中さんにお婆さんを預け、制止を振り切って町中を走る。

 数十分前、突然この辺りの住宅街へと避難勧告が出された。台風でも火事でも地震でもないのに。

 何かおかしいと皆が慌てる中、変な集団が人を襲っているのを見てパニックになってしまった。

 この辺りは老人が多いし、若い私が何とかしないと……!


「は、元気なガキがいるじゃねぇか! 殺してや━━」

「邪魔!!」


 前から例の変な男が一人走ってきたので、走りながら手に持っていたバッグをフルスイングし、顔面に思い切りぶつけた。


「ぶべら!?」


 男は吹っ飛び、その場に倒れた。

 バッグの中には水筒とか入ってて硬いし、暫くは起きない……よね?

 ……こいつの安否はどうでも良いか。そんなこと気にしてる暇は無いし。

 一旦立ち止まり、周りを見る。大分、住民は逃がせたかな。そう思っていると、遠くから地響きと共に大きな音が聞こえてきた。


「な、なに……?」


 ……異常な状況、変な集団。この二つに加えてあの音。

 もしかして、もしかしてだけど……レイラの仕事と何か関係が? 明らかに状況が普通じゃないもの。


「……行ってみよう」


 得体の知れない不安を抱えながら、音のした方向へと走る。


 *


「ぐ……! くそっ……」


 消滅し出血する手を破いた服で止血しながら、梶さんは空童を睨む。


「手が消えちゃったね。これで、君の曲芸はまともにやれなくなったね。御愁傷様」

「てめぇ……よくも……」


 にやにやと笑う空童を見て、心の底から怒りが沸き立つ。

 握り締めた手から、血が滲む程に。


「ま、まて……早まるな、レイラ!」

「『勇気の手(ブレイブハンド)』ォ!!」


 怒りのまま能力を発動し、正面から空童へと拳を飛ばす。絶対に許さねぇからな……!


「無駄だって」


 が、またしても拳は空童の前で消滅した。

 くそっ、速さと手数が足りない。もっとだ、もっと速く……!


「アァ!!」

「……!」


 何度も何度も拳を奮い、何度も消滅していく。

 まだだ……!


「死ね、ゴミクズ野郎!!」

「!」


 すると突然拳が二つに増え、絶え間なく空童へと打ち付け始めた。何が起こったかは二の次だ、とにかく奴を黙らせてやる。


「━━仕方無い。なら、こちらも数を増やそう」


 それでも奴に攻撃が入らない。それもその筈。

 奴の体を守る球体が、二つに増えていたからだ。二つ目の球体、これで梶さんの手を消し飛ばしたのか。


「なるほどな、そういうからくりかよ……! オラァ!」

「そういうこと」


 やがて梶さんも攻撃に参加し始め、二人がかりで連続して攻撃を加えていく。

 それでも。そこまでしても。奴の防御が破れない。


「はぁ……はぁ……!」

「くそったれが……!」


 俺達の息が上がるほど攻撃をしても、空童の笑みを消すことは出来なかった。


「レイラって言ったっけ? この状況で能力を応用出来たのは誉めてあげるよ。でも、そんなものスタートラインさ。僕には遠く及ばないね」

「な……!?」


 これ見よがしに両腕を拡げる空童。すると、空童の周りをいくつかの球体が不規則に回転し始めた。

 二つどころじゃない。三、四……五つだと!?

 大きさはバラバラで、規則性があるかどうかも分からないほどの速度。その全てが空童の能力だってのかよ……!


「ま、誰もが使えるような物ではないけど。能力の才能ってやつ?」

「……けっ、言いやがる」


 嘲笑をする空童に、梶さんは吐き捨てるように言った。


「じゃあそろそろ死のうよ。文字通り蜂の巣にしてあげるね」


 そして、その球体全てが回転の速度を速め始めた。地面や塀がまるでプリンの様に削げていく。


「『(らん)』。さ、行くよ?」


 そのままゆっくりとこちらへ歩き出す。五つの球体が順番に空童の周りを三百六十度守りながら、時折こちらへと発射される。


「くっ!」


 先程よりも速い速度で放たれる球体を辛うじて避ける。が、反撃を与える隙がない。

 理不尽なまでの攻防一体。付け入る隙が全く見えない。

 くそっ、何か手は無いのかよ……!


「……レイラ、逃げんぞ」

「は?」


 すると突然、梶さんにそう告げられた。


「な、なんで……」

「見たら分かるだろ。あの能力、もはや俺達にどうすることも出来ねぇ。仲間と合流して、奴の能力と相性の良いやつを当てた方が良い」

「それはそうかも知れませんが、あのまま奴を野放しにしたら……! それに、俺達が退いたら奴も逃げるかもしれませんよ!?」

「んなこと分かってるよ! 俺だって奴を止めてぇしな! だが、姐さんからの指令を思い出してみろ!」


 そう言われ、思い出す。

 ━━不利と思ったら退避する。当然だ、理屈じゃ分かってる。しかし親の仇を目の前にして、背を向けて逃げろってのかよ……!


「リスクは承知の上さ。だが、ここで俺達が殺されたら元も子もねぇ。……レイラの気持ちだってよく分かってるつもりだ。親の仇に出会ったのに、逃げるなんてとても出来そうもねぇだろうよ。それでも、だ!」

「っ……!」


 俺の気持ちを汲み、それでも尚……逃げろと。

 とても、出来ない。


「━━いやいや、話聞いてた?」


 だが、空童が俺達の話に反応して目の色を変えた。殺意、だ。


「殺すって言っただろう? 誰も逃がさないよ。……ふぅっ!」

「こ、これは!?」


 空童が操る球体の全てが、先程よりも勢いと速度が増し、より広範囲を飛び回り始めた。

 目で追えない……! 感染者(ディザイア)の目を持ってしても!


「くそっ……レイラ! もう悩んでる時間はねぇ!」

「……っ!」


 梶さんは直ぐに撤退を始め、遠巻きで遠阪さんのコピーも逃げ始めていた。俺は必死に怒りを抑えながら、二人の後ろに続いた。

 二人と俺の心情の差。それが、命取りになった。


「━━まずは君からだ、レイラ君」


 一歩。たった一歩出遅れた。それだけの差で、背後に迫ってくる小さな球体に気付けなかったんだ。

 俺が走る速度よりも速い。尚且つ、俺は方向を変えられる体勢じゃない。能力を使う暇もない。

 無理だ。直撃する。球体は俺の胸を正確に貫くだろう。砂で出来た山を、手で開通させるよりも容易に。

 死を確信した為か、目まぐるしい速度で頭の中に過去の記憶が流れてくる。走馬灯……か。

 志半ばで死ぬのか、俺は。ごめん母さん、父さん……夏希。

 俺は最後まで、立派な人間にはなれなかったよ。


「━━レイラっ!!」


 が、俺の体は横へと飛ばされ、塀に思い切り激突した。

 何が起きたのか。何故一瞬、夏希の声が聞こえたのか。その答えの全てを、眼前の光景が物語っていた。


「……なつ、き……?」


 いつの間にか現れた夏希が、夥しい量の血を吐き出しながらそこに立っていた。

 鳩尾の辺りには、ピンポン玉程の大きさの穴。そこから奥の景色が見えていた。


「え、へへ……やっちゃっ……た……」

「夏希、お前……その……え……?」


 頭が上手く回らない。呼吸が十分に出来ない。

 か細く呟く夏希を見て、嫌な汗と涙が止まらない。


「……レイ、ラ……逃げ、て……」

「━━━━」


 糸が抜けたように、夏希はその場で倒れた。俺に向けた笑顔を崩さぬまま。


 熱い、熱い。胸の奥が焼けるように熱い。

 怒り、悲しみ、憎しみ。その全てが俺の体を焼き焦がす。




 ━━()()()、と。糸が切れる音がした。





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