第三十二話 空っぽな童子、一
「くっ……!」
僅かな違和感を頼りに、横へと走って攻撃を避ける。
「レイラ! あんまり近寄り過ぎるなよ!」
「分かってます!」
梶さんですら攻撃を避けるのに精一杯だ。
理由は単純明快、攻撃が全く見えないからだ。
「すごいすごい、見えないのによくやるねぇ。空気の振動だとか、勘で避けてるの?」
その奥で、空童と名乗った男は薄ら笑いを浮かべていた。速くあの顔をぐちゃぐちゃに叩き潰してやりたい……でも、まともに近寄ることすら出来やしない。
奴の能力の全貌は未だ不明だが……はっきりしていることが一つだけある。
━━まともに喰らえば死ぬ。腹に風穴を空けられた死体や、バターの様に抉られたコンクリートから容易に想像出来てしまう。
「くそっ!」
能力の射程ギリギリまで離れ、能力を使い正面を殴り付ける。だが
「あはは、無駄だってば」
空童に触れることすらなく、拳は消え去った。
そしてこれだ……! 奴に攻撃が全く通らない。梶さんの武器も、俺の能力も、始めから無かったみたいに消えて無くなってしまう。
「ちっ。厄介だな」
「ええ、本当に……!」
梶さんが隣まで下がってきて、舌打ちをする。
「……遠阪さんのコピーは?」
「離れた位置で待機させてる。状況が変わったしな」
更に、遠阪さんのコピーは戦闘に参加出来ない。理由は、本体の遠阪さんがかなりの重症を負ってしまったからだ。
もしコピーがやられてしまったら、遠阪さんが危ない。
よって、俺と梶さんでこの場を収める。それがベストだと梶さんは言った。
「君の事は聞いてるよ、梶君。第五支部における二番目に強い能力者らしいね?」
「は、有名になったもんだな。それがどうした?」
第五支部。焔さん率いる俺達の支部の事らしいな。
梶さんが答えると、空童は楽しそうに笑った。
「ちょっと残念だな。これで二番目? この調子だと……焔さんも大したこと無いのかな?」
「……なんだと?」
嘲笑を浮かべながらへらへらと話す空童に対し、梶さんは眉を潜めていた。
「怒らないでよ。僕が勝手に過大評価してただけなんだ、君は悪くないよ!」
「…………クソガキが。そんなに痛い目に会いてぇなら……見せてやるよ」
梶さんは静かな怒りを見せながら……鉄塊二つを取り出す。
「……俺の能力はよ、あんまり大きい武器は作れねぇ。そう思っていた」
両手を使い、抑え込むように鉄を重ねていく。
「だが違った。俺が、能力の全てを把握できていなかっただけだ。こうやって、媒介二つを両手で重ねると……!」
すると重ねた両手の中心が目映く光り、巨大なハンマーが形作られていく。
「へぇ……!」
「『武器生成』、接続!」
そして現れたハンマーを両手で握り、構えた。
なんて大きさ……! 梶さんの身長の倍以上はあるぞ。武器を作る際に一つしか使わなかった媒介を二つにすれば、ああやって巨大な武器も作れるってことか。
……でも。あのハンマーで何をするつもりなんだ? 当たれば強いだろうけど、空童に当てるのは難しい筈だ。
「レイラ」
梶さんは近くにいる俺がギリギリ聞き取れるくらいの小声で呼んだ。
「どうしました?」
「五秒後に目を瞑れ。事が済んだらヤツを見ろ。俺の見立てが正しけりゃ、ヤツの能力がどういう物か分かるぜ」
「……わかりました」
伝えられた作戦に、聞き返すことはしなかった。
俺は梶さんを信用している。理由はそれだけで十分だ。
「行くぜ。ぬぅ……!」
梶さんはハンマーを高く持ち上げ、腰を下ろす。
そして、その場を勢いよく叩き付けた。丁度、五秒。
「っ!」
閉じた視界でも分かる、ハンマーによる衝撃。まるでこの場だけ地震が起きているようだ。
振動が収まると同時に目を開くと、そこには
「……砂煙……?」
辺りはハンマーで地面を叩いた為か、一面砂煙で覆われていた。砂煙を起こすためにハンマーを?
「レイラ。アレを見な」
「アレ? あっ……!」
梶さんに言われた通り、空童を見る。すると、空童の周りを高速で回転している球体の何かを視界に捉えた。
大きさはバスケットボールくらいで、透明だ。そうか、アレがヤツの能力……!
「なるほど、僕の能力を見たかったワケね?」
「おおよ。おかげでよーく分かった……ぜっ!」
すると梶さんは空中にナイフを生成し、空童へと思い切り投げつけた。
ナイフは球体に触れた瞬間、消え去った。
「ビンゴ。大方、球体に触れるとあらゆる物が消滅。能力で作った物でもな。尚且つ、自在に動かせる代物なんだろう。地面や壁を抉ったり、こっちの攻撃を消したり……それら全てに説明が付く」
「しかも、透明……。厄介な事には変わりませんね」
「はは、だな。でも、対策は出来そうだ」
梶さんはいくつか小石を拾い、懐へと入れた。攻めるつもりだ。
「分かったところでどうにかなるかな? 来なよ」
「そんじゃ、お言葉に甘え……てっ!」
足下から武器を生成し、猛スピードで進んでいく。空童は余裕の表情を浮かべながら、前方の梶さんへと球体を飛ばす。このままだと、梶さんに直撃してしまう。
だが
「よっと!」
手から棒を作り出し、地面へと突き立てその反動で空童の頭上へと上昇した。空童は一瞬目を丸くするが、冷静に能力を操作し空中の梶さんへと球体を追尾させる。
「そら、プレゼントだ!」
が、梶さんは手元から小石をいくつもばら蒔き……空中で小さなナイフへと変化させ空童の上へと降り注がせた。
「ちっ!」
咄嗟に能力を頭上へと移動させ、その場で横向きに高速回転し、落ちてくるナイフを消し飛ばした。だがその隙に梶さんは着地しており、上を見ていた空童へとまた接近していく。
「せいっ!」
滑り込むように体勢を低くし、新しく出現させた剣で空童の足を斬り付けた。
「ぐっ……!」
空童はギリギリで跳ぶが両脛に切り傷が残り、痛みで顔を歪ませた。
あの一瞬でいくつの攻防をしてんだ、すげぇな……。
「っと、危ない危ない。でもま、ちょっとは勝利が見えてきたな。お前の能力はそんなに速くねぇ上に手動で動かさなきゃならねぇ。速さで翻弄すりゃいつか綻ぶぜ」
「……くく、なるほど。良い動きだね」
梶さんはその勢いのまま俺の横まで移動した。
しかし、梶さんが明らかに優勢だったというのに空童から笑みが消えていない。
不気味だ。何か、嫌な予感がする。
「でも、残念ながら的外れだ。確かにこの球体はそんなに速くない。感染者からすれば尚更ね。でも」
「認識が甘いね。君は━━」
気味の悪い笑みを浮かべ、言った。
「━━僕の能力の全てをまだ把握していない」
球体は一つ。今この瞬間も、空童の周りを漂っていたのを俺達は視認していた。
それが、間違いだった。
いつの間にか梶さんの足元から出現したなにかが……梶さんの左手を消し飛ばしたからだ。




