第二十話 開戦、一
「ここで下ろしてくれますか?」
「え、ここでですか? ここら辺は今は危険だってニュースになってますけど」
「構いませんよ。警察の関係者ですので」
タクシーを使い、廃工場近くの道路まで着いた。本来なら誰もこんな所に来ないだろうからか、運転手は驚いた表情をしている。
ましてやこの周辺で殺人があったんだ。驚くのも無理もない。
「……さて、と」
料金を払って車の外に出る。
廃工場はもう少し奥だが、既に気配がする。一、二……いや、三人か。
懐から手紙を取り出し、中の紙を見る。
「……『事務所を襲撃したのは我らだ。廃工場で待っている、一人で来い。来ないなら、先に貴様の部下を殺す。逃げるなよ、焔』……ね。ご丁寧にどうも」
この手紙は、私のデスクにわざとらしく置いてあった物。私を呼び出すために置いたのだろうな。
挑発に乗る必要は特に無いが、そこは……私情を優先させた。アキラと楓を傷付けた罪、その命で払ってもらうために。
罠があろうと無かろうと、必ず倒す。命に代えても、だ。
「……ふむ」
歩きながら、周りを見る。この周辺で何人も殺されたと聞くが、静かなものだ。
周辺に住んでいた人間は避難済み。警察も既に下がらせた。感染者相手となると、ただの人間では役に立てないからな。黒子の様に、実戦に慣れているならともかく。
ここにいる人間は、私含めて四人だけという訳だ。
「……あ、来たよ! あれが焔さんかぁ、美人だなぁ」
廃工場の側まで来ると、二人分の影が見えた。アキラと同じくらいの年齢の少女……か。しかも、顔が良く似ている。双子なのか?
片方の少女は、楽しそうに笑っていた。不気味だな。
「呑気にしている場合か。油断すればすぐに死ぬぞ」
「はーい、分かったよ。じゃ早速……やろうよ!」
二人は構え、その場から動かない。
寄ってきて欲しいのか? それとも、この距離からでも攻撃が可能なのか。攻撃を仕掛けたい所だが……寄るのはまだ止めておくか?
もう一人も何処かにいる筈。出来れば姿を確認したい。
「あれ? 焔さん、来ないの?」
「先に自己紹介でもしようじゃないか? 最も、君らは私の事を知っているようだが」
「必要無い。殺し合う相手と馴れ合ってどうするんだ?」
「冷たいね。同感だが」
もう片方の少女は冷静な奴だ。出し抜くのも簡単では無さそうだな。
ならば、まずは小手調べ。
「では、遠慮なく。『朱の指』」
両手の指を二人に向け、指先から高速で炎の弾丸を放つ。
さぁ、どう出る?
「無駄だ」
「!」
冷静な少女がそう呟くと、炎があらぬ方向へと弾かれた。
だが、二人の前方に何も見えない。何をした?
「私の能力を使えば、貴様の炎などマッチの火同然だ。これでリーダーとは聞いて呆れる」
「おや、言ってくれるね。躾の良い少女だな」
「あはは! 褒められたよ風花ちゃん!」
「馬鹿音羽、皮肉に決まっているだろう。さっさとお前も戦え」
「あーそっかぁ。分かったよー!」
……二人の会話を聞いていると、何とも言えない気分になる。
何処にでもいる普通の少女。それが、私の仲間を傷つけたのか。組織に所属しているだけで、こうも歪んだ少女になると言うのか?
ふざけるなよ。
「舐められるのも気分が悪いね」
「ならば、どうする?」
「さて、どうしようか?」
「……余裕、と言った表情だな。なら、その余裕を無くしてやる━━!」
突如冷静な少女は両手をこちらへと向け、何かを掴むようにその場で手の平を閉めた。すると、私の体が吸い込まれるように前へと引き寄せられた。
見えない壁と、引き寄せる力……そういう事か。
「く、君の能力はまさか……風、か!」
「気付いたか。そうさ、私の能力は風。名を『風を操る者』。さぁ、こちらへ寄ってこい!」
「っ!!」
なんという力だ。後ろへ下がることがまるで出来ない。ならば!
「『朱の脚』!」
「おっとぉ! させないよ!」
脚に炎を纏わせ、冷静な少女を蹴り飛ばそうとこちらから接近すると、明るい方の少女が間へと割り込んできた。
「なら、君から片付けてやろう!」
「いやー、蹴らせないよ! ふぅっ……!」
だが、明るい少女はこちらの攻撃を防ぐつもりもないように、その場で息を吸い込んだ。
何故だ? この少女の能力は呼吸と関係が? アキラ達の怪我を思い出せ。風の少女の仕業では無さそうな怪我が合った筈だ。腕が切断されたことか? いや、違う。
僅かな時間で幾つかの可能性を探っていく。そして、たどり着いた。
分かった、こっちの少女の能力は……!
「『大不協和音』!!」
「ぐぅっ!?」
咄嗟に耳を塞いだ瞬間、現実ではあり得ない程の大声が少女から放たれた。
耳を塞いでいるというのに、鼓膜が破られそうな爆音。全身を叩かれているかの様な振動が、脳や臓器を激しく揺さぶる。
この能力で、アキラや楓は鼓膜を破られたんだ。室内でこんなものを喰らえば、どうしようもないだろう。
その場から離れたくても、自分では動けない。しかも、風のせいで強制的に前へと引き寄せられる。
非常に、まずい……!
「……来たな。これで、私達の陣形が出来上がった」
「陣形……だと?」
冷静な少女の目の前まで引き寄せられると、風が止んだ。
陣形……まさか。
「焔。貴様は私達の射程に侵入したんだ。これで貴様は逃げることすら出来なくなった。━━弓美さん!」
不敵に笑うと同時に、空から何かがこちらへと接近している事に気が付いた。
矢だ。矢が空中で弧を描くようにして近寄ってきたんだ。
「成程、射撃か。だが、ただの矢など効くものか! 『朱の指』!」
矢を弾くべく、指を構えて矢へと炎を放つ。
しかし、あろうことか炎の弾丸は矢に命中せず、炎は矢をすり抜けて空へと消えてしまった。
外した? いや、違う。まさか、この矢はあの時の……!
「言っただろう、貴様はもう逃げられない! 私達からも、矢からも!」
「ぐぁ!!」
矢は勢いすら落とさず、私の手の平を貫いた。
佐鳥を暗殺した、あの矢だ……! 建物をすり抜け、標的のみを貫いたあの矢と同じだ!
私はまんまと罠に嵌まってしまった、という事か。
「ちぃ!」
なんとかその場を離れ、二人から距離を取る。
少女の話を真に受けるなら、恐らくあの矢の当たる範囲に入れられてしまった。
射程というのは、思うに能力が使える範囲のことだろう。ならば、また離れれば能力は発動しないのか?
しかし、その為にはこの二人を倒さなくてはいけない。そう簡単な話ではないな。
つまりこれから先、矢を何度も受けながらこの二人を倒さないと射手に近寄ることすらも出来ない。
中々、厳しい戦いになるな。
「我ら『アロー』の名において、貴様をここで殺す!」
「そういう事だよ! 邪魔なんだよね、焔さんは」
と、二人は話す。
邪魔ときたか。こちらの台詞だな。もう、出し惜しみはしない。
「そうはさせない。私はリーダーとして、君達を倒す。これ以上、世界を汚されてたまるか」
そう、私はリーダーだ。
それ以上に重い使命も背負っている。こんな所で負けるつもりはない。
━━皆も頑張ってくれ。厳しい戦いになるとしても。
私達は、負けるわけにはいかないからだ。




