第十九話 襲撃、二
「くそっ、マジかよ……!」
人混みを避けながら、全力で事務所へと走る。
今、遠阪さんから連絡があった。あの人のコピーが、襲撃される事務所を見たという連絡だった。
「アキラはそう簡単にやられねーよ! でもな……タイミングが気掛かりだ」
「タイミング、ですか?」
横を走る梶さんがそう話す。
「襲撃とやらが、たまたまだと思えるか? 姉さんも俺もいない状況でいきなりだぜ? 偶然とはとても思えねぇ」
「そうか、人が減るタイミングを狙って……!」
梶さんは頷く。
確かに都合が良すぎるな。何処かから事務所を観察していて、人が減ったタイミングで襲撃したと考えた方が辻褄が合う。
だとしたら、目的は何だ? アキラと楓さんをピンポイントで狙ったのか? それとも事務所に置いてある情報を狙ったのか?
「ともかく急ぐぞ。嫌な予感がしやがる」
「はいっ!」
走る速度を早め、事務所を目指す。
無事でいてくれよ、アキラ、一色さん……!
*
「そ、そんな……」
事務所へとたどり着くと、焔さんがいた。
部屋の中は、それはもう酷い有り様だ。散乱した書類、割れた窓……そして、血だまり。
血だまりの中心には、倒れたままで少しも動かないアキラがいた。
「……リョー、コ……ごめん……」
「アキラ、喋るな。今、遠阪君が救急車を呼んでいる。安静にしていろ」
アキラの右腕は切り落とされており、傷口が縛られていた。遠阪さんか、焔さんが処置したのだろう。
その奥で、全身に傷を負った一色さんも倒れている。僅かだが呼吸をしていて、生きてはいる様だ。
「僕が……守らなきゃ……行けなかったのに。楓を……危険に……晒しちゃった……」
「喋るんじゃな…………そう、か。鼓膜を」
どうやらアキラも一色さんも、鼓膜をやられているみたいだ。一体この部屋で、何があったのか。
俺は今、どうしたら良いのか。何も、分からない。
「焔さ……!!」
これからどうするかを聞くために焔さんに声を掛けたが、表情を見て口が止まってしまった。
普段の冷静な焔さんとは全く違う、怒りの表情。味方である俺ですら恐怖を感じる程の威圧感で、嫌な汗が全身から吹き出た。
アキラと一色さんが襲われた事に対する強い怒りは、焔さんを豹変させてしまっていた。
しばらくして、アキラ達は医療施設へと救急車で運ばれていった。感染者専用の施設があるらしく、そこには能力で治療を施す感染者がいるとの事だ。
思わず胸を撫で下ろす。襲撃されたとは言え、誰も死ななかったからだ。
「……こんな状況ですが、悪い知らせがあります」
が、救急車が来ると共に合流した遠阪さんが話す内容を聞いて……またしても場が凍ってしまった。
「今、ここ周辺で多数の感染者が暴れているとの情報が黒子と忍足さんから送られてきました。今、俺のコピー五体と忍足さん達でなんとか対処していますが……未だに収まりません」
「……そうか。いよいよ、攻めてきたな。ここを襲った理由は、私達を後手に回らせる為か」
そう焔さんは話す。
各地への襲撃を邪魔されないために、ここを襲ったという事か。悔しいことに、狙い通りに事を運ばれてしまったという訳だ。
「ふざけるのも大概にしろよ……! 姉さん、俺たちも行きましょうよ!!」
机を叩き、梶さんは怒りを隠さずに焔さんへと話す。俺もそう思う。
後ろにいる誠達も同じ気持ちようで
「梶さんの言う通りです! 僕達が役に立てるのかは分かりませんが、このまま放っておくことは出来ません!」
「わ、私もです!」
「…………」
と焔さんに呼び掛けていた。
だが、焔さんは机を見ながら黙っていた。
「……遠阪君、大まかな情報を教えてくれ。何処が特に被害が大きいかを」
しばらくしてから口を開き、呼ばれた遠阪さんは頷いた。
スマホを取り出してスクロールをしていく。
「ここから遠い順で説明すると、まず廃工場。人気はいないので被害は少ないですが、通り掛かった人が何人も殺されています。次に、住宅街。正体不明の謎の穴がいくつも空いており、人間も同じように風穴を空けられて殺されています。そして、駅周辺。十人以上の感染者と見られる団体が見境無く暴れまわっています。他もいくつかありますが、忍足さんと俺のコピーと黒子達で何とか対抗出来ています。よって、特に酷いのはその三つですね」
廃工場、住宅街、そして駅周辺……か。
住宅街と聞いて、またしても嫌な汗が止まらなかった。ここから少し遠い住宅街……まさか。しかも、穴だと?
「了解した。では、作戦を指示する。まず私は廃工場を当たる。人気が少ないなら私も全力を出せる。そして住宅街はレイラ、迅太郎で向かえ。駅周辺は誠、静、遠阪で対処を。出来れば遠阪のコピー一体をレイラ達に同行させてくれ。戦闘もだが、避難し遅れた人間を守ってほしいからな」
「了解しました。ですけど、焔さんは一人で大丈夫ですか? コピー一体くらいなら貸しますけど?」
作戦を聞いた後、遠阪さんがそう聞いた。
確かに焔さんだとしても、一人は危険だ。
「……問題ないさ。直ぐに始末し、他の場所へ救援に向かうよ」
「し、始末……ですか。わかりました」
遠阪さんは少し怖じ気付きながら、渋々頷いた。無理もない。先程の焔さんからは、深い怒りと殺意を感じたからだ。
始末なんて言葉が、あの焔さんから出る程に。
「ところで、蒼貞は?」
「蒼貞さんは少し遅れるそうです。情報は逐一僕が教えてるんで、その時に合わせて手助けをするとの事です」
「そうか。相変わらず、マイペースな男だな」
焔さんはため息をつく。
だがすぐに気を取り直し、焔さんは手袋を強く引き締めた。
「気を引き締めろ。恐らく、組織の戦闘員が何人も暴れている。優先するのは一般市民の命だ、犠牲を出さぬように立ち回ってくれ。無理をせず不利と思ったら退避するように。だが必ず、勝つのは私達だ! この場にいる者が死ぬことは私が許さない」
凛々しい表情を浮かべたまま、全員に呼び掛けていく。
今度こそ、やってやる。これ以上好きにさせてたまるか。
「━━作戦開始!」
━━号令と共に、全員が一斉に動き出した。
*
「あぁ、やっぱり綺麗だなぁ」
人間に穴を空けると、何故こんなにも美しいのだろう。
モナ・リザやヴィーナスの誕生を見ているかの様な、心に響く美しさだ。
「ここも久々だなぁ。何年ぶりだろう?」
質素な住宅街を、芸術作品で埋め尽くしてやろう。あの時は三十人ぽっちで終わっちゃったからなぁ。
今度こそ、全て殺してやろう。醜い人間を芸術に変えて。
「━━父さん、楽しみにしててね。僕、頑張るよ!」




