第十六話 不穏
「さて、と……」
深呼吸をしながら、梶さんは鉄の塊を棍のような武器に変化させてそれを握った。慣れた手付きでくるくると回し、先端を相手に向ける。
「お前ら、組織だろ? 場所とか考えねぇんだな」
「さぁな。場所に関しちゃ、能力も使えない劣等種に気を使う必要なんか無いからな」
「劣等種……ねぇ。いるんだよなぁ、こういう身の程知らずのバカがよ」
「なに……?」
嘲笑気味に笑い、梶さんは肩に棍を掛ける。
「俺達もお前らも、どこまでいっても人間だ。そこを間違えちゃいけねぇ。足が速いとか、頭が良いとか、その程度の差異でしかない。そんな勘違いバカには……きつめのお仕置きしなきゃだな?」
「……やってみろ、クソガキが!!」
男の一人は怒り狂った様子で、ボウガンの矢を放った。
梶さんは余裕の表情を浮かべて、それを叩き落とした。
「レイラ、俺が突っ込むからテキトーに合わせてくれ。あのボウガンバカを先に殴るからよ」
「は、はい」
……そんなテキトーな作戦で良いのか?
どのみち、やるしかないのか。
「じゃ、行くぜ? 『武器生成』」
梶さんは足元に鉄を落とし、それを踏みながら体勢を前屈みのまま低く下ろした。
次の瞬間、足元から持っている棍と同じ武器が現れ、押し出されるようにして梶さんが前へと飛び出した。
「速っ……!? ゲブッ!!?」
あまりの速さに驚いたボウガンの男に、梶さんは棍で鳩尾を勢いよく突いた。あのスピードでの突きだ、まともに立つこともままならないだろうな……。
「野郎!」
「おっ?」
追撃をしようとする梶さんへと向けて、もう一人の男が手を翳す。すると、梶さんの体がその男の手に吸い寄せられていく。
どんな能力だ? サポートをしなければ……!
「良いのかよ、わざわざ近づけてくれてよ? オラァ!!」
「ぐっ!?」
だが、体勢を崩されているにも関わらず、梶さんは棍を地面に突き立て……それを軸にして横に回転し男の頬を蹴り飛ばした。まともに攻撃が入った為か、敵の能力が解除された。
「へぇ、引力でも操作してんのか? 大層な能力だが、本人が弱くちゃ意味ねぇな」
「がっ! ぐぅっ!!」
着地と同時に見事な動きで棍を振り回し、男の全身を何度も殴っていく。
しかし、その背後を先程のボウガン男が撃とうとしていた。
「クソガキがぁ!! 死……ぐっ!?」
「させない!」
咄嗟に能力を発動させ、ボウガン男の体を掴む。
今は動きを止めておこう。梶さんの邪魔をさせないように。
「良いな、ナイスサポートだぜ。さて、とっ!」
「ぐぁ……!」
棍を下に下ろし、振り上げて男の顎を打ち抜く。
後ろへと倒れた男に向けて、梶さんは足元の土を拾って投げた。投げられた土は空中で小さなナイフへと変化し、身動きが取れないように男の衣服だけを釘のように打ち付けた。
「く……くそっ……!!」
「やっぱり、前のやつと大差なかったな? 次は……お前だ」
「っ……!」
俺の能力で身動きが取れないボウガン男に近付き、棍を横凪ぎに振って顎を叩き付ける。
「ぅ……」
うめき声をあげながら気を失った様で、それを確認した後能力を解除した。
……強すぎる。俺がサポートをしなくても簡単に倒せたんじゃないか?
「レイラ。こいつらをテキトーに縛って警察を呼ぶぜ。話はその後聞けばいいさ」
「り、了解です!」
特に疲れた様子も無く、欠伸をしながら能力を解除した。そのままスマホを取り出し、警察へと電話を掛けていた。
時間にして僅か数分の戦闘だったからか、特に周りも騒ぎになっていない。
アキラも俺からすれば強かったが、この人は格が違う。この人から感じた強さは、焔さんとも遜色がなかった。
パートナーとして、やっていけるだろうか……。
と、少し怖気づいている間に警察が到着し、手早くあの二人組を捕縛した。その足で初老の男性がこちらへと走ってきて帽子を脱いで梶さんへと頭を下げた。
「ご協力、ありがとうございました!」
「いやいや。こっちもいつも助かってます」
警察の方が感謝の言葉を告げると、梶さんはそれを笑顔で返して俺達はその場から離れた。
「……ん?」
スマホが揺れているのが分かったので、腰のポケットから取り出して画面を確認すると、焔さんからの着信だった。
「はい、レイラです。どうかしました?」
「突然すまないね。今、何処にいる?」
「商店街です。そちらは確か……」
「誠の学校の近くだ。……それでね、少々妙な物を見付けたんだ。迅太郎と一緒に来てくれるかい?」
「了解です。すぐ向かいます」
「頼むよ」
電話を終え、梶さんにその話を伝えた。
「妙な物……か。行こうぜ。姉さんを待たせちゃいけねぇ」
「はい」
*
「これは……?」
焔さん達と合流し、連れていかれたのは使われていないアパートの近くだった。
使われていないのにも関わらず、妙な人だかりが出来ていた。
「別の場所から確認したんだけどね。アパートの屋上に、綺麗な円形の穴が空いていたんだ。明らかに自然に出来た物ではない」
「穴……」
脳裏に、嫌な記憶が過る。
綺麗な穴、か。
「なるほど、だから近所の人が騒いでると」
「だな。……レイラには悪いが、何か思い出すことがあるだろう?」
「はい。俺の両親を殺したあの事件も……」
「……そういう事だ。何か、関係があるかもしれない」
焔さんは気まずそうに頭を掻く。……随分気を使わせてしまっているな。
「レイラの両親の話は俺も聞いた。その穴を開けたのが両親を殺した犯人だとして……何でわざわざアパートに穴なんか開けたんだろうな?」
「確かにそうですよね。あんまり意味とか無い可能性もありますが」
「……ま、殺人鬼の考えなんて解りたくもねぇや」
と、梶さんと一色さんは呆れたように話す。
「ともかく、こんなに近くで異常が起きている事がわかっただけでも収穫だ。そして……そっちも大変だったみたいだね。また迅太郎狙いの襲撃か」
焔さんは話を変え、梶さんを見る。
「また雑魚でしたけどね。俺を狙いたい理由は何でしょうね? 姉さんには勝てないから、その次に強い俺を潰したいとか?」
「どうだろう。本気で殺るつもりならもっと強い戦力じゃないと意味はないと思うけどね」
「へへ、仮にもっと強い連中が現れたって負けませんよ」
「ハハ、頼もしい」
仲良さそうに談笑する二人。付き合いが長い分、息も合っているみたいだな。
「━━さ、戻ろうか。三人はそのまま解散してもらっても構わない」
「焔さんはどうするんですか?」
そう一色さんが訪ねる。
「あぁ、迅太郎達が捕まえた連中に尋問をしてくるよ。知り合いに尋問の心得がある人もいるしね。なんとか情報を引き出してみるよ」
「あ、あはは……あまり無茶はしないように頼みますよ」
その言葉に、焔さんはクスクスと笑う。
「無論だ。生憎、私にそんな趣味は無いからね。では、また後日」
「お疲れ様でした!」
そのままタクシーを呼び、焔さんはタクシーに乗って何処かへ走っていった。
さ、俺も帰るか。
*
「━━少ししか作れない、だって?」
目の前にいる白衣を着た真殿からそう言われ、思わず聞き返す。
真殿はボサボサの髪を軽く掻いてため息をついた。
「話したまんまですよ。材料が材料だ、大量生産は不可能なんですよ。リーダーにも伝えてあります」
「具体的にいくつくらい出来たんだ?」
隣にいた鋼がそう聞き、真殿は指を三本立てた。
「三!? 少なすぎんな……」
「元々は五本あったんですが、実験に二本使いました。効き目はあったんで、使用に問題はないかと。リーダー曰くその三本は全て焔に試せ、とのことです」
「……まぁ、それはそうだろうな」
焔の強さは、リーダーも相当警戒している。
アレが効くなら、厄介な焔も倒せるかもしれない。……しかし、引っ掛かるな。
「だが、何故三本も使う必要がある? 一本でも使えば、焔の強さを消せるだろうに」
「そこまでは分かりませんよ。でも、リーダーが言うには……焔は特別だからだそうです」
「特別、ねぇ。リーダーは相変わらず、全部を話してくれねぇな」
鋼が呆れたようにソファーに深く座り込んだ。
リーダーは何を考えているんだ。だが、問題はない。私は役目を果たすだけだ。
「とりあえず、作戦通り薬は全て女島さんに預けます。貴重ですので、扱いは慎重に頼みますよ?」
「フン、当然だ」
「頼んだぜーユミ。精々死なないように踏ん張れよな」
鋼の軽口に思わず苦笑いをしてしまう。
「ハ、保証は出来んな」
「けっ、可愛くねぇ奴。美人だってのに勿体ねぇ」
「射たれたいか? 筋肉バカ」
「へーへー悪かった悪かった」
くだらない話をした後、窓から外を見る。
残り二日、か。地獄に行く準備はもう出来た。精々派手に暴れてやる。
「━━あぁ、楽しみだ」
曇りのない気持ちで、本心から出た言葉。
━━楽しみだ、このくだらない世界が壊れるのが……楽しみだ。




