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Dragon Sword Saga3『砂漠の謎』  作者: かがみ透
第Ⅴ話 砂漠に潜むもの
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砂漠に潜むもの(1)

 オアシスで水浴びをし、軽く(?)食事を摂った後、本来の目的である次元の穴の

あるらしい砂漠に向かう『白い騎士団』一行である。

 ぎらぎらと照りつける日差しは変わらずであったが、それまでの砂漠と違い、

オアシスから近いせいか、背の高い植物や岩などの日を避けられるものがあり、

通行人にとっては非常に有り難い。

 ある程度日が落ちるまで、一行は木陰で休憩することにした。

 影になっているとはいえ、気温は高い。ごろごろと岩が転がっている岩は、冷たく

とまではいかないが、座ることは出来る。

 岩の上に俯せていたカイルが、何やらごそごそとやり始めた。

 そうして、白いベストのポケットから取り出したものをしゃぶる。オアシスで見つ

けた干物や、果物の皮を乾燥させたものだ。

 紙巻き煙草は、とうに尽きてしまったので、口が淋しくなると、そのようなものを

かじるのだった。

「それ、なあに? 」

 ミュミュが目敏(めざと)く見付けると、カイルにぱたぱたと寄っていった。

「シッ! オアシスで、こっそり買っといたんだよ。みんなには内緒だぞ」

 彼は、周りに気付かれないよう、そっとミュミュに、(しお)れた木の皮を手渡し

た。

 両手でそれを受け取ったミュミュは、その茶色く干涸びたシワシワの物を、じーっ

と見ていたかと思うと、思い切って、カプッと噛み付いた。

「にがーい! 」

「お子様には、わかんねえ味なんだよ。いらないんなら返せよ」

 伸ばしてきたカイルの手の甲をペチッとはたいて、『皮』を口にくわえたまま、

ミュミュはふーっと飛んで行き、内緒だと言われたばかりにも関わらず、ヴァルド

リューズにそれを見せていた。


「ねえ、ヴァル、次元の穴って、どの辺なの? 」

 赤い東方系の衣装の上から白い甲冑を着たマリスが、岩の上に腰掛けたまま、

顔だけヴァルドリューズを向いた。

「この辺りにあったのだが――おかしなことに、消えている」

「ええっ!? 」

 何事かと、皆も一斉に二人に注目する。

「消えてるって……どういうことよ!? 」

「先日見た時は、確かにこの辺りにあったのだが、……消えているとしか言いようが

ないのだ」

 ヴァルドリューズの静かな碧眼は、暑さの中でさえ、涼しげに語る。

「本当だよ。ミュミュも、この間は確かに見たけど、もうなくなっちゃってるんだよ」

 萎びた木の皮をしゃぶりながら、ミュミュがヴァルドリューズの肩に止まる。

 皆で、顔を見合わせる。

「なくなったって――次元の穴って、移動したり、消えたりするものなのか? 」

 と、不思議そうなケイン。

「……なんとも言い切れないわね。今までは、そういうものではないと思っていたけ

れど……」

 マリスも首を傾げる。

「……ただ――」

 ヴァルドリューズは言いかけるが、すぐに口を(つぐ)んだ。

「ただ――なに? 」

 マリスが、慎重な面持ちになる。

「……『魔』の気配はずっとしている。……用心に越したことはないだろう」

「『魔』の気配――! 」

 クレアが真剣な表情で耳を澄ませる。

「私には、よくわかりませんが……」

「見えるところではなく、『見えないところを探って視る』のだ」

 無表情な碧眼がクレアを見下ろす。

 彼女は、再び精神を集中させた。

「……今度は、感じるわ。どこかで……魔物というよりは、……なんていうのかしら、

うまく言えないけど……とにかく、異様な気配を感じるわ。近くなったり、遠くなっ

たり――どういうことなのかしら? 」

 クレアは言葉を一旦区切ってから、さらに慎重な様子で続けた。

「『ここ』のようで、『ここ』ではないどこか――それに、この感じは、なんだか

――」

 言いかけて、突然ふらっと倒れかけたクレアの身体を、とっさにヴァルドリューズ

が受け止めた。

「無理をするな。まだ体力が完全に回復していないのだ」

「す、すみません……」

 オアシスを出て以来、クレアの体調は良くない。顔色も悪かった。

「一足先に、クレアを連れて、この先の村に行こうと思うのだが」

 ヴァルドリューズが、クレアを抱きとめたまま、マリスに言った。

「その方がいいみたいね」

「そんな……! 私だけ、そういうわけにはいかないわ! それに、そんなことを

したら、ヴァルドリューズさんの魔力の消耗が激しくなるばかりです! 」

「ミュミュに回復してもらうから、大丈夫だ」

「で、でも……! 」

 ヴァルドリューズがクレアを抱き上げると、皆の目の前から二人の姿は、ふっと

消えた。

「……行っちゃったぜ? 」

 放心したように、カイルが、二人のいた場所を見る。

「ミュミュがクレアを回復してあげれば良かったんじゃないか? 」

 宙にぷわぷわ浮かんでいるミュミュに、ケインは言った。

「やったよ。魔力も体力も復活させたけど、クレアの調子はよくならなかったんだよ」

「……大丈夫なのかな? 」

「大丈夫だと思うわ」

 ケインが呟いたのを受けて、マリスが答えた。

「多分、クレアの調子が悪いのは――」

「ああ、そうか! そういうことか! 」

 マリスが言いかけるのを、カイルが、ぽんと手を打って遮った。

「なに? なんだって? 」

 カイルは、ケインに得意気な顔になってみせた。

「鈍いなあ、ケインは。『月の物』が来たんだよ。前に聞いたことがあるんだけど、

女の魔道士は、そういう時、魔力が一時的に弱まるらしいんだ。女って大変だよな」

 それを聞いて、ケインも、魔道士だった女の子から、そのような話を聞いたことが

あったような気がした。

「なんだか大変なんだな、女の人って」

「そういう時に、普段以上のパワーを発揮する人も、(まれ)にいるらしいわよ」

「お前なんか、そうなんじゃないの? 」カイルがマリスをからかった。

「そうかも知れないわね」マリスも笑う。


「ほんとに大丈夫なのか? クレア」

 しばらくして戻ったクレアは、幾分顔色が良くなっていて、元気も少しは戻ったよ

うだった。

「村で薬を飲ませてもらったら、すぐによくなったわ。『砂漠病』といって、貧血に

似たような症状で、砂漠ではよくかかる病気なんですって」

「……誰だよ、月の物なんて言ったのは? 」

 ケインが小声で言うが、カイルもマリスも、素知らぬ顔をしている。

「薬はしばらく必要なんだけど、魔物をバシバシやっつけるために、早く治すよう

頑張るわ! 」

 ピンクのワンピースを着て、長い髪を下ろした彼女の、フェミニンな出で立ちには

似つかわしくないセリフであった。それが微笑ましく、皆は思わず笑う。

「男ばっかの傭兵団と違って、女の子がいると、場が華やかになっていいよな」

 カイルが、にこにこして言う。

「あら、今までだって、一緒だったじゃない」

 そう言ったマリスに、カイルが指を立て、「ちっちっ」と舌を鳴らしてみせた。

「甲冑着て少年騎士振る舞ったヤツと、かしこまった神官服の巫女さんよりも、東方

から来た謎めいた美少女戦士二人組の方が、神秘的でカッコいいじゃないか! これ

で、やっと、このメンバーにも色気が加わったぜ! 」

 喜んでいるカイルを、クレアは複雑な表情で睨んでいたのだが、美少女と言われた

手前、怒るに怒れないでいた。

 マリスの甲冑姿や、クレアの神官服も好感を持っていたケインも、今のマリスの

赤いパンツスタイル(上に甲冑を着てしまってはいるが)や、クレアのピンクのワン

ピース姿は、確かに目の保養になると思った。


「それで、さっき言ってた『魔』の気配っていうのは、近くに魔物の存在があるって

ことなの? 」

 マリスが、ヴァルドリューズに尋ねる。

「『魔』と言っても、魔物の発するものとは、また違うようにも取れる。だが、明ら

かに、『魔』の存在も感じられる」

 いつもの無表情で、彼は返していた。

「どういう意味なのか、はっきり言ってくんない? 」

 ヴァルドリューズを見るアメジストの瞳が、いくらか歪められた。

「悪いが、そのようにしか言いようがないのだ」

「じゃあ、魔物の気配と、それとは別の得体の知れない気配の二つが、感じ取れるっ

てわけね? 

「大きく言えば、そういうことだ」

 少しの間、マリスは腕を組んで考えていた。

「……今までになかったケースね。もしかしたら、……ちょっと厄介なことになるか

も知れないわね……」

 マリスとヴァルドリューズ以外、様子のわからないケインたちは顔を見合わせてい

た。

 皆、彼女の次の言葉を、聞き漏らすまいと待つ。

 いつもの大胆不敵な笑みが、彼女の顔に浮かぶ。

「いるには、いるのだったら、(おび)き出してやりましょうか。ヴァル、『サンダ

ガー』よ」

「ええっ!? こんなところで!? 」

 ヴァルドリューズ以外、一斉に青ざめていた。

「何も現れていないのにか――? 」

 ヴァルドリューズでさえ、いくらか呆気に取られているような反応だったが、マリ

スは人差し指を立て、片目を瞑ってみせた。

「何も見えないからこそ、『サンダガー』で『あさる』のよ。そこらへんを、手当た

り次第ね」

 誰一人、二の句が告げられずにいた。

「幸い、砂漠で、辺りには壊れるようなものは何もないわけだし、ここんとこ呼び出

してやってないから、『あいつ』もストレス溜まってるだろうし、小出しにしてやら

ないと制御のコツも忘れちゃうかも知れないし――ね? 」

「それって、『サンダガーで暴れ回る』――ってこと? 」

 マリスは、にっこりとケインを見た。

「さすが、ケイン。察しがいいじゃない」

「……なんて大雑把(おおざっぱ)な……! 」

 ケインとクレアは、頭痛を覚える。

 単に彼女が暴れたいだけのようにも見えるが、万が一、本当に、獣神サンダガーの

召喚魔法で、『彼』を操るコツを忘れられてはかなわない。彼女が制御に失敗すれば、

この世は、サンダガーの暴走により、どのようなことになってしまうものやら。

 そう考えると、誰も、真っ向から否定も出来なかった。

「なるほど。悪くはない」

「でしょう? 」

 沈黙の中での、ヴァルドリューズとマリスの会話であった。

「おいおい、お前らさあ――! 」

 カイルが言いかけるが、ヴァルドリューズが構わず続けた。

「だが、それならば、サンダガーを召喚するよりも、もっと簡単な手がある」

 ヴァルドリューズが、改めてマリスを見て、一言、発した。

「脱げ」

 驚いたのは、皆の方であった。

 ケインとクレアは思わず、冷静なヴァルドリューズと、そのようなことを言われて

も、平然としているマリスとを見比べていた。

 カイルなどは目を輝かせている。

(おい、お前は、何を期待してるんだ? )

 ケインが、カイルの隣で横目になる。

「……なるほどね」

 マリスは納得すると、何気なく、甲冑を脱ぎ始めた。

「カイル、俺たちは席を外そうぜ」

 カイルの首に腕を回し、ケインはマリスから背を向けるが、カイルは思いっきり

仏頂面(ぶっちょうづら)になる。

「なんでだよ? 」

「……そこで、そういう言葉が出ること自体、おかしいだろ? マリスは、仮にも、

ベアトリクスの王――」

 言いかけて、ケインは留まった。マリスの身分のことは、彼らは知らないのだと

思い出したのだ。

「ベアトリクスの王――何だって? 」

 カイルが怪訝そうな顔になる。

(まずい! )

 ケインは、慌てて取り繕う。

「……だから、その……『ベアトリクスの王太子付きの護衛』だったんだしさ、

それに、彼女は貴族だろ? あんなんでも、一応は『姫』なんだからさ、その……」

 カイルの眉が、への字に寄っていく。

「それがどうしたんだよ? 護衛だったんなら、とりわけ身分の高い貴族ってわけ

じゃないんだし、見ちゃいけないなんて、誰が決めたんだよ」

「だって、紳士は、そんなことするもんじゃないじゃないか! 」

「俺は別に紳士じゃねーもん! 」

「お前ってヤツは――! 」

「見るなって言われてもいないんだから、いーじゃねえか! 」

「わー! バカ! 見るなー! 」

 ケインの腕を振り解いたカイルが、マリスを振り返った。

 が、そこには、もう彼女の姿はなく、白い鎧だけが地面に転がっていた。

「何してるのよ、二人とも。マリスなら、もう行っちゃったわよ」

 クレアが言った。

「魔力を抑えていた甲冑を外すことによって、魔物に、マリスの魔力を探知させ易く

したのよ。そうやって魔物を誘き出したところで、『サンダガー』を呼び出す――

そういう作戦だそうよ」

 クレアが説明した。

「それならそうと言ってくれよ。紛らわしい言い方しやがって……! 」

 カイルが、ヴァルドリューズに横目で文句を言うが、彼の方は全く取り合わず、

そっぽを向いている。

「なにかんちがいしてんの? バカじゃないの? きゃははは! 」

 ミュミュがケインとカイルの頭の上を笑いながら、ぐるぐる回っている。ケインは

羞恥心に顔を赤らめて下を向き、カイルは特に取り繕おうともしなかった。

「……ちょっと待て、じゃあ、今マリスは甲冑も着けずに、ひとりで砂漠をうろつい

てるってのか!? 剣もまだないのに? 」

「そう言えば、そうだわ」

 ケインの疑問に、クレアが頷く。

「ここの砂漠では魔力を読み取りにくいって、言ってたよな? もし、マリスが魔獣

に出会っても、居場所を突き止めるのに時間がかかるんじゃないのか? いくらマリ

スが鍛えてるからって、素手で魔獣と向かい合うことにでもなったら――! 」

 ヴァルドリューズは、そう言うケインを、いつものように静かに見下ろす。

「たかが偵察だ」

「魔物が姿を表すのを、待てばいいじゃないか! 」

「いつ現れるかわからない魔物を、ただじっと張ってるだけじゃあ、それこそ能が

ないじゃないか。また食料や水が尽きちゃうかも知れないんだしさ」

 ヴァルドリューズの代わりに、ケインにはカイルが答えていた。

「だったら、せめて、ヴァルがマリスの近くで見張ってるとか……。魔物が現れたら、

すぐに出て行けるように、魔力の届く範囲で、援護してやれば」

 ケインは、以前、アストーレの山でもそうだったように、ヴァルドリューズに対し

ての視線が、徐々に睨むように変わっていくのが、自分でもわかった。それと同時に、

彼に対する、疑いに近い思いも、徐々に顔を出す。

 だが、それには介さず、ヴァルドリューズは続けた。

「もう少し、クレアの回復を待った方がいいだろう。薬が効くまでは、彼女をやたら

に動かさない方がいい。さきほども言ったが、マリスは単に偵察に行っただけなのだ

から」

 ヴァルドリューズは、心配そうに彼を見上げるクレアに、静かに頷いていた。

(いつも慎重なヴァルが、なんで今は……? ホントに心配いらないと確信している

のか、それとも、他に理由があるとすれば……)

 その先を考えたケインは徐々に胸騒ぎを覚え、いても立ってもいられなくなった。

「マリスは、どっちへ行った? 」

 低い声で尋ねたケインに、一瞬ビクッとしたクレアは、マリスの向かって行った

方向を指差す。

「マリスを援護してくる。ヴァルがいなくたって、魔獣くらい俺が倒してやる! 」

 ケインは、キッとヴァルドリューズを睨むと、ダグラに飛び乗り、走らせた。

「ケインのヤツ、何ムキになってんだろうな」

 僅かに、カイルがそう言っているのが聞き取れたが、その後は、ケインにはダグラ

が砂を蹴る音しか耳に入らなかった。


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