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第9話 怖い張り紙と、本心ポロリ

俺を凍りつかせた一枚の無機質な紙。

そこには、学園の公式文書特有の血の通わないフォントでこう冷酷に印字されていた——




『全校生徒への重要連絡 該当生徒への誹謗中傷における処分について』


2年6組 御子柴護


上記に該当する生徒への誹謗中傷及行為が今後見受けられた場合、本校の信条に反する行為として然るべき措置を取るものとする。

本校は協調性を大切にしており、決していじめ等の非人道的行為を認めない。


また、下記生徒についてはその行為が明白に認められたため、本日付で下記の措置を執行するものとする。


3年1組 田中一平、加藤浩二 

事由:該当生徒への誹謗中傷行為

措置:2週間の停学処分及び指定校推薦枠を没収


2年8組 佐々木健太郎、山田香織 

事由:該当生徒への著しい誹謗中傷、及び当校備品の破損行為

措置:退学処分


私立百合園学園 理事長 百合園 舞耶・フロレンティーナ



……へ。た・い・が・く……


「ああっ……ああ……あのっ、みっみみ深月さん……これは……」


あまりの恐ろしさに、俺の喉は干上がりまともな声が出なかった。

そんな俺の横で、深月さんは柔らかな陽だまりのように、この上なくにこやかに笑っている。


「どうですか?これで護くんにタカるゴミ虫どもを一斉に黙らせることができましたよ♪……もちろん、護くんの机に悪戯をした方たちも見つけたので安心してください♡」


……いや、言葉のチョイスが物騒すぎん……?てか、2年の二人ってやっぱそうだよな……。


やはり俺はとんでもない怪物、いや聖女をこの学園に解き放ってしまったようだ。

いまだその美しい顔に浮かぶ満面の笑みに、絶対的な正義を執行したという揺るぎない確信が宿り……若干のサイコパス味すら感じて怖すぎる。


俺は半ばパニックになりながら、周囲の畏怖の視線から逃げるように深月さんの腕を引き、その場から離れて校舎へと引っ張っていく。


「すぅぅぅ……これはその、すっごくありがたいんだけど……ありがたいんだけどね……?」

「ええ、どうしました護くん?……ありがたいんだけど?」


深月さんは小首を傾げ、澄んだ瞳で俺を純粋に見つめてくる。

そこには一点の曇りも罪悪感すら微塵も存在しない。


「その……ちょっとだけやりすぎかなぁ……なぁんて思ったり……あははっ……」


干物ばりに乾いた笑いが俺の口から漏れる。もう、こう言うのが精一杯。

しかし、俺のチープな言葉など彼女の強固な信念の前に呆気なく弾き返されるのは目に見えているわけで——


「やりすぎ……ですか?うふふっ、本当に護くんは優しいんですね♡ますますわたくし気に入りました……でも——」


聖女の微笑みがふわりと一段階深く、そして重く沈み込む。

その圧倒的なオーラを前に、俺は硬直するしかなかった。


「でも、これも護くんを守る為なんですよ?わたくしはあなたに不当に傷ついてほしくないんですっ!あなたは誰より寛容で、勇気がある素晴らしい人なんですから……それに本校の信条に反するのは確かですし、そんな輩はそもそもこの学園には不要ですから気にしなくていいんですよ♪」


……ダメだ。ていうか思想がだいぶ過激すぎてこれ以上何も言えない。


ついに俺の書いたシナリオのせいで、明確な被害者まで出てしまった。

本来なら俺一人がヘイトの全てを飲み込むつもりが、全くの赤の他人を巻き込み、その人間の人生を少なからず変えてしまった……全ては俺の責任に他ならない。


しかも、こんな恐ろしい権力行使を深月さんという無垢な少女にさせてしまったことさえも、強烈な自責の念となって俺の胃を締め付け、その重圧に今にも押しつぶされそうになる。


すぐにでも彼女に真実を話し謝りたい。でも絶対にそれは出来ない。

どうやらこれから俺が歩むのは、地獄よりもタチの悪い修羅の道らしい。


隣で穢れなく微笑む血塗れの聖女……そんな彼女と一緒に校舎へと足を踏み入れてしばらくした時、俺の精神的キャパが完全に溢れたのだろう。

口から思考を通さない思わぬ本音がこぼれ落ちてしまった。


「色々ありがとね深月さん……でも、どうして俺なんかにこんなに色々してくれるの?親しいわけでもなかったのに——」


マズイと思うが、それは嘘偽りない本心であり、他でもない彼女自身の口から聞きたかった。


「そうですね……理由は簡単です。少し口に出すのは恥ずかしいですが……」


言葉を区切り彼女はすっと伏し目がちになる。

透き通るような白い頬がほんのりと淡い桜色に染まって、普段の気高い聖女の姿からは想像もつかない、年相応の……いや、破壊力のある可憐な少女の顔へと変わってゆく。


「浅い考えと思われるかもしれませんが……一目惚れ……なんだと思います……」

「……えっ……」


脳天をハンマーで殴られたような衝撃。

あまりにもストレートな言葉の弾丸に撃ち抜かれ、俺の喉は完全に機能を停止した。


「わたくし、こんな立場に生まれたからか、とにかく昔から腫れ物を扱うみたいに扱われて、近寄ってくる人はみんな私利私欲に塗れていて……だからか、昔からおとぎ話みたいな恋に憧れていたんです……それで護くんの藤堂さんへの勇敢な告白を見た瞬間、甲斐性もなくトキメイてしまったんです。わたくしの探していた方はこの人だって」


「……っ」


「しかも、濡れ衣を着せられてもなお、何も言わずに耐え続けるその姿さえも素敵に見えてしまって……そんな人を、わたくしが……それこそ聖女みたいに救う物語を気づけばずっと思い浮かべてしまっていたんです」


嬉しいという感情が無いと言えば嘘になる。

でも、ストレートすぎる告白のようなその言葉に、俺は心中で頭を抱えてしまっていた。


全てが演技である以上、俺は彼女の純粋な憧れを根底から騙している事になってしまうわけで……俺はその嘘の英雄譚で彼女の心を不当に掠め取ってしまっていたことにさえなるのだ。


……俺は屑だ。最低の詐欺師だ。


そんな絶望する俺に、深月さんは深く甘いトドメを刺してくる。


「ちょっと強引ですよね?わたくし、こういう経験全然なくて……もちろん人間関係ですし、この先どうなるかなんてわからないのも理解はしています。ましてや護くんは想い人に背を向けられて傷心中の身。おこがましいのはわかってます……でも、すぐじゃなくていい……いつか、あの人に向けたその気持ちをわたくしに向けてくれたら嬉しいなって……そう思ったりしてるんです」


上目遣いで俺の様子を窺う彼女の青空のような瞳が、恥じらいに潤んでいた。

胸の奥でぎゅっと両手を握りしめるその仕草は、どんな一流の演出家でもつけられないほど完璧で、庇護欲をそそるいじらしいヒロインのそれだ。


「深月さん……」


……くそっ……何でこんなに可愛くて純粋なんだよっ……そんな目で見られたら俺は……なんでこんな最悪の出会い方をしてしまったんだろ……。


なにやらロマンチックな空気になっているが、これは客観的に見て相当に危険な状況なのだ。

だって、もし彼女の心を弄んでいたとバレれば俺の存在ごと消去されかねない。


俺は常に危険な爆弾を抱えて歩いているってこと。


また一方で、俺の心のどこかに彼女からの真っ直ぐで嬉しい言葉の数々に反応して、小さく芽生えてしまった新たな感情があるのも事実だった。


なんとチョロ……でも仕方ないじゃないか。絶対に報われないとわかっているものを追い続けるのは辛いだけなんだから……。


「はいっ、この話はここでおしまいですっ!今のは忘れてくださいね?冗談です♪」

「えっ、ちょっと?!……歩くの早いって深月さんっ!」

「うふふっ、早く行かないと遅刻しちゃいますよ?護くん」


そう言って、頬を染めなながら恥ずかしそうに歩みを早める深月さん。

その背中を俺は慌てて追った。


教室のドアをくぐると、昨日の朝とは打って変わってみんなが一斉に挨拶をしてくる。それも、深月さんだけでなく俺に対しても。


まるで触れてはいけない腫れ物を扱うような不自然に丁寧な空気に、逆に俺は顔をしかめそうになった。


これで事実上、俺への不当な嫌がらせやいじめは物理的に排除されて平穏な日常が戻ってくる事になる。この件は一件落着。とは口が裂けても言えない。


これは明らかな逆ボッチ状態だ。誰も俺に危害は加えないが、誰も俺と本当の意味で関わろうとはしない。


しかし、少し視点を変えて考えてみると……もしかしたら、こんなよそよそしい扱いを深月さんは物心ついた時からずっと受けていたのではないだろうか?

なんて考えが浮かび、心が痛む。


学園の聖女と崇められ誰もがひれ伏す財閥令嬢。

もしかして彼女も、普通の友人や、同じ目線でバカ話をしてくれる対等な人間をずっと渇望していたのかもしれない。


……彼女の為に……俺はなにか出来る事があるだろうか?


お人好しでバカな考えが疼く。

自分の席についても、隣で花が咲いたような柔らかい笑みをこちらに向けてくる深月さんは実に満足そうだ。


その美しい横顔に笑みを返した時、ブルッと俺のパンツのポケットが震えた。

手を伸ばし机の下で隠すようにスマホの画面を開くと、メッセージアプリに1件の通知。


【耀:ねぇ護。ちょっと話があるんだけど昼休みちょっと部室棟の屋上に来て】


それを見た瞬間、俺の胃の重さが倍に跳ね上がった。


……まっっっずいですよ……。


今日、図らずとも二人目の『オモイン』が明確に爆誕してしまったことに加え、掲示板のあの騒動がついに耀の耳にも入ってしまったんだろう。

俺は半ば白目になりながら、隣でウキウキしている深月さんに決して気づかれないよう、音の出ない特大の溜息を吐き出した——



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