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第18話 密会ふたたび……

迎えた昼休み。

俺はあの恐ろしく嫉妬深い幼馴染が怒りに任せて、直接クラスに乗り込んで来ないかと戦々恐々としていた。


……そんな事が起こったら本当になにもかも終わりだ。でも、ヤンデレ化したあいつならやりかねない。


そうならない為にも、四限目の終わりのチャイムが鳴ると同時に俺は深月さんに『少しお腹の調子が悪い』と決死の嘘を伝え、後から食堂で合流すると告げて耀に指定された呼び出し場所へと急いだ。


深月さんは一瞬、心配そうな顔をして俺の顔を覗き込んできたが、最終的にはあっさりと見送ってくれて……その事に俺は不覚にも安堵の息を漏らしてしまった。


耀が指定した体育館裏は、この学校に残された最後のシークレットスポットだ。

前の屋上は、あのバカップルのせいで完璧な封鎖措置が取られてしまったらしく、今は使えなくなっているらしい——


駆け足で数分、俺は学園の敷地の外れのその場所に到着した。

視線を巡らせると、体育館の裏手にあたる薄暗い死角にひっそりと佇む古い体育倉庫の前に、見慣れた艶やかな黒髪がそよいでいた。


「ひっ……耀。おまたせ……」

「……やっときた……ばか護……」


恐る恐る声を掛けた俺に対し耀はこちらを振り返ると、その顔には既にご機嫌斜めな表情が明確に浮かんでおり……清楚感ゼロな動きでズンズンとこちら詰め寄ってくると、彼女は有無を言わさず俺の腕を強く引いた。


「もうっ護っ!とりあえずこっち来て!!誰かに見つかったらヤバいからっ!」

「……おいっ!ちょ、耀っ、いきなり引っ張んなって!」

「うっさい!いいから早くここ入って!早く!」


そう言って、耀は荒々しい手つきで体育館の裏に佇む倉庫の扉を開け放ち、俺を強引に中へと引きずり込んでゆく。



    ガチャンッ!


年季の入った扉が、耀の手によって乱暴に閉められる。


わずかに差し込んでいた昼下がりの日差しは無惨にも遮断され、残されたのは積年の埃と古びた石灰、そして使い込まれたゴムの匂いが入り混じる、薄暗い閉鎖空間だけ。


そこの広さはせいぜい四畳半ほどしかなく、マットやら陸上競技用のハードルなどが無造作にうず高く積み上げられていて……実質的な稼働スペースは大人二人が少し動ける位というほどの極めて狭い環境だった。


「ふぅ……これでよし……」


……何がよし、なんだか。


一人で満足気に頷いた耀が、狭い空間でくるりとこちらを振り向いた。

俺の目に映るのは、錆びた換気口から漏れるわずかな光の筋に照らされた、彼女の完璧すぎる造形美だけ。

しかし、その美しく整った顔面には、いまだ不機嫌の二文字がべったりと貼り付けられている。


「そ・れ・でっ——」


一足飛びで逃げ場のない距離まで俺ににじり寄ってくる耀。

それから間髪入れずに地獄の尋問が始まりを告げ、低く冷たい声が鼓膜を揺らす。


「今日の朝のあれは何、護!?何しれっと百合園さんと一緒に……それもなんかヤバい車で登校してくれちゃってんの?!ウチ何も聞いてないんだが?!報告義務違反だが?!」


……報告義務、あったんだ……。

彼女の目が釣り上がり、暗闇の中でらんらんと怒りの光を放っている。


「その……言うのが遅れて悪い……」

「悪い……じゃないの!なにウチ意外のクソ雌……コホンっ……女と仲良くなってんの?!幼馴染のウチがいるにもかかわらず?!……てか送り迎えされる仲ってどういう事?!これは家族会議もんの大問題じゃん?!」


……クソ雌を言い直した所でなぁ……。

まあ彼女なりの配慮だろう。


「そっ、それはだな……俺を守るって名目で深月さんに送り迎え提案されて、断れなくて——」


必死の弁明を試みる俺の言葉は、限界突破した彼女のヤンデレヒステリーの前では一切の効力を持つはずもなく……。


「いいっ!聞きたくない!しかもあの女、ウチになんか喧嘩売ってきたし?!ウチの気も知らないでウチの護にベタベタとぉぉぉ!!絶対あの女、護の事好きじゃん!!ぶっ殺っぞマジでぇぇ!!お゛ぉ?!」


物騒極まりないハジケように、流石の俺も少し引くが……しかし、なだめる以外に手段はなく。


「おいおいおい?!耀、とりあえず落ち着けって!あと、あの女とか言うなって……一応俺を守ってくれてるんだから……深月さんなりに……な?」


「守ってくれてるのは知ってるし、ありがたい部分もあるのがわかるけどさっ!でも流石に過保護すぎじゃない!?あの人ヤンデレメンヘラ臭が凄いんだがっ?!くっせぇですわ!」


……それはそっくりそのままお前に返る言葉だぞ。

とは、流石にこの状況では命が惜しいので言えない。


「し・か・も!!護も百合園さんにベタベタ腕絡められて、あのだらしない爆乳押し付けられて鼻の下伸ばしてたじゃん!ウチが抱きついてもあんな顔しないくせに!デカけりゃなんでもいいの!?護のえっち!脳みそおっぱい!!」


……だらしない爆乳?!お口悪っ。清楚系女優の口から絶対に出ちゃいけない言葉だろそれ。てか脳みそおっぱいって……。


意味不明なクレームが、狭い倉庫の壁に反響する。

まあ、俺は耀の前では理性を総動員して『そういう顔』をしないように死に物狂いで耐えているなんて言えるはずもない。


「ひっ、耀……とりあえず落ち着いてくれって。頼むから……俺は深月さんにやましい気持ちとか持ってないし、彼女の気に障るような行動も俺は取れないのはわかるだろ?回り回ってお前が危なくなる可能性もあるし……俺はお前を守る為にも変に行動出来ないんだって……わかってくれよ耀……そもそもこの密会だって危ないんだぞ?」


俺は暴れる彼女の肩をそっと掴み、目を真っ直ぐ見つめてできるだけ優しく、諭すように言葉を紡ぐと、少しだけ彼女のトーンが落ちこんだ。


「そっ、それはそうだけどさっ……でも……羨ましいんだもん。いっつも護と一緒で……ウチだって護の幼馴染で親友なのに……」

「……それは……耀っ……」


怒りの奥底に隠されていた切実な本音。それに俺の言葉も失速する。

親友であり幼馴染なのに、一緒にいられない理不尽。

仕方ないとはわかっていても、そう弱々しく俯いて呟かれると俺の心もチクリと痛む。



俺だって本当は——いや、なんでもない。全ては耀の夢のためだ。



彼女が夢の為に芸能界に進む事を自ら決断し、それを受けてサポーターに回ると俺が決めた以上、俺達はこの関係を保つ事が何より大事なんだ。

それはお互い痛いほどわかってるはず。


それに、これだけ長く一緒にいても、実のところ俺は耀の本音が確実にはわからない。

俺が鈍感なのかもしれないが、あまりにもノリと勢いでごまかされて……急にそっぽ向かれたりもしたりで。


だから俺は、ただ謝るしか出来なかった。


「それは……ごめんな。出来る限り俺もお前に気を使うよ……だから学校では色々バレないように行動してくれ……その分、家ではその埋め合わせはするから……幼馴染の範囲内でな」

「むぅ〜……わかったけど、その言葉覚えといてよ?埋め合わせはしてもらうかんな?」

「ああ、わかったよ……覚えとく」


まるで駄々をこねる子供だ。

カメラの前では完璧な清楚系ヒロインを演じ切る彼女が、俺の前にだけ見せるこの重くて面倒くさくて愛おしい素顔。

そのギャップに、俺の理性はいつもゴリゴリと削られている。


「じゃ、仲直りしよっ……護。ウチも変に騒いじゃってごめん……ウチの為だってのはわかってるつもりなんだけどさ……」


そう言いながら、いじらしく上目遣いで耀がゆっくりと近づいてくると、俺に向かって両手を広げてみせた。


「はい……仲直りのぎゅー……」


これは俺達が喧嘩したときに昔からずっとやっている、仲直りの儀式だ。

決してやましいものではない。

だが……。


「おい……ここ学校だぞっ!?さすがに……」

「別に倉庫の中なんだから誰も来ないって。ほらっ、早くっ」

「わっ、わかったよ……」


仕方なく、俺は諦めて耀の細い身体を優しく抱きしめようとしたその時だった——



——コツ、コツ、コツ……。



急に倉庫の外から、無機質で規則正しい足音が聞こえてきたのは。


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