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第16話 Wオモイン。邂逅。

翌日——

朝まで耀の独占欲に付き合わされ、ほぼ一睡もできずに抱きつかれ続けた結果。

俺は明らかな寝不足のまま、その日学校へ向かう事となった。


まあ、朝いつものように自分の部屋へ帰るため窓を乗り越えていった国民的オモインの顔がいつも以上にホクホクと緩みきっていて、機嫌も良かったのが唯一の救いだろう。どうやら満足したらしい。


こんな時だけは、深月さんのお迎えという名のVIP待遇には感謝しかない。

そして、鉛のように重い瞼と格闘しながら迎えた2限目の休み時間。


「ふぁぁぁ……やばっ……眠っ……」


気の抜けたあくびと共に机に突っ伏していると、すぐに俺の耳元に美しい声が寄り添ってくる。


「護くん?だいぶクマが酷いですけど……ちゃんと寝れていますか?」

「それが色々あってさ……昨日はあんま寝れなくて……」

「色々……?」


深月さんがその完璧なアーチを描く眉をひそめ、至近距離から心配そうな視線を向けてくる。

その美しさに、俺の眠気は一瞬で吹き飛んだ。


……色々ってバカか俺は。言えるわけないだろ。


幼馴染に抱きつかれ、朝まで生殺しの刑に処されていたなんて。

だから俺は、必死にはぐらかすように明るく場を濁した。


「いやいやっ!別に嫌なことがあったとかじゃなくてさ、その……なんていうか、ちょっと昨日動画見すぎちゃって……ははっ」

「もうっ……ほどほどにしてくださいね?わたくし心配です!」

「そうだよね……ごめん。ありがとうね心配してくれて、深月さん」


注意しながらも深月さんはほんの少しだけ頬を膨らませ、上目遣いのジト目を俺に向けてくる。

普段の彼女からは想像もつかないいじらしい仕草は、破壊力抜群。

つい頬が緩んでしまうほど可愛い。


そして彼女は、すぐにいつもの優雅な微笑みへと切り替え、おもむろに席から立ち上がり。


「それじゃ次は移動教室ですから……いきましょ?護くん」

「あ……そうだったね——」


3限目の化学の実験の予定なので、俺たちは連れ立って教室を出て、化学室へと向かってゆく。


歩くこと数分——目的の化学室に近づいた時。

丁度、前に使用していたクラスと入れ替えのタイミングになったようで、開け放たれた扉から楽しげな声と共にぞろぞろと出てきたのは——


(めっちゃ難しかったね〜)

「確かにそうね——」


数人の女子グループの中心で、一際目を引く絶対的な清楚オーラを放つ美少女。

艶やかな黒髪が窓からの光を反射して煌めき、誰の目にも留まる完璧なプロポーションを安っぽい指定の制服で包み込んだ、我らが国民的ヒロインがそこにいた。


周囲の空気を完全に自分のものにするその存在感は、さすが第一線で活躍し始めている女優のそれ。

その取り巻きの女子の一人が、廊下の端を歩く俺たちに気づいてボソッと声をこぼす。


(あっ……あれ……耀に告った人じゃ……?)

「……あっ……」


偶然、耀の大きな瞳と俺の視線が空中で交錯した瞬間、互いに示し合わせたようにサッと目を逸らす。

その際、耀の顎が微かに下がり、小さく相槌を打ったように見えた。


そう、学校では他人のフリをするといういつもの合図だろう。


あとは互いに無視を決め込んで、ただすれ違えばそれだけでよかったはずなのに……俺の隣の聖女がそれを許さなかった。


「あら?藤堂さんじゃないですか……?」


……えっ……ちょっ……深月さん?


すれ違いざま深月さんが足を止め、鈴を転がすような、それでいて芯に氷を孕んだ声をかけたのだ。


一体彼女が何を考えているのか全く分からず、俺は胃の裏が冷えるのを感じながら彼女の隣で黙り込むしかない。

その声に反応して、耀がゆっくりと振り返る。


「えっと……あなたは……百合園さん?」


女優の演技が始まった。

それは昨夜、俺のベッドの上でみせていたものとは全く違う、カーストトップの女子の顔だ。


「あら、知っていたのですか?わたくしの事……てっきり普通の人には興味が無いものかと……それこそ以前、酷くフッた護くんみたいに……」


……ちょ……ちょい待って……待ってお願いマジで。


とぼけたように応える深月さんの言葉が落ちた瞬間、辺りの空気がビリッと小さく震えた気がした。


それは明らかに相手の神経を逆撫でする煽りを含んでいるのに、その上品な口調と高貴なオーラを纏っているせいで、さながら中世貴族の社交界で交わされる政治的な嫌味のように聞こえる。

それを受けて、完璧だった耀の仮面に微かな亀裂が走る。


「まっ……護……くん」

「ええ……まあ、藤堂さんほどモテる方なら覚えていないかもしれませんが……」


深月さんの匠な言葉に、耀の眉間が残念ながらピクッと反応してしまっている。


「おっ、覚えてるわよ。一応……興味もないし、顔も見たくないけど」

「ふふっ、そうですか……」


実際、目の前で耀の口からそんな辛辣な台詞を叩きつけられると、それが演技だと分かっていてもマジで凹んでしまう。


しかし、今の二人にはそんな事どうでもいいことみたいだ。


冷静な深月さんと、若干感情のコントロールが効かなくなりそうになっている耀。

深月さんがそれほどまでに強大な相手なのか、それとも、俺の隣に親しげに立つ見知らぬ女に対して、耀のヤンデレ気質が激しく動揺しているのか。


「まあ人間関係は難しいですし、色々ありますよね?……でも、よかったです——」


一拍置いて、聖女はふわりと微笑んだ。


まるで、すべての罪を赦す女神のような圧倒的に柔らかな笑み。

しかし、その美しい唇から紡がれた言葉の先は、慈愛などとは似ても似つかない鋭利な刃物だった。


「藤堂さんが護くんをフッてくれたおかげで、わたくしが彼の隣にいることが出来るので……あなたの目が節穴で助かりました……ふふふっ♡」


……あっ、やば……俺、失神しそう……なんだこの地獄。女子怖ぁ。


甘く、優しい笑い声。

その一言が落ちた瞬間、この空間一帯の空気が完全に凍結した。


一見すれば穏やかな女子同士の会話のようでいて、その中身は完全にバチバチ。

俺の予想通り、この二人は決して出会ってはならなかったようだ。

交われば最後、世界が崩壊する龍虎のごとき対立。


でも口を出すことは出来ない。ここで下手に俺が干渉すれば、よけい揉めるのは目に見えているから。


「……っ……ちょっとそれ……どういう意味?」

「さあ?そのままの意味ですよ?」


耀の奥歯を噛み締めたような問いかけを、サラリと躱す深月さん。

どうやら、この対決では深月さんの方が一枚上手みたいだ。


まあ、耀はその……ぶっちゃけ、演技の才能に極振りしたアホの子だし。


深く眉をひそめ、不快感を隠しきれていない耀。

そんな彼女の目の前で、話を一方的に打ち切った深月さんはクルリとこちらへ振り向き……勝ち誇った笑顔で言ってくる。


「護くん、おまたせしてすいません。行きましょ?授業が始まってしまいます」


そして彼女は、俺が恐れていた決定打をついに放ったのだ。


「ほらっ、早く行きましょ♡」

「ちょっ、深月さん?!」



    きゅ……♡



「あ゛っ……!!」


深月さんは俺の右腕に自分の腕をきつく絡め、その暴力的なおっぱいをこれ見よがしに押し付けてくると、そのままの密着状態で俺の腕を引いて化学室へと歩いてゆく。


有無を言わさず連行される俺の視界の端に、一瞬だけ飛び込んできた耀の顔は、完全に目を見開いて口を開けていた。


(ほらっ。耀、行こっ……よくわかんないけど百合園さんと揉めるのはマズいって……)

「べっ……別にそんなつもりじゃ……」


背後から取り巻きの女子が青ざめた声で耀を促すのが聞こえる。

そんな背筋の凍るような状況の中、俺は後ろを振り向く事など絶対にできなかった。


こうして二人のオモインの偶然の出会いは、最悪の形で無事失敗に終わった。


……この先を思うと今から胃が重い……というか、潰瘍になりそう。


隣で勝利の余韻に浸り、ご満悦な表情で俺の腕を抱き続ける深月さんをよそに、その数分後から俺のパンツのポケットに突っ込まれたスマホが、呪いのようにブーブーと絶え間なく震え続けていたのは内緒だ——


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