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アルタイア興亡記  作者: JAKUSUI
序章 海の帝国
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第二節 海の帝国(3)

 

 タカネが病床にある頃、ジェン・ヘ率いるアルタイア艦隊は、チェンラ王国と共同で海賊の拠点を攻略していた。

 アルタイア海軍による主砲が火を噴き、轟音とともに陸地を爆ぜさせる。これは威嚇であり陽動である。爆炎の影に隠れ、海兵隊を乗せた揚陸艦が海岸へと向かう。これを率いるのは、海兵隊司令長官本人であった。彼ほど、上陸戦や水際での戦闘に長けた将軍は、少なくともアルタイアには存在しない。

 突然の攻撃に海賊の根拠地は恐慌状態であり、こちらに気付く様子はない。物見櫓は炎に包まれ、次々と着弾する砲弾が爆発とともに土埃を立ち上げる。その様子を確認し、タンガロアは上陸を指示した。

「目的は制圧。戦闘続行能力のみ奪い、根拠地を無力化せよ」

 その命令と同時に、屈強な兵士たちが一斉に船から降り、浅瀬を走り出した。その足音は雨にかき消され、まるで灰色の世界が無音に包まれたかのようであった。

 第一隊が港を制圧、障壁を築き防衛任務に移行。第二隊、第三隊が敵居城に向かう。城壁は艦砲により崩れ、街中は雨の中ながらも土埃と炎を噴き上げている。

 海兵隊が手にするは、長柄の六角棒。相手に叩きつけ頭を揺らし、腕を折り、足を砕いて無力化していく。

「相手の抵抗を削ぐには、必ずしも殺す必要はない。相手の手足を砕くだけで、戦闘能力と、それを救護する兵力に負荷をかけられる」

 とは、代々アルタイアに伝わる戦い方であり、彼らの共通認識である。

 本来であれば戦闘効率を上げるはずのその共通認識も、此度のアルタイア軍にとっては足枷であった。可能な限り敵を生かすと言えば聞こえはいいが、その分自軍に被害が増える。殺すか殺されるかの現場で、生かして捕えるという余裕などあろうはずもない。急所を外す攻撃のみが、彼らアルタイア軍に可能な戦術であった。

「やってられるか。こちらは身体と命張ってんだ! 敵さん助けるためにこっちが死んでどうするんだ!」

 兵、下士官はそう考える者が多く、幾人かは胸の内で呟き、あるいは言葉に出す。それでもその不満を抑え込み、アルタイア海兵は任務を遂行していく。


 約十刻(十時間)にわたる戦闘の末に、アルタイア海軍は拠点を制圧。

 アルタイア側は軽傷者五十二名、重症者三十五名、死者三十七名。対する海賊側は、総勢二百七十名の内、重軽症者二百四十五名、死者二十五名。双方に死者は出たものの、流血は最小限であったと報告されている。

 捕縛された海賊は、チェンラの警邏の者に引き渡され、その裁きを受けることとなる。この戦闘の推移をアルタイアはチェンラと連名で公表、周辺海域の武装商人に対し、武装航海、海賊行為を続ける限り、両国は武力行使を辞さない、と警告した。



「そうか、最大の拠点をつぶしたか」

 ジェン・ヘの報告に、ヴァースナーはそう呟いた。

「よくやってくれた。謝礼を用意しよう。それまでゆるりと休まれよ」

 ジェン・ヘは一礼すると退室していく。

 その背を見送りながら、ヴァースナーと僧団長は顔を見合わせる。そして、協同で任に当たった将軍セーナーパティに問いかけた。

「共に戦ってみて、どの様に感じた」

「優れた将です。作戦そのものは単純ですが、巨艦の砲撃によって敵の動揺を誘うやり方は、今のアルタイア海軍だからこそ可能な事であります。ジェン提督は、相手にとっての初見の兵器による奇策は、この度一度きりしか使えぬ作戦であり、今後二度と使いたくない、と語っていました。用兵の基本に忠実であり、だからこそ厄介です」

 将軍の言葉に、ヴァースナーは頷いた。

「アルタイアだけは敵に回したくないものだな」

「彼らは名誉や体面に、さほど重きを置かぬと聞きます。帝国自体に利益があると思わせれば、敵にだけはまわらぬでしょう」

「そうであろうな」

 それにしても、とヴァースナーは思う。

 皇帝タカネの身のこなしは、まるで野に生きる虎のようであった、と。

 帯剣しているわけではないのに、その身体からは尋常ならざる気配が立ち上っていた。そのしなやかな歩みは、悠然と歩く捕食動物の歩みだ。鍛え抜かれた戦技がそうさせるのであろう。わざわざ武装せずとも、その場で相手を制圧するだろう、と、そう思わせるほどに。

 タカネは生粋の武人だ……。

 そして、統治者としての能力は恐らく後天的なものである。タカネは常に学者を身近に置き、話を聞くことを好むと伝え聞く。

 チャントレアの具申についても思いを馳せる。医の道を進みたい、という彼女の意志は親としては尊重したい。だが、人の死や病、怪我、流血に向き合う道でもある。それらを不浄のものとする宗教上の問題、そして王女という立場の者が自ら歩む道なのか、という反対意見が多いのも事実。

 けして公に出来ぬことではあったが、タカネの不豫はこちらにとって、渡りに船であった。

「王女の立場にある者が、医術でもって他国の主を救った」

 これは外交上の切り札であり、自国の反対者を説得する機会にもなり得た。国内の要職者、そしてアルタイアとも折衝を重ね、チャントレアのアルタイアへの派遣も決定した。医学留学生としての派遣、それが名目である。

 神王と呼ばれるほどのヴァースナーにとっても、この選択がどのような未来へつながるのか、それはまだ不分明であった。




 チェンラ王国を出航し、西方に進路を取ったころ、その海域は本格的な雨季に突入していた。海が荒れ、風は強まり、視界も良好とは言い難い。

 チロク・サムナク海峡より西の海は、海上交易が減少する季節であった。すれ違う船影も少なく、洋上を滑るかのように艦隊は進んでいく。

 鈍色の空の中、昼下がりにタカネは艦橋へと現れた。王宮で一度倒れた後も、欠かすことのない彼の習慣である。

「航路には現時点、異常ありません」

 航海長のその報告に、タカネは無言でうなずく。報告書とともに、寄港を予定しているカリカットまでの行程表を受け取ると、タカネは踵を返す。

 その後ろ姿を見送った後、航海長はふと言葉を漏らした。

「陛下はまだ働くおつもりか…」

 と。


 士官室の片隅にタカネは席を取ると、書類に目を通し始めた。

 その顔色はいまだ優れず、唇の色の薄さは貧血症状を想起させる。いつものように、アヌシュカが対面に腰を下ろす。

「陛下。そろそろ休まれては?」

 その声にタカネは顔を上げた。やや困惑したように、そして不思議そうに首を傾げながら。

「何故、今休む必要があるの?」

「身体に負担をかけるような執務の執り方、私は心配よ」

 その言葉に、タカネの目は伏せられる。その表情にはどこか、癒えぬ傷に耐えるかのような、悲しげな陰がたゆたっていた。

「今回の遠征の裏事情、アヌシュカは知ってる?」

 タカネのその問いかけに答える言葉を持たず、アヌシュカは彼の目を見つめ続けるのみであった。

「アルタイアにはもう、民族と呼べるものは存在しない」

「私は僧伽羅族よ」

 アヌシュカはかろうじて答えたが、タカネの発言の意図が読み切れず、動揺は声のかすれとなった。

「アヌシュカは、今後もし僧伽羅族が迫害された時、それを理由にアルタイアに反旗を翻そうと考える? アルタイアに住む人々はそのほとんどが、民族のためには戦わないと思う。そして、彼らが戦う理由があるとすれば、自分自身と、そしてアルタイアという国のためにだろう」

 タカネは窓の外を見やる。

 驟雨は、激しい雨音とともに視界を翳らした。

「アルタイアはすでに国民国家だ。今はアルタイア海軍も、金属製艦船によって優位を保っている。でもそれは、資源が国内に産出するかどうかの差でしかない。アルタイアという国の、その利益が脅かされたと考えた時アルタイアに住む国民は、状況を打開するためにどの様な選択をするのか。決断を迫られた時に、正確な情報は多い方がいい」

 アヌシュカは察してしまった。ひとたび国民国家となった以上、無計画に戦線が拡大する全面戦争に至る可能性があるということを。

 そして、この遠征はその下準備も兼ねているのだ。

「一度始まったら、誰にも止められないと思う。皇帝として今出来ることは、どの様に終わらせるか、考え準備しておくことだけだよ」

「陛下が依然おっしゃったこと……。多数を救うためになら、少数を切り捨てるのは当然だという考え、今も変わらないの?」

 震える声で問いかけるアヌシュカに対し、タカネは視線を向けると答えた。

「どうしても切り捨てなければならない時、自分はそうする」

「切り捨てられる人々の中に、陛下ご自身の御身も切り捨てる気?」

「それが必要な選択ならば。その選択で最小限の犠牲で済むのなら、いつでも」

 淡々と答え、タカネは茶をすする。何年も考え結論を出した結果なのだろう。その眼差しもその表情も、とても静かなものであった。

 しかしその淡白さの向こうに、一人で泣いている幼い少年の幻影を見た気がした。アヌシュカは思った。この淡白さは、かつて救いたかった誰かを救うための、タカネ自身の最後の心の鎧なのではないか、と。

 アヌシュカは席を立ち、踵を返した。

 タカネを止められないと判断したからである。士官室の出入り口の戸を閉める時、すでに書類に目を落としているタカネの姿が見えた。目頭が熱くなるのを感じ、息を一つ吐いた。

 身体は震えている。息が苦しかった。

 再び歩み出すまでに、アヌシュカでさえ一刻の時間を要した。茶の一服の際に見せた彼の笑顔とは、一体何だったのだろう。ころころと表情を変える年頃の少年の姿と、冷厳な為政者の姿の乖離が心を締め付ける。

「何時からなの? あなたがこの重みを背負い始めたのは……」

 心の中でタカネに問いかけた。

 本格的な嵐の海域に艦隊は突入する。艦船が揺れたはずみによろめいたが、アヌシュカは自室へと向かって歩み続ける。タカネ自身が重みを背負い歩み続けるのなら、自身に出来ることは、彼が道しるべを見失わないよう手助けをすることだけだ。インドゥア、ファルス両国の文化情報を脳裏に浮かべ、整理を始める。宰相ジャオ・シャオユから借り受けたファルス帝国関連の文献と神教十字宗、天啓宗に関連する書物。

「シャオユ、あなたには敵わないわね」

 心の中で呟いた。きっと役立つからと、趙家伝来の書物を手渡してくれたことに感謝の念がたえない。

「きっと陛下のために役立てて見せるわ。シャオユ。あなたが愛したあの人を、私はみすみす死なせない」

 アヌシュカはそう心に誓うのだった。


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