表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルタイア興亡記  作者: JAKUSUI
序章 海の帝国
5/7

第一節 建国祭(4)


 シュアンユエが国賓として離宮へと通されたのは、陽が落ち森の木々が静寂の闇に包まれた頃であった。

 けして待たされたわけではない。

 街を見て回りたい、と申し出たところ、陽の落ちる時間に離宮に来てはいかがかと、アルタイア側からの提案があったのだ。

 それにはアルタイア側の事情もあるのだろう、とシュアンユエは予想していた。

 「ジョンファ側に、是非見てもらいたいものがある」

という、表向きの理由が一つ。

 「周辺国の中で最大の勢力を持つジョンファへの配慮と牽制、それを行うにあたり、ジョンファ側の申し出は、都合が良かったのだろう」

というのが、もう一つ。


 この国との交渉は、いつも腹の中の探り合いだ。


 「痛くない腹の内を探られる」

と言い放てるほど、どちらの国も清らかではない。

 清らかなのは、傍らを過る景色そのものぐらいであろう。高原地帯らしい澄んだ空気のためか、星々が煌めく夜の空は、その深淵まで覗けそうなほどに透き通っていた。


 「この国の夜空は、気に入っていただけましたか?」

 いつの間にか側に歩み寄ってきていた宰相のシャオユが、シュアンユエにそう語りかけた。

 彼女の声色は、まるで燭台に灯した炎の揺らぎが、そのまま音となって耳に届いたかのようであった。その声を聴くだけで自然と心が休まるほど、心地よい響きを伴って。

 「ずいぶんと遠くまで見通せるのですな。星の巡りを占うにはよさそうだ」

 その言葉に、シャオユは微笑みを浮かべた。

 「そうでしょう? 実はこの場所に、観象台(天文台)を築く計画があるのですよ」

 彼女はそう答えただけであったが、何故アルタイアがこの時刻を指定したのか、理解し得た気がした。

 「暦を改めるのであれば協力する。だが、直接的な言質は取らせない。」

と、そう申し出ているのだろう、と。

 日々天文学が進歩しているとはいえ、その精度はまだまだ発展途上。農業に適した暦を制定することは、正統なる王朝の使命である。それを踏まえた上での発言なのだ。

 目の前に佇む女性は、ただ微笑んでいるだけのように見える。

 それなのに、与えるべき情報は与え、秘する情報は秘している。若さに似合わぬ老獪さであった。宰相という重責を与えられたのは、単なる実務処理能力以上のものが、確かに彼女にあったからなのだろう。シュアンユエはそう考えた。


 「ところで私の妹だが、あのじゃじゃ馬は息災か?」

 ふとそう問いかけた。

 その問いを聞いた時のシャオユは、微笑みと共に、まるで幼子を目の前にしたかのような優しげな眼差しになった。慈愛に満ちたその視線の先に、風に吹かれた桜が舞い落ちてくる。

 「閣下も驚かれることと思いますよ。今は近衛の者を束ねる将なのですから」

 その言葉とともに、今度はいたずらっぽい笑みを浮かべて囁きかけた。

 「我が国の聖上は、相も変わらず、あなた様の妹君を常に離さず、身辺に置いておいでです。あれほどの剛の者が、聖上の側に控えているのです。宰相の任を預かる身としては安心しますが、一人の女としては妬けてしまうほどですわ」

 シュアンユエは一瞬、返答に詰まった。

 いつものような軽口や皮肉を言おうとして、そしてできなかった。

 女性としての嫉妬と見せかけて、二人の仲が親密であることを匂わし、その上でこちらの出方を伺う。

 その言葉の綾は、どこからが本音でどこまでが建前なのか、いまだに不分明であった。上品な貴族令嬢かと思えば、魔性の女にも見える。

 シュアンユエとシャオユは、これが初対面というわけではなかったが、話せば話すほど沼にはまっていくかのような息苦しさを覚えた。歴戦の勇者を前に、まるで戦場で死地に立たされているかのような。

 そんなシュアンユエの様子を気に留めるでもなく、シャオユはこちらをまっすぐと見上げた。

 「主上の下へ案内しますね。そちらに閣下の妹君もおられます」

 そう言って先に歩き出したのは、シャオユの方であった。深紫の衣装がこれほど似合うものかと、そう驚くほどその後ろ姿は美しい。

 星明りのためか、灯がないとは思えないほど回廊は明るい。白亜の建物とも相まって、まるで天河(天の川)の上を歩いて渡っているかのようであった。

 それも相まって、前を行くシャオユの衣装に刺繍された、その瑞獣の紋様は、天駆ける鳳凰の如く煌びやかである。

 そうして辿り着いた先は、アルタイア湖全域を見渡せる東屋であった。

 星々の光さえ映し出すほどの水面の静けさに、思わず息を呑む。傍らから呼び掛ける声に気付かぬほどに。


 ふと我に返ると、目の前には懐かしい顔があった。妹のツァオ・アイメイ(曹愛美)である。

 彼女の纏う、その真紅を基調とした武官服は、騎乗がしやすそうな意匠であり、遊牧の国らしい機能美を備えていた。そしてその武官服は、アイメイ自身の魅力をも引き立てていた。

 「元気そうだな、アイメイ」

 「お久しぶりです、大兄」

 そう言ってアイメイは笑顔を浮かべた。

 普段は吊り目がちで、負けん気の塊のようなその眼差しも、笑うと目が糸のように細くなるところも、昔のままの妹の素顔であった。

 変わったところと言えば、表情が少し柔らかくなったところだろう。

 「アルタイアの族長を飼い馴らす、と妄言を吐いていたお前も、今は逆に飼い馴らされたと見えるな…」

 心の中でそう毒づくと同時に、今の姿に安堵したのも事実だ。

 野生の猛獣よりも性質の悪い、そのアイメイの気性の荒さを知りながら、彼女の周りには良き理解者がいる様子だったからだ。

 「時間が取れたら、そなたの自慢話でも聞かせてくれ」

 シュアンユエがアイメイにかけた、ただそれだけの言葉は、妹を思う兄としての言葉であった。




 そしてアルタイア湖畔の東屋で、ある会談が行われた。


 ジョンファ帝国(中華帝国楊氏周王朝)、アルタイア連邦帝国(阿爾泰亜連邦帝国)、イへ・モゴイド・ウルス(大墨戈威徳帝国)、この三国の大使が臨席し、ある決定が下された。

 「三帝国連合の聖断」、あるいは「アルタイア湖畔の宣言」と、後に史書に記されることとなる、この取り決めの内容は以下の二点であった。


 一つ、アルタイア湖畔を三国にまたがる聖域とする。

 皇居としての管理権はアルタイアに属するが、原則天文学研究所としての使用が優先されること。

 二つ、アルタイア海軍を主力とし、三国連合艦隊として西海遠征を行う。

 この遠征は、アルタイア、ジョンファ両国の海岸線に存在する武装商人を掃討し、かつ大陸公路西端の大国、ボアス帝国ミスラーフ朝との海上交易路の開拓を目的とすること。


 三国同盟が正式に成立した今、軍事的、経済的に覇権を独占したに等しいが、それは東洋に限った話であり、中洋に位置するボアス帝国もまた、伝統と文明を保持する強国であり、重要な交易相手国でもある。

 東洋側の戦乱によって一時的に交易が途絶えたとはいえ、和を以て結ぶ利益が無くなった訳ではない。

 アルタイアの皇帝、タカネが発言した。

 「陸路の守護は、今後ともジョンファ・モゴイドの両国にお任せしたい。我が国は艦隊を派遣します。そして、ジョンファ帝国には我が国の艦隊が、外交と補給のために入港することを、今後ともお許し願いたい」

 その言葉に対し、欽差大使(全権代理外交官)であり、枢密使(軍務大臣)であるシュアンユエは答えた。

 「和平外交のためならば、アルタイアに対し必ず協力するように、と我が国の聖上は仰せだ。寄港に関しては、必ず果たされるよう、小官も尽力しよう」

 モゴイドの大使、大将軍オコデイもまた言葉を発する。

 「大陸公路と、草原の路に関しては、我が国の騎兵隊も役に立つだろう。鉄器(武具)と工兵をお貸しくださるのなら、より力になれるでしょうな」

 タカネは力強くうなずいた。

 「互いに利害があった方がよいでしょう。この盟約が一日でも永く続くよう、力を尽くしましょう」

 この条約書には、三国連名の調印が成された。

 この条約書はアルタイアの内閣書記官長、ユー・ウェンイの手で起草され、今もその書は三国の公文書館に保管されている。この条約書は、ユー・ウェンイ起草の様々な書類の中でも特に名文とされ、また、書法史に残る能書としても知られることとなる。

 公用暦1184年4月末日。アルタイア建国と同日の出来事である。



 そして、この会談より一月の後。

 建国帝タカネは海軍司令長官であるジェン・ヘに対し、公式に西海遠征を命じた。彼が率いるのは、海軍四艦隊、交易船団八艦隊である。艦船総数は五百に届こうかというほどの規模であった。

 そして、「黒地に朱鷲」の軍旗が海上に翻る。


 アルタイア帝国暦元年、公用暦1184年の6月1日。アルタイア連邦帝国による、大航海時代の幕開けであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ