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アルタイア興亡記  作者: JAKUSUI
序章 海の帝国
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第一節 建国祭(3)


 建国の儀式を終え、群臣が宴へと向かうその頃。


 かねてより、国策の最終目標であった豪勢な食事が人々に振る舞われる。他国では一家五人が七日かけてようやく食べ切るほどの食事量が、一人あたりの一食分としてあてがわれるのだ。

 畑で採れた穀物や野菜、森で採れた山菜や獣肉。草原で育まれた家畜の肉と乳製品。海で集められた新鮮な魚介や海藻類。国の外から訪れた者は皆、その食べ物の豊かさに目を見張った。

 親を亡くした子供でさえ、右手に肥え太った牛の腿肉を、左手にどんぶり一杯の海鮮丼を、それぞれ食べながら闊歩している。

 食べ物にありつけなかった幼子を見れば、周りの年嵩の子どもたちが、率先して食事を取り分けて差し出すほどだ。

 笑顔が絶えず、痩せこけた者など誰一人いない。五歳児であっても、周辺国の十歳児より体格が豊かなほどだ。

 動き働くためだけの食べ物だけでなく、珍味や甘味も取りそろえられ、身分の別なく調理師の腕を讃えながら、人々は懸命に食べる。

 「子どもたちは、食べてけ、食べてけ。子ども達は、食べて大きくなるのが仕事だぞ!」

 屋台の主のその間延びした声に、子供たちがはしゃぎながら駆け寄り、止まることなく平らげていく。

 魚介と海藻を用いた麺料理、鹿肉と葡萄酒を用いた肉料理、牛肉や豚肉をふんだんに用いた炒め物、冬季に雪の下で寝かせた甘い野菜の煮込み料理、山菜と野の獣肉を炊き込んだ米料理…。

 食材の豊かさが、料理の味の表現を広げたのであろう。

 積み上げられた食材の山も、短時間の間に何度底をついたことか。

 貴族階級と思われる子弟が庶民向けの屋台を覗くこともあれば、逆に庶民階級と思われる子供たちが高級料理を食べに行くこともある。

 「商人が密かに取りそろえた海外の珍味」だとか、「貴族の姫君が体型を崩すほど、偏愛して食べ続けた甘味」だとか、並ぶ店一つ一つに、数えきれないほどの歴史や物語があるのだった。


 「ずいぶんと豪勢な食事が振る舞われるのだな」

 隣国ジョンファ帝国周王朝より盟友国であるアルタイアに、欽差大使(勅命による全権代理外交官)として訪れていたツァオ・シュアンユエ(曹玄燁)は、近侍の者にそう語りかけた。

 「これでも、いつもより質素だそうですよ」

 近侍の者の説明によれば、この国では一日五食以上食べることは当たり前。

 子どもには特に、一日五食を推奨しており、町の周辺で飢えた子どもを見かけながら、食を与えなかった者には鞭打ちの刑が処される、とか、子どもを集めて五食六食、充分に食を与えた者には税の減免を与えるとか。

 何よりも、飢えた子どもが出ないように、子持ちの親には率先して仕事を斡旋することが、この国での最大の美徳であるという。

 だが、建国の儀式が行われているのは、高原地帯にある神聖なる湖畔。

 しかも宗教的理由ではなく、食料生産地からの輸送が技術的に解決不可能なため、運ばれてきた食材は極めて量が少ないのだという。そのため、饗宴でありながら、振る舞われる食事は、普段、民の食するものより質素だというのだ。

 「それだけではなく、敵が攻めてきたら、民衆は真っ先に降伏しろ、と命令を徹底しているそうです」

 この時代の平均的な成人の食事量三日分を、子どもでさえ、一日一食ごとに消費するのだという。

 その食事量を、占領軍が一週間、一か月間と確保するのだとしたら…。

 近侍の武官は、上官に囁きかけた。

 「補給線が崩壊しますね」

 聞けば、産業尚書に就任した趙小雪という名の女性が、その計画の発案者だという。

 そして建国帝はただ一言。

 「みんながお腹いっぱい食べられる国は、確かに幸せだね」

 かくして「一日五食政策」が実行に移されたのだ。


 「ずいぶんと奇抜な方法で、この地を難攻不落な要塞に仕立て上げたものだな」

 ツァオ・シュアンユエも苦笑いするしかなかった。

 奇をてらってはいるが、これ以上ない国防政策であることは疑いようがないのだ。

 少なくとも、アルタイア政府は一切の損をしない。

 食料供給により、治安は安定し、治安維持に割かれる労力と財政が抑えられる。民は身体が丈夫になり、よって生産力が上がる。

 他国が占領しようとしても、アルタイアと同じ水準の食糧供給は土台不可能であり、結局アルタイアただ一つに民心が集まる。

 さらに、幼少期の充分な栄養補給や適切な睡眠量の確保が、子どもの長期的知的水準の向上にまで効果をもたらす事は、この時代の医学水準でもすでに証明されている事でもあった。

 そんな子どもたちが、もう一つの国策である十二年義務教育制度により、育てられるのだとしたら…。

 「閣下。この国だけは敵に回してはいけませんぞ」

 「分かっておる」

 農業に携わる民一人一人も、一民間人ながら屈強な体つきをしており、齢五十を過ぎた者でさえ、若者に負けぬ重労働を難なくこなす、この国を見てしまったのなら。

 「あの皇帝と初めて会った時は、扱いやすい小童だと思っていたのだがな」

 そのようなボヤキを呟きながら、シュアンユエは歩みを進める。

 「冷徹な合理主義者なのか、思考回路がお花畑なのか、どちらかなら、扱いやすいのだが…」

 その言葉に、近侍の者はやや困惑した表情を浮かべながら、上司たる軍司令官に物申した。

 「アルタイアの聖上は、聡明な方だとお見受けしましたが…」

 「聡明であることは否定しようがない。だが、人の善性を信じすぎる。君主として、あれだけは頂けない」

 「その分、アルタイアに仕える閣下の妹君は幸せではありませんか」

 「あのじゃじゃ馬を幸福で肥えさせて、何になるというのだ」


 近侍の者は、後にこう語ったという。

 「欽差大使閣下は、妹君を心配する余り、兄馬鹿になってしまわれたのだろう。だが、妹君の主君としてのアルタイア皇帝に対し、その実力と、その性格を冷静に分析なさるのは、さすが “乱世の奸雄、治世の能臣” であろう」

と。


 沈みゆく陽射しの下、二人は離宮へと歩んでいくのだった。



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