終章(2)
サリュ殿下が皇太子を辞退? いったいどうしてそんなことを言いだしたのだ。せっかく陛下に認められて、やっと正当な扱いを受けることが出来るというのに。
私はいてもたってもいられなくて教室を飛び出した。登校したサリュ殿下を捕まえるためだ。でも、サリュ殿下は時間になっても来なかった。
門の前で呆然と立っている私に、先生が教室に戻れと促してくる。
「まだサリュ殿下が来ていないので、ここで待ちます」
私のかたくなな姿に、先生はため息をこぼした。
「サリュ殿下はしばらく学園にはいらっしゃらない。そう連絡が来ている」
つまり、待っていても無駄、というわけか。
「分かりました。私、早退いたします!」
先生に言い放つと、そのまま城へ向かって走り出した。
迎えの馬車は時間にならないと来ないから。ならば走るしかない。
殿下達は防犯の観点から学園へ馬車で来ることが多いが、城から歩きでも一時間もあればつく距離だ。つまり、走ればもっと早く着く。
私は汗だくになって城の正門にたどり着く。
「突然、申し訳、ありません。はぁはぁ、ちょっと息を整えるので、はぁ、お待ちを」
門番はさすがに私の顔は覚えているので追い返されることはなく、逆に走って現われたことに驚いていた。
何とか話せる程度に落ち着くと、背筋を伸ばして取り次ぎを願い出た。
「ユスティーナ・デュナンがサリュ殿下に会いたがっているとお伝えください」
婚約破棄されたとはいえ公爵家の令嬢だ。門のところに立たせておくわけにも行かないと思ったのか、城内の客間に通された。
まずは城の中に入れた。あとは、サリュ殿下とすんなり会えるかどうかだ。
「ユスティーナ様。お待たせして申し訳ありませんが、サリュ殿下は多忙で時間が取れないとのことでございます」
今まで見たことのない使用人だった。私が会うのはシベリウス殿下付きか王妃様付きの使用人ばかりだったから。ということは、きっと彼女はサリュ殿下付きなのだろう。
「あなたは、サリュ殿下のもとで働いているの?」
「はい、ティルダと申しますが……なにか?」
何故そんなことを聞くのだとばかりの、素っ気ない態度。間違いない。ティルダはサリュ殿下が幼い頃から着いている使用人に違いない。仕事は仕事と割り切る人が自分付きなのだとサリュ殿下が言っていたのを覚えている。
敵だらけのサリュ殿下にとって、味方じゃないかもしれないけれど敵でもないと信じられる存在って、心の拠り所になっていたのではないだろうか。
「感謝します。あなたがサリュ殿下付きでよかった」
私は思わずティルダの手を取って、頭を下げた。
「はい? お、お待ちください。急に何をなさるのです。意味が分かりません」
今まで機械的だった話し方が急に慌てだした。
「サリュ殿下をこれからもよろしくお願いします。それで、サリュ殿下はどんな予定で忙しいのです? 私は今日、学校を早退しましたので時間はたっぷりありますの。予定が終わるまでお待ちしますわ」
にっこりと微笑めば、彼女はあからさまに嫌そうな顔をして手を引いた。
「はぁ、ユスティーナ様は相変わらずですね。あなた様は城内の使用人達の中でも変わった方だと持ちきりなんですから」
城内の使用人達って、かなり人数いるんですけど。そんなに沢山の人に変わり者だと思われてるの? ちょっとショックだ。
「精一杯、シベリウス殿下の婚約者にふさわしくあろうと頑張ってはいたのですが……未熟でなんだか申し訳ないです」
「いや、そう言う意味ではないです。物怖じせずに発言して王妃様を呆れさせていたので、いつもユスティーナ様が城にいらっしゃると皆楽しみにしていたのですよ」
「それは喜んで良いのでしょうか……」
「もちろんです。ただし、本日サリュ殿下とお会いになるのは無理です」
上げたと思ったら下げてくるじゃない。さすが、仕事は仕事と割り切っているだけはある。
「サリュ殿下が会いたくないとおっしゃっているんですね」
「私の口からはなんとも。私はただ結論を申し上げるだけです」
「では、強行突破をするのみです!」
私は慌てるティルダを置き去りに、客間を飛び出した。
我が屋敷とまでは行かないが、何度も城には来ているのだ。だいたいの見取り図は頭に入っている。片っ端から探し回ればいつかは捕まえられるはず。
「ユスティーナ様、本日は天気がよろしいです!」
私の背中に向かってティルダが叫んできた。急に何故天気のことを……と考えて、廊下の窓から外を見た。
遠くに薔薇の花が咲く生け垣が見える。そうか、そういうことか。
「ありがとう。ちょっと散歩してくるわ!」
「そうですね、良い散歩を」
ティルダは苦笑いを浮かべていたが、最後は丁寧に一礼をしてくれた。
その礼に押し出されるように、私は駆け出す。
懐かしい。ちょうど同じ季節だった。
薔薇の花が咲いていて、見とれて私は勝手に歩き回り一人きりになっていた。でも、そのときは不安よりも綺麗な薔薇に心奪われていたんだ。
そして、一人で悲しみを抱えているサリュ殿下に会った。
探さなくちゃ。
また一人で抱え込んでしまう。
早くたどり着いて、笑い飛ばしてあげなくちゃ。
深刻に考えちゃダメだよって。
「……いた」
私は足を止める。
生け垣の前で、サリュ殿下が座り込んでいた。
私の来た気配に気付き、サリュ殿下がゆっくりと顔を上げる。
驚きに綺麗な紫の目が開かれた。
「ユスティーナ?」
独り言のような、小さな声。
でも私を呼んでくれた。
「はい。ユスティーナです。サリュ殿下はこんなところでどうしたのです? お腹でも痛いのですか?」
あの頃と同じように、私はしゃがんで目を合わせる。
「っ、別に、腹は痛くない」
「さようですか」
「お前こそ、勝手に城内を歩くな。怒られるぞ」
「大丈夫です。サリュ殿下に面会を願ったのですが、忙しいと断られまして。なら待っている間に散歩に行きますとちゃんと伝えてきましたから。まさか散歩中にそのサリュ殿下にお会いできるとは思いませんでしたが」
「……一人前に嫌味を言うな」
さわさわと風が吹く。薔薇の花がゆれて、香りが漂ってくる。
「サリュ殿下、どうして皇太子を辞退したいのですか?」
サリュ殿下は一瞬驚いた様に顔を上げたが、すぐにふいっとそっぽを向いてしまった。
「……ふさわしくないからだ」
「ムハンド王国との戦争を未然に防げたのは、サリュ殿下のおかげですよ。その様な功績があって、ふさわしくないなどと誰も思いません」
「他の誰がなど関係ない。俺がふさわしくないと思っているから辞退するんだ」
サリュ殿下は苦しそうに眉間にしわを寄せている。
何故、まだそんなに苦しそうにするのだ。やっと、ムハンド王国からの理不尽な脅しから解放されたというのに。
「私は納得出来ません。それに、もうシベリウス殿下が臣籍にくだることは決定したのです。サリュ殿下が国を導かずに誰が導くのですか」
「弟たちがいるだろ」
「サリュ殿下を兄だとも思わない行動を昔から繰り返しているあの方達ですか?」
「そうだよ。あいつらにはちゃんと後ろ盾があるし、どちらがなったとしても支えてくれるだろ」
弟王子達も、その後ろ盾の貴族達も、いがみ合っている噂しか聞かないというのに。
「私には後継を争って内乱が起きる気がしてなりません」
「……まぁ、確かに、それは俺も思うけど」
「ご自分も思っているんじゃないですか。それでもなお、皇太子を辞退したいって何故です?」
「……言いたくない」
サリュ殿下は私から視線を逸らしてしまった。
だけど、言いたくない。きっと、私に言いたくないのだ。私に言いたくないということは――――
「今のことではなく、ループでの過去を悔いているのですね」
「……分かっているなら、もうそれ以上は口をつぐめ」
「嫌です」
「何でだよ。悔やむに決まってるだろ。俺はお前を何度も死なせた。好きな唯一の人でさえ守れない俺が、国など守れるわけがない。俺は罪人なんだよ、罪人が王になどなっちゃいけないんだ」
そこには肩をふるわせて絶望を抱える少年がいた。
可哀想で、愛おしくて、抱きしめたくてたまらない。
私だって、すべてが割り切れるわけじゃない。
記憶にあるのだから、完全になかったことに出来るわけでもない。
でも、そうだとしても、彼が悔やんでいることは、今、目の前にいる彼の行動ではないのだ。
もう過去の時間の中に埋もれて消え失せたのだ。
「今のサリュ殿下は、私を少しも傷つけていません」
「違う。俺はユスティーナを傷つけてばかりだ」
かたくなだ。
私が傷付いてないって言ってるのに、どうして聞き入れてくれないのだ。
ちょっと、腹が立ってきた。
「どうあっても、ループした時の過去を無かったこと出来ないと?」
「当たり前だろう」
サリュ殿下が過去三回の記憶をすべて抱えて生きるというのなら、私にも考えがある。
「では、私も今までの過去をすべて踏まえて、サリュ殿下に言いたいことがあります」
サリュ殿下の肩がピクッと揺れた。
「……それでいい。どんな恨みごとでも言ってくれて構わない。俺は受け止める」
サリュ殿下は覚悟を決めたように、逃げていた視線を私に戻した。
「私はサリュ殿下からの婚約の申し出、お受けしたいと思います」
「……はぁ?!」
サリュ殿下の大声が響く。
薔薇の絡まったアーチから小鳥がバサバサと数羽飛び立った。
そんなに驚かなくたって良いではないか。そもそも婚約しようと言ってきたのはサリュ殿下の方なのに。二回目の時間軸だけど。
「先ほど申し上げましたよね。すべての過去を含めて言いたいことがあると。サリュ殿下は過去に私に婚約して欲しいと仰ってくれました。言われたときは、まだサリュ殿下のことを良く知らなかったので断ってしまいましたが、決して嫌だから断ったのではありません。むしろあのときも嬉しかったのですよ」
私は一呼吸おいて続ける。
「でも今の私はサリュ殿下をあのときよりもたくさん知っています。そして、とても優しくて、愛しい人だなって思えるんです。これは今だけの時間軸では育たなかった想いです。私はすべての過去を含めてサリュ殿下のお側にいたいと思っています。ですから、今、改めてお返事いたします。婚約の申し出、有難くお受けしますと」
ふわっと優しい衝撃が私の体を包んだ。
ふふっ、と思わず声がこぼれてしまう。
サリュ殿下が号泣しながら私に抱きついて来たのだ。まるで幼い子供のように。
「ユスティーナ、俺なんかでいいのか?」
「サリュ殿下が良いのです」
「お前って、本当に変な奴だ。でも本当にいいんだな。もう離さないぞ。離れたら殺すかも」
「重っ! 殺さないでくださいよ」
「お前が離れなければいいだけだろ」
「はい、そうですね。一生、お側にいさせてください」
――――ユスティーナ、ありがとう。ずっと愛してる。
耳元でささやかれた言葉。くすぐったくて、胸がじんわりと温かくなる。
私も、ずっと愛してますよ。
だから、殺さずに愛してくださいね。
(了)
完結いたしました。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。
もし二人の今後も気になるなって思ってくださったら、
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(追記)
『死にたくないので婚約破棄を所望します 四度目の人生、ヤンデレ王子に偏愛されてしまいました』と改題のうえ、シェリーLoveノベルズ様より電子書籍として配信されます。
5月8日からピッコマ様より先行配信中です!
https://piccoma.com/web/product/161655?etype=episode
書籍化にあたり、より読みやすく楽しんでいただけるように改稿もしましたので、他の作品からここに飛んで来てくださった未読の方だけでなく、読んでいただいた方にも満足していただけると思います。
唯奈先生に素敵なカバーを描いていただきました。
ユスティーナの困り顔がキュートで、サリュ殿下のちょっと意地悪そうな笑みが最高なんです。
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