四度目の正直(1)
目が覚めてから怪我の有無を念のため確認していると、侍女のニーナが起こしにやってきた。今日の日付を聞くとやはり王立魔法学園の入学式の日だった。
三回も死んでしまったのかと思うと、何というかある意味感慨深いものはある。そして、こうしてまだ生きているのだから私ってしぶといとも思う。だが、さすがにもう殺されたくない。今度こそ人生を全うして死にたいのだ。
「ということで、私は死んでループしてきたの。今四回目ね」
入学式後にイリーナを人のいない教室へ引っ張っていき、これまでのことをざっくりと説明する。前回、初っ端からループしていることを信じてくれたから、もうあれこれ足掻く前にイリーナに話そうと思ったのだ。
「へ、へぇ。何か雑な説明……でも、これだけ話慣れていると言うことは、四度目というのも嘘じゃなさそうだし、そもそもこんな悪趣味な冗談はユスティーナは言わないものね」
イリーナはしばし考え込んだあと、信じるよと言ってくれた。
「ありがとう、イリーナ。それでね、どうやったら生き延びられるか考えているんだけど」
「やっぱりサリュ殿下でしょ。彼をどうにかしないと、多分また殺されるんじゃないかな」
「どうにかか……サリュ殿下が殺してくるのって、三回とも私が殿下を受け入れないからなのよね」
「ならサリュ殿下の気持ちを受けれてあげればいいじゃない」
それはそうなのだが……。
三回目の最後もそう思ったけれど、出来なかったのだ。だって、サリュ殿下はもの凄い熱量で私のことを想ってくれている。それに対して、殺されたくないという理由で応えていいのかなって疑問に思ったのだ。
「気持ちが釣り合っていないのに、受け入れるのは、余計に傷つけるんじゃないかなって」
「ユスティーナ……、殺してくる相手を傷つけたくないなんて、あなた優しすぎるし、一周回ってもうバカよ」
「そうなのかな」
「そうなんです。それに、もともと私達貴族って政略結婚がほとんどでしょ。気持ちなんてあってもなくても結婚する定めなんだから、命を優先して何が悪いのって私は思うけど?」
イリーナの言い分はもっともだ。私だってシベリウス殿下との婚約はそういうものだって割り切っていたし。
でも、サリュ殿下のことはなんだか割り切れないのだ。どうしてそう思ってしまうのかは分からないけれど。ただ、私を殺そうとしたけどためらっていたあのサリュ殿下の泣き顔が、頭から離れないのだ。苦しそうで、悔しそうで、絶望にまみれたあの顔が。
「サリュ殿下が無邪気に笑う顔、私見たことがあるんだ」
あの表情を知らなければ、ここまで私は葛藤しなかったのかもしれない。でも、見てしまったから。
年相応に無邪気で、ちょっと意地悪で、口も悪くて、でも本当は優しいところのあるサリュ殿下を知っている。あれが全部演技だったなんて思えない。少なくとも、あの瞬間は彼の素顔だったんじゃないかって思うのだ。
「ユスティーナ、絆されてるの?」
絆されているのだろうか? 殺されているのに?
「分からない。サリュ殿下が分からなさすぎて、どう自分の気持ちを持っていけば良いのか、全然分からないんだと思う」
イリーナが苦笑いしながら、私をそっと抱きしめてきた。その温かさに、生きてるんだなって実感する。
「そっか、じゃあ知ろう。情報がなければ判断できないもの。近寄っても遠ざけても今のところ殺されているわけだし、敵を知らなければ手の打ちようもないから」
イリーナの言葉にじんわりとやさぐれかかっていた心が満たされていく。
そうだ、生きているんだ。まだやれることはある。
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今回もシベリウス殿下との婚約は破棄したい。というか、二回目三回目のシベリウス殿下の様子を見て幻滅しているのだ。政略だとしてももう結婚などしたくない。
おそらく放っておいてもシベリウス殿下とエリサ様は急接近するだろう。今までのことを考えればサリュ殿下が動くだろうから。そしたらさっさと裏門のもみの木の噂を流して、現場に乗り込み婚約破棄をすればいい。だから、特に私が婚約破棄に力をそそぐ必要はないと判断した。
私はサリュ殿下を知るために積極的に話しかけることにした。幸いにも同じクラスなのだ。どうとでも会話のきっかけは作れる。
「おはようございます、サリュ殿下」
「……おはよう」
「今日は気持ちの良い天気ですね」
「……あぁ」
最初は警戒しているのか、言葉数も少なく、おまけに睨まれた。あ、でも目つきが悪いのを気にしていたから、睨んでいるのではなくただ見ていただけかもしれないけれど。だとしたら申し訳ない。こちらが内心びびっているので睨んでいるかのように感じてしまった。
でも諦めずに挨拶とちょっとばかりの世間話を付け加えていたら、ついにサリュ殿下の様子が変わった。
「今日はそのまま城にお帰りですか? よろしければ門までご一緒しましょう」
私が帰りがけのサリュ殿下を追いかけて、校内の廊下で声をかける。すると、ピタリと足を止めたのだ。
「ちょっとこっち来い」
小さな声で言ったかと思うと、空き教室に連れ込まれてしまった。
誰もいない教室内で二人きり。沈黙が重くのしかかり、いささか息苦しい。
「あんたさ、何考えてんの?」
「なにって……せっかくクラスメイトになったのですから、仲良くしたいだけですけれど」
「俺にすり寄ったって、何も良いことないぞ。俺は要らない人間だからな。俺の婚約者ですら俺を疎んでいる。あんたも気付いてるんだろ、最近兄上とエリサがこそこそ会っているのを」
「まぁ、知っていますけど。でも、それをいうならこうして私達が空き教室に二人きりというのもよろしくないのでは?」
「これはいいんだよ。文句言うために連れてきたんだから」
ふふっと笑いそうになってしまった。
自分たちは良いんだ、ちょっと子供の屁理屈みたいで可愛い。
「じゃあどうぞ」
「えっ?」
「文句を言いたいのでしょう? 聞きますから仰ってください」
私がじっと見つめると、途端にふてくされたように口をへの字に曲げた。
「俺に関心を持つやつなんて今までいなかったのに、何考えてるんだって思うし。おちょくられているようで何かムカつくんだよ」
「私はサリュ殿下に関心ありますけど。今まであまりお話出来なかったので、クラスメイトになったのは良い機会だと捉えておりました。このままシベリウス殿下と結婚したら家族になるのですし、サリュ殿下がどんな方なのか知りたいと思うのは変なことでしょうか」
まぁシベリウス殿下と結婚なんて絶対したくないけど。
「変だ!」
両肩を掴まれたかと思った瞬間、バンっと壁に体を押しつけられた。
地味に痛い。
「そうやって取り繕って、何か魂胆があるんだろ。俺に近寄るメリットなんて何もないハズだ。誰にとっても俺は必要のない人間だ、ただ半分だけ父上の血が流れているから仕方なく生き延びていられるだけ。むしろ、この血のせいで俺は一人だ」
怒らせたかと思った。でも、うつむくサリュ殿下の表情をそっとのぞき込み確信する。
「サリュ殿下、怖いのですね」
ビクッとサリュ殿下が反応した。
「違う」
「なら、どうしてそんな泣きそうな顔をしてるんです?」
そう、サリュ殿下は眉がさがり今にも泣きそうな表情をしていた。
「うるさい。あんたの行動が不可解だから困惑しているだけだ」
「なるほど。私もサリュ殿下の考えていることが分からなくて困惑していたので、おそろいですね」
私が笑顔で言い返すと、サリュ殿下は毒気を抜かれたようにポカンと口を開けて固まった。
「……あんたは昔と変わらないな。あのときも、バカみたいに笑ってた」
「あのとき?」
私が聞き返すも、サリュ殿下はなにも答えてくれない。でも、壁に押しつけていた手をどかし、一歩下がった。
「乱暴なことをして悪かった。俺は帰る、あんたも早く帰れ」
そう言い残し、サリュ殿下は教室を出て行った。
残された私は後ろ姿を見つめながら考えていた。
『あのとき』とはいつのことだろうか。でも、おそらく『あのとき』のことがきっかけでサリュ殿下は私のことを好きになったのだろうと思った。




