三回目の人生(5)
「よ、お疲れさま」
従兄弟のアルマンが声をかけてきた。彼も使節団が来ている間は護衛のヘルプで城に来ているのだ。
「剣なんか持っちゃって、使えるの?」
「一通り剣術は習ったけど、まぁあんまり得意とは言えないな」
ひょいと肩をすくめて、アルマンは苦笑いを浮かべている。
「ユスティーナはもう今日は帰るのか?」
「えぇ、歓迎パーティーも終わったし、後は片付けだけだから帰って良いって言われたの」
「そっか。じゃあ城門まで送るわ。一応護衛任務中だから仕事しないとな」
「そんなこと言って、サボりたいだけでしょ」
軽口を言い合いながらも、私とアルマンと回廊を進む。この回廊は門から城までを繋ぐもので、片側は切り立った崖になっている。そのため、障害物がないので綺麗に星空が眺められる絶景スポットだ。
「あ……シベリウス殿下とエリサ様だわ」
遠目に二人の姿を見つけた。回廊の柱にもたれながら、二人で手を繋いで星空を見上げている。
「まじか。王妃様が探し回っていたらしいのに、こんなとこにいるとか。あとで絶対報告してやろ。ネチネチ嫌味言われればいいんだよ」
王妃様が探し回っていたのは私のせいだろうが……やっぱり二人で抜け出していたのだ。結ばれるはずがなかったのに結ばれて、かなり浮かれているらしい。仲が良いのは喜ばしいが、やるべきことはやってくれと頭が痛くなる。
仮にも第一王子とその婚約者が使節団をもてなす場をサボるとは何ごとだ。たぶん、仮にアルマンが報告しなくても、あの様子では他の誰かから陛下や王妃様に告げ口されるだろう。
「シベリウス殿下って、あんなにダメ人間だったかしら? 最近がっかりするような行動ばかり目につくのよねぇ」
「たぶん女性で身を滅ぼすタイプだな。ユスティーナにしとけば賢王と呼ばれたかもしれないのに。ありゃ将来が不安だね」
私が妃になったところで賢王と呼ばれるようになるだろうか?
私にはとてもそんな力はないのだがと考えるも、もしかして賢者の石が完成すれば、賢者の石を手に入れた王として名を馳せることが出来るってことだろうか。
私はそっと首から提げた石を撫でる。すると、何故か石が温かくなってきた。いったいどういうことだろうか。
「ね、アルマン。あなたの石って、温かくなったりすることある?」
「体温で暖かくなるんじゃなくて、発熱するってことか? だとしたらないな」
「そうよね。あのね、私、今びっくりしているんだけど……」
「まさか、発熱してるのか? もしかして完成間近なんじゃ。ちょっと見せてみろよ」
アルマンがぎょっとした様子で、私に詰め寄ってきた。
賢者の石は育てるのに何代もかけているため、完成の場に立ち会えることなど奇跡に近い。アルマンが興奮気味に急かすのがその証拠だ。
「ちょっと待ってね」
私は首から提げた石を引き出そうとする。だがブラウスに引っかかって出てこないので首元のボタンを外そうとするも、焦ってしまってなかなか外せない。
「もどかしい奴だな。俺が外す……のは、ちょっとやばいから、ほら落ち着け」
自分の方が落ち着けと言いたいぐらいアルマンは上下に手を動かしている。
「あ、外れたわアルマ――――」
アルマンと呼びかけようと顔を上げた瞬間、アルマンが吹っ飛んでいった。回廊の柱に思い切りぶつかり、床に倒れこんでいる。
そしてアルマンを殴り飛ばしたのは、サリュ殿下だった。走ってきたのか息が荒い。
「何が……起こっているの」
怒りの形相を隠すこともなく、サリュ殿下はアルマンを睨み付けている。
「お前、こいつに何をしようとした。その格好からすると護衛なのだろう。護衛のくせにこいつを襲うとは何事だ!」
サリュ殿下の叫びに、今までの自分たちを客観的に改めて考えてみる。
私はボタンが外れないから焦っていたし困った表情をしていた。そして、アルマンはそんな私の前で早くしろよと迫っていた。
第三者からすると、アルマンに迫られて困っている私、という風に見えたらしい。
「ち、ちがうんです」
私が否定するも、サリュ殿下にはまともに聞こえていないのか、アルマンの方へと歩き出してしまう。
私は慌ててサリュ殿下の前へと回り込み、両手を広げて通せんぼをした。すると、サリュ殿下はピタッと止まったかと思うと、ぷるぷると震えだす。
え、なんで震えてるの?
「ボタンが……外れてる……許せない、俺以外の奴に肌を見せるなんて」
怒りのあまり震えてるの?
もしや闇落ちしてる?
ブラウスのボタンが一個外れているだけだよ。デコルテの出たドレスを着てた時の方がよっぽど肌見えてたよ。それでも許せないって基準が分からないよ!
怖くて私の方が震えてくる。
二回目の、豹変したサリュ殿下と重なって見えた。
闇落ちしたサリュ殿下は何をするか分からない。襲ったと誤解されているアルマンは下手をしたら殺されてしまうかも。
「アルマン、逃げて!」
アルマンがうめきながらも顔を上げた。でも、殴られた衝撃が強すぎてすぐには動けないようだ。
「っ、何でだ、俺を選べよ!」
サリュ殿下が泣きそうな表情で叫ぶ。
その言葉は、二回目の最後をなぞるのに申し分ない言葉だった。
サリュ殿下はこの三回目の世界線でも、いつの間にか私のことを好いていたみたいだ。こんなまがまがしい怒りをまき散らす程に。
「なぁ、ユスティーナ。あんたはもう兄上のものじゃないだろ」
「え、えぇ。婚約は破棄しましたから」
「なら俺を選べよ。俺なら何とか守ってやれる」
守るって? 前回殺してきたくせに?
前々回だってサリュ殿下に殺されたようなものだし。どの口が言ってるんだという怒りが、恐怖の間からじわりとわき出てくる。
「あの! こんな時になんですが、サリュ殿下は私のことを好き……という認識で良いのでしょうか」
そもそも闇落ちも結構だが、私の記憶にはサリュ殿下の気持ちをちゃんと聞いたことすらない。想いも告げずに何で俺を選ばないんだと怒り狂われても、正直困る。
サリュ殿下がぴたりと動きを止めた。
「……そうだ。ずっと、ずっとずっと好きだ、いや愛している。『あのとき』から俺はお前だけがほしかった。なのにずっとお前は愚鈍な兄上のものだった。やっと兄上から切り離せたのにこんなことになるなんて」
サリュ殿下はじりじりと私の方へと寄ってくる。
私はサリュ殿下が近寄ってきた分、後ろへと下がった。すると、腰のあたりに回廊の手すりが当たる。こちら側は崖なので落下防止のために手すりが設置されているのだ。
追い詰められてこれより下がれない。どうしよう、なんとか逃げられないかと崖の方や倒れているアルマンの方に視線を走らせる。
「俺を選べ、でないと殺すしかなくなる!」
サリュ殿下の叫びに、ハッと私は顔を上げた。
彼は泣いていた。
流れ落ちる涙を拭うこともなく、濡れた目で私をじっと射貫いている。
その迫力に圧され、息すらも止まる。
殺すと脅されて、私はサリュ殿下を選ぶのか?
混乱する思考のなか疑問に思った。
助かるのなら自分の気持ちなど売れば良いはずなのに、それは嫌だと心が叫ぶ。
「脅されて選びたくない!」
私は思わず告げていた。
「……そうか、こうまで言っても選ばないと。なら、もう仕方ない」
サリュ殿下は静かに懐から短剣を取り出した。
「殿下、まさか……」
私は震える足で逃げ出すが、すぐに手首をつかまれ、引き戻される。そして、サリュ殿下は刃を私の首筋に向けてきた。
「他の奴の手にかかるくらいなら、俺が殺す」
サリュ殿下の手に力がこもる。掴まれた手首が痛い。首筋に向かっていた短刀が力を込めすぎたのか震えている。ちょっとでも動いたら鋭利な刃で私の首は切れてしまうかと思うと、怖くて動けない。
「……どうして……お前なんだよ」
サリュ殿下がうめくように言う。
サリュ殿下に手首はつかまれたまま。だけど、短刀が私の首を切ることもないまま膠着している。殺すつもりだけど踏ん切りがつかないのかもしれない。だったら逃げられるかもしれない。
そう思った私は、右足を上げて思い切りサリュ殿下の腹を蹴った。その甲斐あって短刀が首元から離れていく――――と思ったのだが、思い切り蹴った反動のせいで私の体は手すりを乗り越えてしまう。
「うそ!」
待って待って待って!
ぐらりと頭が崖側に傾いていくのを止められない。人間って頭が一番重いからね、とか言ってる場合じゃなくて、とにかく落ちるのを止めようと手すりに手を伸ばす。だけど無情にも、スカっとつかみ損ねてしまう。
「ユスティーナ――――」
サリュ殿下の声を聞きながら、私は崖を落ちていった。
あぁ、また死ぬのか。
なんで生きられないのだろう。こんなに必死に生きようとしているのに。
地面に叩きつけられたら痛いだろうな。嫌だなぁ……
「はっ!」
私はびくっと全身を振動させて目覚めた。
あまりにビクついたので、ベッドがぽよぽよと上下に動いている。
「ま、まさか、また戻った……?」
恐る恐る見渡すと、やはりそこは慣れ親しんだ自室だった。




