三回目の人生(4)
使節団がやってきた。私にとっては三回目のもてなしだ。今回は表立って使節団の人々と交流する必要はないから気が楽だけれど。
そう思って、空いた食器の引き下げなどを城仕えのメイドに指示していると、少し言い争うような声が聞こえた。なんだろうと顔を向けると、そこには王妃様と使節団の女性がいる。確か団長の妹だったはずだ。
心配になって近寄ってみると、会話が聞こえてきた。
「アナタ、失礼じゃないデスカ?」
「事実を言ったまでです。占いで方針を決めるなど、大昔のようではありませんか」
「我が国が遅れテイルと言いたいカ?」
「えぇ、そう思いますわ。今は情報を精査し、どのように進むべきか理知的に判断すべきです。信仰は尊いものですが、それによって道を誤るのは愚か者のすること」
「我らはチャント考えている! 情報もアツメテいるし、愚かな判断はシナイ。進む道にコマッタときに占いにタヨル。神の意志をキク、それの何がワルい!」
あぁ、王妃様の悪い癖が出てしまっている。
ただでさえ王妃様は異国嫌いなのだ。おそらく会話のなかで不意ににじみ出てしまった悪意を、使節団の人が感じ取ってしまったのだろう。そこからきっと険悪になり、お互いにヒートアップしてしまったのではないだろうか。
私はどうすべきかとあたりを見渡した。王妃様を止めるのに適任な陛下は、少し離れた場所で宰相とともに団長と何やら語り合っている。王妃達の険悪な雰囲気に気付かないほど真剣な様子に、私などが割り込めるはずもない。まだシベリウス殿下の婚約者であったならば、もう少し強気に出られたかもしれないが。
ではシベリウス殿下はどこだと見渡すが、姿が見えない。エリサ様の姿も見えないけれど……もしかしてばっくれてイチャイチャしてる? まさか、さすがにそこまでクズではないだろう。ただ、今は姿が見えないので王妃様を止めてもらうのは無理だ。
あ、サリュ殿下を発見。彼も王妃達の様子に気付いたようで、眉間にしわを寄せている。
でもなぁ、立場が微妙すぎてサリュ殿下が止めさせるのは酷だろう。どちらの肩を持っても角が立ってしまうから。
仕方ない。今は王家とは縁もゆかりもないけれど、少し前までは義理の娘になったかもしれないのだ。王妃様の暴走を私で止められるかは分からないが、これ以上、友好国との仲を険悪にするのはよろしくない。
「お話中、失礼いたします」
私は精一杯の笑みを貼り付けて、王妃様達のところへ割り込んだ。
「ユスティーナ、どうしたのかしら」
じろりと王妃様が睨み付けてくるけど、王妃様の睨みなど慣れたものだ。気にせずに話しかける。
「シベリウス殿下が先ほど王妃様を探しておられましたよ。何か用事があるのではと思い、お声がけした次第です。歓談を遮る形になり申し訳ありません」
とりあえず王妃様にこの場を去ってもらいたくて、適当に話をねつ造した。ちなみに、もしシベリウス殿下がイチャイチャしていたら、これで王妃様に見つかって怒られればいいとか思ってない。うん、ちょっとくらいしか思ってないよ。
「そう、では私はシベリウスのところへ行くから、ここはあなたに任せるわ」
王妃様は扇をパチンと閉じると、私の肩を軽く叩いて去って行った。
私はふう、と息をつきながら王妃様の背中を見送る。
「アナタはどなた?」
面倒な王妃様は追い払ったけれど、まだ怒っているだろう使節団の女性は残っている。何とか機嫌を取らねば。
「私はデュナン公爵の娘でユスティーナと申します」
「デュナン……オウ、まさかアノ娘か?」
使節団の彼女は私のことを知っているのか、目を丸くして驚いている。何故そんな反応をされているのか分からなくてちょっと怖い。
もしやシベリウス殿下と婚約破棄した情報でも持っているのだろうか。確かに先ほども王妃様との言い争いで『情報は集めている』と言っていたし。だとすれば、驚くのも頷ける。なんで婚約破棄された令嬢がここにいるんだってことだろう。
「あの先ほどは――――」
王妃様のことをフォローしようと口を開いたときだった。
「お前、何している!」
腕を後ろに引かれたたらを踏む。誰だと見上げると、腕を掴んでいるのはサリュ殿下ではないか!
え、何している! はこちらの台詞だ。何でここに来た? しかも、今回の世界線では私とほぼ接点なかったのに。
「いいから、お前は去れ。俺が上手くやっとくから」
妙に焦った様子でサリュ殿下に背中を押された。
「ですが、王妃様の失礼を」
「それも俺がなだめておくから」
あっちに行けとばかりに手を振られ、私はしぶしぶ離れることにした。
少し歩いてから振り返ると、サリュ殿下と使節団の女性は真顔で何かを話している。ヒートアップしている様子はないから、任せても大丈夫なようだ。
しかし……と私は考える。
そんなに私は頼りないと思われているのだろうか。少なくとも王妃様よりは上手く使節団の人と接する自信はあったのに。でも、今回は大事な使節団の不興をこれ以上かってはならないと遠ざけられたのだろう。ちょっと傷付くなぁと、ため息をこぼす。
二回目のときは、サリュ殿下は私のことを結構信頼してくれているように感じていた。まぁ最後に斬り殺してきたことを思えば、演じてただけかもしれないけれど。
だけど今回は接点がないから信頼などないのだろう。サリュ殿下に好かれては困るから接点はなくて良いはずなのに、なんだかもやもやしてしまう。
あれ?
そもそも、手に入らないならば殺してしまえと思ってしまうほどに、いつサリュ殿下は私のことを好きになったのだろう。
二回目ならば、交流があったからまだ分かる。でも一回目は? ほぼ三回目の今回と同程度の接点しかないはずなのに。
近寄らなければ好かれない、殺されないと思っていた。けれど、もしかしてそれは間違っているのだろうか。だとすれば、サリュ殿下は今すでに私のことが好きなの?
心臓が大きな音を立てた。ドクドクとこれでもかと踊り出している。
恐怖で冷や汗がにじみ出てくる。だけど、そのなかにほんのちょっとだけ違う感情が混じっている気がした。
でも私は首を振って、その感情を吹き飛ばす。今の私には不要の感情だと思うから。




