三回目の人生(2)
三回目の人生は、サリュ殿下対策だけでなく、シベリウス殿下との婚約破棄対策も進めている。案の定、シベリウス殿下とエリサ様は廃校舎で会うようになっていたので、これ幸いと噂作戦を発動したのだ。
前回はキスをしなかったので、今回は少々表現を変えて『裏門近くのもみの木の下で愛を告げると永遠に結ばれる』と噂を流すと、今回も大いに流行った。やはりこういう定番の噂は思春期の心にぐっと刺さるのだろう。
そして、今、シベリウス殿下とエリサ様はもみの木の下に来た。
二回目の時に早朝を狙って二人がやってきたから、それを踏まえて私はここ数日早起きをして見張っていたのだ。
「やはり、二人は運命の恋人なのかもね。今回はサリュ殿下がそそのかしたかは不明だけれど、三回目でもこうして恋に落ちるんだもの」
二人で肩を寄せ合って古いベンチに座っている様子を、私は物陰から見つめているのだが、ちょっと羨ましいなと思ってしまった。
シベリウス殿下に未練があるからじゃない。ああやって想いを丁寧に積み重ねて、お互いを大事に思い合っているのが、だ。そういう相手に巡り会えたということが羨ましいなって思ってしまったのだ。
私は未だにそんな相手に出会えていない。そのことが少し寂しかった。
二回目の時は、こうして二人の浮気の証拠を掴もうと奮闘していたとき、隣にサリュ殿下がいたなと、ふと思った。あのときは、なんだかんだ寂しいなんて気持ちはわかなかった。
「サリュ殿下って、本当はどんな人なんだろ」
ぽつりと疑問がこぼれる。
私を二回も死に追いやった人物で、ものすごく私に執着していて、怖い人だと思う。だけど、一緒に行動していたときは、無邪気に笑みを見せたり、ちょっと意地悪だけど実は優しかったり、そんな人だった。
「いやいや、今は闇落ち王子のことより、婚約破棄よ」
私は気合いをいれるように、自ら頬を両手でパシンと挟む。
「よし、行こう。今度はちゃんと自分でシベリウス殿下に直談判よ」
私は緊張に震えながらも、二人に向かって歩き出す。
「ごきげんよう。シベリウス殿下にエリサ様」
声まで震え気味なのが情けないが、私の登場に驚愕している二人はそれどころではないようだ。ぴったりと寄り添って座っていた二人の距離が、一瞬のうちに二人分くらい間が空いた。しらじらしくも二人とも明後日の方を向いている。
「ど、どうしたんだい、ユスティーナ」
私以上にシベリウス殿下の声は震えていた。
あぁ、なんだか威厳もへったくれもない。浮気男の焦る姿というのはこんなにも幻滅するものなのか。
「噂を聞きつけてやってまいりました。このもみの木の下で愛を語らうと永遠に結ばれるそうなので。永遠に結ばれるカップルを見物に来たのです。まさかシベリウス殿下達がいるとは思いませんでした」
本当は二人を待っていたんだけどね。
「そ、そんな噂は知らなかった……な、エリサ殿」
「え、えぇ。たまたまここへきただけで、えっと、そのような噂があったなんて初耳ですわ」
どうやらしらを切り通すらしい。でも、そんなことさせるつもりはない。
「そうなのですか。お認めにならないのなら、二人の関係はこれまでですね。知ってますか? この噂には続きがあって、ここで愛を偽ったら、逆に永遠に結ばれることはなく破局一直線らしいですよ。もし二人が先ほどまで愛を語り合っていたのに、それを今なかったことにしようとするならば、それは愛を偽ったと同義。二人はもう絶対に結ばれることはないのですね」
私は大げさな身振りとともに哀愁漂う口調で告げた。
すると、効果てきめん。エリサ様の顔色が真っ青だ。手も震えていて、今にも泣き出しそう。
でも、なんか心が痛む。弱いものいじめをしている気分。いや、悪いのは浮気している彼らなのだが、可憐な少女を怯えさせるって、責める方も精神的にダメージを負う。
「私はあなた方を断罪しに来たわけではないのです。二人の気持ちを確かめに来たのです」
「気持ち……だと?」
シベリウス殿下が警戒心もあらわに、聞き返してくる。
「はい。私はシベリウス殿下に対して恋愛感情は持っておりません。ですから、お二人がもし本気だとおっしゃるのなら応援いたします」
「応援って、いったいどうやって。僕と君は婚約しているんだぞ」
「ですから、この婚約は破棄いたしましょう」
「し、しかし、我らだけでそんな重要なことは決められない。これは国の行く末を考えた上での婚約であって――――」
「そんな御託はいいのです!」
私はイライラしてシベリウス殿下の言葉を途中で遮った。
だって、シベリウス殿下はエリサ様の状態をまったく見ていないのだから。確かに王子としての責任があるのは分かる。だが、それ以前に好きな女性のことをもっと大切にしてよ。エリサ様、動揺して今にも倒れそうだよ。だって、ここで気持ちを偽るってことは、今以上に結ばれる可能性を潰しているってことになるのだから。噂を信じていればの話だけれど。
「シベリウス殿下は、エリサ様のことを好いていらっしゃいますか?」
「そ、それは、もちろん。弟の婚約者として、将来の妹になるわけだし」
「この場所で、そんな適当な言葉を仰って良いのですか? エリサ様には義理の妹としての親愛しか持ち合わせていないと?」
私の追求に、シベリウス殿下は言葉に詰まってしまったようだ。すると、今まで黙っていたエリサ様がシベリウス殿下の前に歩み出た。
「シベリウス殿下、言ってください。さっきのように、私にお気持ちを聞かせてください。私は……私は、あなたのことが好きです!」
エリサ様、シベリウス殿下よりもよっぽど潔いわ。
エリサ様の目からは涙がこらえきれずに流れている。こんな必死なエリサ様を見て、答えなかったら軽蔑してやる!とシベリウス殿下を睨む。すると、観念したようにシベリウス殿下は穏やかな表情を浮かべた。
「エリサを泣かせるなんて、僕はなんてバカなんだ。すまない。僕もエリサのことが好きだ、いや心から愛している。弟の横で心細そうにしている君のことが、ずっと気になっていた。そして、こうやって話す機会を得て、君の優しい人柄にますます惹かれた。僕はずっと君と一緒にいたい」
「シベリウス殿下!」
ひしっ、と抱き合う二人。
見事なハッピーエンドを目の前で見せられて思わず感動しそうになってしまった。いやいや、私は感動している場合じゃないし立場でもない。
「ごほん。では、お二人は本気で思い合っているということでよろしいですね」
私が声をかけると、二人は照れくさそうにこちらを見た。
「あぁ、僕たちは本気だ。すまない、ユスティーナ」
「いえ、私と殿下の婚約はただの政略的なものですから。早いうちに破棄すれば、影響も少ないですしね」
「ユスティーナ様、あの、本当にごめんなさい。いけないことだと頭では分かっていても、気持ちを止められなくて」
「いいんです。サリュ殿下って何考えてるか分からなくて怖いですもんね」
「そ、そうなの。サリュ殿下のことをシベリウス殿下に相談しているうちに……その……心惹かれてしまって」
エリサ様がもじもじしている。うん、美少女が照れているのは可愛らしい。でもそれ以上に、やっぱりエリサ様はサリュ殿下の不可解な部分に気付いていたからこそ、あんなに怯えた様子だったのだ。
「シベリウス殿下。では私との婚約は破棄するということでよろしいでしょうか」
「あぁ。父上に申し出るよ。もちろん悪いのは僕だ。すべての叱責は僕が引き受ける」
「そうしていただけると有難いです。あとは、エリサ様の方ですね。サリュ殿下は婚約を破棄してくれるでしょうか」
二回目のサリュ殿下の様子からすると、エリサ様に対する恋愛感情はないと思う。けれど、私が手に入らないのならば殺してしまえと考えるような人物だ。何か考えがあって婚約破棄はしないとか言いだしかねない。
そのとき、パキっと小枝が折れるような音がした。誰かいるのかと音のした方を見ると、なんと渦中の人物がいるではないか!
「俺も、婚約破棄で構わない」
サリュ殿下が笑みをうかべて立っていた。




