浮気の証拠(6)
使節団来訪から数日後、私はある決意をもってサリュ殿下に会いに城へ来ていた。
「ユスティーナ、話って?」
天気が良いので、中庭に面したテラスにテーブルを用意してもらって、二人で座っている。
「婚約のお話です。ずっとどうお返事しようか考えていました」
「答えは出たのか?」
「はい」
サリュ殿下は背筋を伸ばして座り直した。
「じゃあ、聞こう」
私も気合いを入れるために、背筋を伸ばす。
「こんな私に婚約を申し出ていただき、ありがとうございました。正直驚きましたが、嬉しかったのも事実です」
「そうか、なら受けてくれるのか」
サリュ殿下が身を乗り出した。
「申し訳ありません。私はサリュ殿下と婚約はいたしません」
サリュ殿下は「どうして……」とつぶやいたまま固まっている。
今回の使節団来訪の件で、私はいろんな刺激をもらった。
私はムハンド王国の人達と実際に接したのは初めてだったが、かなり文化様式が違うようなので驚いた。一番驚愕したのは占いでいろんなことを決めることだ。国の方針さえも占いが重要なファクターになると聞き、法治国家なルシール王国で育った私には斬新すぎて色々前のめりで質問してしまった。途中から使節団の人の笑みが引きつっていたような気もする。気のせいであって欲しいけれど。
あとは服装も布を器用に巻き付けた不思議なものだったし、男性も装飾品を腕や首、足首や耳などにジャラジャラとつけているのが印象的だった。
サリュ殿下の母はこの国で生まれ育ったのだ。そう思うと、もっと知りたいなって思った。
私はずっと狭い世界で生きてきた。この国の王妃となるべく教育を受けていたため知識に大きな偏りがある。王妃教育に不要と判断された情報は入ってこず、この国の中ですら知らないこと、行ったことのない場所がたくさんあるのだ。そして、世界はもっと広い。使節団をもてなしたことで、そのことに気づけた。
せっかく二度目の人生を歩んでいるのだ。もう辺境に飛ばされて魔物に殺されることもないのなら、広い世界をこの目で見てみたい。そう思うきっかけになった。
「だから、私はあなたの婚約者にはなれません。あなたを側でしっかりと支えてくれる令嬢こそがふさわしいと思うから」
私は二度目の人生だということ以外、隠すことなく自分の考えを伝えた。サリュ殿下ならきっと分かってくれると思ったから。
シベリウス殿下の前では、私はいつも一生懸命に取り繕っていた。でも、サリュ殿下の前では自然体でいられた。とても楽で、息がしやすかった。
だからこそ、彼には私の正直な気持ちを伝えたかったのだ。
それが、どんな結末をもたらすかも知らずに――――
「なんで……俺を選ばないんだよ」
突然、サリュ殿下の雰囲気が変わった。
「えっ?」
思わず私は手が震えてしまい、触れていたカップをガチャンと倒してしまう。
「何のためにあいつらをそそのかしたと思ってるんだせっかく婚約破棄させたのにこれじゃ意味がないあいつらをただ幸せにしただけなんて反吐が出る」
息継ぎもせずにサリュ殿下はしゃべり続ける。
でも待ってくれ。
今、そそのかしたって言った。
そそのかしたって何だ?
あいつらって、シベリウス殿下とエリサ様のこと?
「こんなに手回ししたのにユスティーナは手に入らないとかもう終わりだ手に入らないくらいだったらもういっそのこと……」
サリュ殿下がゆらりと立ち上がった。
嫌な予感がする。
私は震える足を叱咤して立ち上がる。
「も、もしや、シベリウス殿下達をそそのかしたのはサリュ殿下なのですか?」
「そうだよ。でも後押ししたのは最初だけ。お互いを選んだのはあいつらだ」
サリュ殿下がテーブルをゆっくりと回り込んでくる。
口元には笑みを浮かべているのに、目はまったく笑ってなどいない。
むしろ憎しみすら感じる眼差しに射貫かれ、背中にぞっと悪寒が走った。
捕まったら終わりだ。そう頭の中で警鐘が鳴り響いている。
動け、私の足!
だけど、必死に叱咤するも金縛りになったみたいに動けない。
「なんで……こんなことを?」
震える声を絞り出す。
「なんでかって? お前がそれを言うのか! 俺は――――ユスティーナ、こっちへ来い」
サリュ殿下の視線が急に焦り出したかのように揺れ出した。そして、私の腕を掴んできたと思った瞬間、椅子に立てかけてあった剣を逆の手で取った。剣を何に使うつもりなのだ。まさか……。
前の死の間際に味わった、魔物が迫り来る恐怖が蘇る。
これは生が終わりを迎える恐怖だ。
やり直したとしても結末は同じになるように世界は動くのか?
もしそうなら、私が今までしてきたことは何だったの?
どうあがいてもサリュ殿下に殺されてしまうの?
せっかく、自分の新しい人生を考え始めたばかりなのに?
「やだ、まだ死にたくない!」
最後の力を振り絞って、サリュ殿下に掴まれた腕を振り払う。
そして、そのまま私は駆け出した。
サリュ殿下に背中を向けて。
「頼む、許してくれ!」
サリュ殿下の叫び声が聞こえた瞬間、背中が燃えるように熱くなる。剣で切られたのだ。立っていられなくて地面に倒れ込む。
「ユスティーナ、ごめん。こんなことになるなんて。俺が、俺がもっと上手くやっていれば」
耳元でサリュ殿下の声が聞こえる。
ごめんって言われても……。また死ぬのか、私。せっかく二回目の世界だったのに、上手く生きられなかった。
もう体の感覚がない。
痛みを感じないのはある意味よかった……かも……。
「あぁ血が止まらない。ユスティーナ、目を開けてくれ。俺を見てくれよ」
自分で切りつけておいて『俺を見てくれ』だと?
闇が深すぎる。
やっぱりサリュ殿下は一筋縄じゃいかない人だったんだ。
きっと、気を許した私が浅はかだったんだ。
今更気付いたところでもう遅いけど。
でも、どうして私は今回も彼に殺されるのだろう――――
「もしかして、私のことそんなに好きなの?!」
まさかの答えにたどり着いた瞬間、私は大きな声で叫んでいた。
「え、普通に声が出る。体も痛くない」
恐る恐るあたりを見渡すと、そこはサリュ殿下と会っていた城内ではなかった。
「ま、まさか…………また戻った?!」
そう、私は自室のベッドにいたのだった。




