第31話 俺、えらいことやっちゃいましたな。
俺にぶつかった瞬間、馬車は大破した。
俺は宙に投げ出された御者をジャンプして受け止めた。
うーん、まさかそのままぶつかってくるとは。
これ、あれかな?
「弁償しろ!」
とか言われる?
困ったな、ただ馬車に乗せてもらいたかっただけなのだが。
まあ、新しく持ってきた黄金を使えば弁償はできるだろうけども、魔王様に「無駄遣いするな」って言われてるしなぁ。
とりあえず御者を地面に下ろしながら言い訳を考える。
「前をよく見ろ。俺でなければ死んでたぞ?」
御者は言葉を失ったまま、俺を見ている。
うーん、もう少し何か言った方がいいか。
誰でも通じそうな理屈で、優しく笑顔で言ってみるか。
「死ぬのは誰だって嫌だ、そうだろう? それとも、お前、死にたいか? それなら望み通りにしてやるが⋯⋯」
御者は突然意志を回復したように、首をぶんぶんと横に振った。
そうだよな、誰だって死ぬのはイヤだよな。
うまいこと言えたな。
「じゃあ、俺が言いたい事はわかるな?」
そう。
事故はお互い様。
そして幸いにも、俺は生きている。
だから弁償とか無しの方向で、それが平和的解決だよね?
ってことだ。
御者は俺の言葉に激しく頷くと、俺に背を向けて街道を走り始めた。
理解して貰えたようだ。
まあ、この馬車はもう走れないだろうから、修理できる奴を手配しに行ったのだろう。
その様子を俺が眺めていると⋯⋯。
「う、うーん⋯⋯」
馬車の瓦礫から、声がした。
あ。
そりゃそうだ、馬車だもんな、人が乗ってるよな。
普段なら人の気配は見逃さないが⋯⋯、弁償しなきゃならなくなったらヤダの気持ちが強くて気がつかなかったな。
俺は変形して開かなくなった馬車のドアを強引に引っこ抜き、中の人物を救出した。
結構高そうな服を来たオッサンだ。
事故のショックなのか気絶している。
⋯⋯まてよ。
この馬車は、コイツが持ち主なのでは?
となると、弁償するかどうかの交渉は、コイツとする必要があるのでは?
うーん。
とりあえず頬を軽く叩き目覚めさせる。
軽くね。
こんなもんかな?
ペシッと。
「ふごらっ!?」
オッサンは、首を横に九十度をちょっと超えそうな程度曲げ、奇声を上げた。
コキッって聞こえたけど。
大丈夫かな?
「な、何をするんだ⋯⋯イタタタタ⋯⋯」
首を押さえながらオッサンが目を覚ます。
「起きたか」
と俺が声をかけると⋯⋯。
しばらく焦点が合わないような顔をしていたオッサンの目が見開かれ、言った。
「まっ、まお、まお⋯⋯」
ん?
コイツ俺を知っているのか?
事故のショックだろう、ちゃんと「魔王直属軍、魔将軍ウォーケン」とは呼べないみたいだが。
問題は、なぜこの男が俺を知っているか、という事だ。
だが、もちろんそんなの俺にはすぐにわかる。
マズいことになった。
──コイツ、魔王様の知り合いだ。
魔王様が軍船やらの情報を知っていたのは、たぶんコイツに聞いたのだろう。
二年前、オラシオンは言っていた。
魔族と仲良くしようとしてる⋯⋯確か「融和派」なる奴らがいる、と。
そう、コイツはおそらく着ている服などから想像するに、その融和派でもかなり偉い立場なのだろう。
となると。
俺、えらいことやっちゃいましたな。
やべー。
魔王様に怒られる。
とりあえず挨拶しておこう。
俺は他の魔族にそこまで同族意識とかはないが、魔王様に恥はかかせられんからな。
とりあえず、予想が当たっているのかどうか確認するためにカマをかけてみる。
ここで大事なのは、やっぱり笑顔。
俺は焦ることなく、笑顔を浮かべながら男に聞いた。
「俺の同胞が⋯⋯随分とお前の世話になったようだなぁ?」
「ひっ!」
やっぱりそうか。
予想通りだ。
この「ひっ!」って返事、やっぱりこの地域の方言なんだろうな。
魔王城で聞いたことないし。
「お前なら、俺が何のためにここに来たのか⋯⋯知ってるよな?」
「ひぃ! ひぃいいいっ!?」
知ってる知ってる!
って感じか。
そう、俺は魔王様の命令で勇者探しに来た。
事故は偶然。
だからここは許してくれ。
と言おうとしたら⋯⋯。
俺に返事をしたあと、オッサンは再び気を失った。
どうやら、事故のショックが抜けないようだ。
無理やり起こすのは良くないな。
うーん。
本来なら放置して立ち去るところだが⋯⋯。
魔王様の知り合いなら、そうもいかないな。
俺はオッサンを担ぎ上げ、移動する事にした。




