第30話 マーランの焦燥
羊飼いからの陳情があった二年前。
教団が密かに謀っていた、奴隷の武装蜂起計画は頓挫した。
計画の邪魔をする組織の存在によって。
その組織は、金に糸目を付けず、奴隷を高額で買い集めた。
そのせいで奴隷の過剰在庫は次々と解消され、奴隷たちの不満は募ることなく、王国各地へと分散していった。
最初、マーランはその報告を聞き、首を傾げた。
どうやらその集団は、奴隷を高値で買ったあと、今度は安値で再販売しているという。
「金をドブに捨てるような行為だ⋯⋯何の為に?」
だが。
しばらくして状況は大きく変化した。
まず、奴らの行為により、奴隷価格の暴落が起きた。
当初こそ、奴隷は高値で売買されたため、マーランの元にもそれなりの税収があった。
しかし、本来なら奴隷の不満を溜め、武装蜂起させることによって魔族への恐怖を煽り、彼らを弾圧する大義とするのが第一目的。
そして、万が一武装蜂起が起こらなくても、船にいる過剰な魔族を間引き、奴隷の流通量を調整し、それによって価格を調整するという二段構えの策、そのどちらも破綻し始めていたのだ。
現状、奴隷は二束三文で販売される。
しかも、そのほとんどは半魔や魔族。
長い寿命を持つ彼らは、数世代に渡り運用が可能なため、その需要のほとんどは新規購入、買い替えの需要は低いのだ。
つまり、本来数が少ないからこそ価値が高く、高値で売買される魔族を、バライア村から大量に連れてくる、それ自体が今思えば悪手だったのだ。
奴隷売買はその相場が急速に下落、思ったように税収は入らなくなった。
「融和派の仕業だとしても⋯⋯その資金はどこから捻出したんだ!」
息をかけてあった最大手案内所も、何者かの仕業によって⋯⋯いや、間違いなくオラシオンだろう。
度重なる放火や、幹部の暗殺により、すでに組織としての体をなしていない。
武装蜂起のどさくさに紛れて亡き者にしようと準備していたが、それも上手くいかず、むしろオラシオンを派遣したのは裏目に出ている。
金の卵を産む鶏だったはずの奴隷市場に、今は別の飼い主が現れつつある。
「そうか⋯⋯奴らの狙いは!」
奴隷市場が産む、莫大な利益。
そして、文字通りの人的資材。
最初に行われた奴隷の高値買いは、その二つを何者かが握る為の先行投資。
「一体誰だ⋯⋯そんな大胆な策を⋯⋯」
そこで、マーランは思い至った。
あの羊飼いの陳情に。
『まるで魔王のようだった』
魔王。
そんなの、本気にしていなかった。
せいぜい高位の魔族だろうと思っていた。
そして、一度考え始めると、マーランの思考はどんどんと悪い方向に進んだ。
もし、魔王の狙いが、この国を攻める橋頭堡を確保するために、奴隷市場の掌握を狙ったものだったとしたら⋯⋯。
その最後の仕上げは⋯⋯マーランの排除。
そうとしか考えられない。
「魔王が、私を、殺しに来る⋯⋯?」
コンコン。
「ひいっ!」
最悪の考えに至ったタイミングでドアをノックされ、過剰に反応してしまう。
叫び声に驚いた秘書は、驚いて許可も得ずに入室してきた。
「ど、どうされました!?」
秘書に答えず、しばらく机の下に隠れていたマーランだったが⋯⋯やがて下から抜け出した。
「何でもない⋯⋯ちょっと机の下にペンを落としただけだ。探している時に頭を打ってな」
「そ、そうですか」
「で、何のようだ?」
部下に弱気な態度は見せられない。
冷静さを装い、ペンで秘書を差しながら用件を問いただす。
「それが⋯⋯また、羊飼いから陳情がありまして⋯⋯あのドラゴンと男が、再び領内に現れたようです!」
カタン。
その言葉に、手から自然と力が抜け、ペンが机へと落下した。
しばらくして、我を取り戻し秘書に命令する。
「馬車を⋯⋯今すぐ馬車を用意しろぉ!」
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いやー、二年ぶりのリューガス大陸だな!
この二年間は大変だった。
短期間で黄金を使い果たした俺に、魔王様は
「お主は、金のありがたみを覚えた方が良い」
そう言って、魔王様直轄の金鉱山で、俺が使った黄金と同等の量が採掘できるまで働かされていたのだ。
いやー黄金ってなかなか集めるの大変なんだな。
まあ、結構サボってたせいかもしれんが。
リューガスについてすぐ、草原で前回の羊飼いのおっさんと再会した。
おっさん泣いて喜んでたな。
そんなに関わりないのに、再会をあんなに喜んでくれるなんて、ちょっと感動したぜ。
また羊くれたし⋯⋯。
今回はちゃんと
「俺は悪い魔族ではないぞ?」
って笑顔で言っておいた。
この辺の方言なのかな?
オッサンは
「ひっ!」
って返事したあと、メチャクチャ頷いてくれた。
やっぱり、誠意って大事だな。
さて、二年ぶりだがアイツら元気かな。
ケーキを食うついでだし、様子を見に行くか。
急ぐ旅でもなし。
俺は奴隷市場のあるアレンポートまで、街道をのんびり歩いていた。
街道は人影はまばらで、ごく稀に人とすれ違う程度。
商人が多い。
おそらく港町として、物流の中継点を担うアレンポートへ物資を搬出入しているのだろう。
そんな想像を巡らしながらのひとり旅。
当然、すぐに飽きた。
「誰かの馬車にでも乗せてもらおうかな⋯⋯乗ったことないし」
よし、次に通りかかった馬車に交渉して乗せてもらおう。
そんな事を考えていると⋯⋯。
まだ姿は見えないが、一台の馬車が街道を走る音が俺の耳に聞こえてきた。
蹄の音がこれまでよりも多い⋯⋯おそらく二頭立ての馬車なのだろう。
行商人の馬車や荷車はたいてい馬一頭の一頭立てなので、この馬車の持ち主はそれなりの立場の人間なのかもしれない。
そんな事を考えていると、馬車の姿が見えた。
結構なスピードで走っている。
俺は馬車の前を軽く塞ぐように立ち⋯⋯
「おーい!」
と制止するように手を振った。
にもかかわらず。
馬車はスピードを緩めることなく、俺に迫ってきた。
ふっ。
俺は道など譲らん。
そのまま立ち続ける。
御者の慌てる声が聞こえて来た。
「どけ、どけ、どけぇー!」
いやだ!
馬車に乗ってみたいから、どかん!
そしてそのまま、馬車は俺にブチ当たった。




