第24話 三人の誓い(ロクサーヌ視点)
立ち去るウォーケンの旦那、その背を見送りながら、魔族の戦士、マウンがぼそりと呟いた。
「しかし少しだけ⋯⋯がっかりだな」
「ん?」
「いや⋯⋯ウォーケン様は、奴隷になった同胞たちを解放してくれるのではないか、そんな期待をした⋯⋯何かしらのお考えがあるのだとは思うが⋯⋯」
それは、ロクサーヌも少し感じていた。
ウォーケンの旦那は、奴隷が不当に扱われる事に怒っていた。
同胞意識が強いのだろう。
それゆえ、なぜ「奴隷として安く売りさばけ」などと言うのだろうか、そこがわからなかった。
そんな二人の疑問に、オラシオンは答えをくれた。
「きっと⋯⋯全部自分でやるのは良くない、と思っているのさ、あの方は」
「うん? どういうことだ?」
オラシオンの言葉に、マウンが反応した。
「過去存在した同名の魔王、ウォーケンの伝説を知ってるだろう? 全ての上に立ち、魔族による世界の支配を目論んだ」
「もちろん知っている、我々魔族の英雄だからな」
伝説の魔王、ウォーケン。
ロクサーヌも勿論知っている。
あらゆる魔法を使いこなしたとされ、その魔法は「万物を再現する」と言わしめたという。
だが、あまりにも強すぎた。
それゆえ、別名は「孤独な覇者」。
ある日突然姿を消し、二度と人前に現れることはなかったという。
「そんな過去のウォーケンの失敗⋯⋯私から見れば、それは、全てを自分で行ったことだ。戦闘、そして支配⋯⋯たった一人が、国の行く末を握る、裏を返せば、その人物がいなくなった時、支配は崩れる」
そう。
ウォーケンがいなくなったあと、彼に頼りっきりだった魔族は一気に凋落し、現在の状況へと繋がった。
ウォーケンの名、それはロクサーヌにとってみれば、魔族の過去の栄光と衰退の伝説だ。
そして、それは魔族、半魔族が等しく共有する認識でもある。
「なるほど、な」
「あの方はきっと⋯⋯どうしようもないことには、今回のように最低限の助力をし、一人ひとりに理想を追わせる⋯⋯それを良しとしてるんだと思う⋯⋯これが、その証拠さ」
オラシオンは、ウォーケンに渡された袋をジャラリと鳴らした。
「それは?」
「暗黒大陸産の金⋯⋯この袋一つで、あの船の奴隷は一隻と言わず、三隻分は買えるだろうね、なら奴隷を買って、国に連れて帰る、それもできたはずさ」
「なら、なぜ!」
「あの人は言った『安く売れ』と。つまり⋯⋯奴隷たちを安価で国に散らばらせ、戦士たちを大陸に潜伏させるとともに、情報網を構築しろ、って意味だと思う」
「⋯⋯そ、そうか! 単に救いを与えるのではなく、それぞれに理想を追うための役割を与える、そういうことか!」
「うん。そして、私とキミならそれができる⋯⋯そう思ってくれたんだろう、これはあの方の信用の証さ。ふふふ、重い、なんて重い袋なんだ⋯⋯」
ロクサーヌは思った。
なんか、大人は考え過ぎな気がする。
考え過ぎて、ウォーケンの事を勘違いしている気がする。
ロクサーヌから見れば、単純な話だ。
旦那は、良い人。
それで十分だ。
そして──そんな彼の役に立ちたいな、と思った。
「あの、オラシオン⋯⋯様、マウンさん」
「なんだい?」
「なんだ?」
「わたし⋯⋯旦那の役に立ちたいんだ、だから、もし良かったら、これから⋯⋯いろいろ教えて欲しい」
ロクサーヌが言うと、二人は笑顔で言った。
「うん、もちろんだよ」
「ああ、もちろんだ」
そして、オラシオンがすっと手を伸ばした。
「我らこれより、ウォーケン様の為に」
少しして、マウンがオラシオンの手に、自分の手を重ね、宣言した。
「ウォーケン様の為に」
そして、二人はロクサーヌを優しく見つめている。
二人が、自分に求めている事は、すぐにわかった。
だけど、逡巡してしまった。
自分も、許されるのだろうか。
こんな凄い二人の誓いに、混ざるなんて。
でも。
「⋯⋯ウォーケン様の為に!」
とても我慢できず、ロクサーヌは手を重ね、宣言した。




