僕がいなくても大丈夫?
黄金の麦穂亭で夕食を済ませた僕は、いつもより少し早足でソルシエールへ戻ってきた。
おばさんとの会話で思いついたことを、早く試してみたかったからだ。
「ただいま」
誰もいない店内に声をかけ、奥の作業部屋へ向かうと、そこには数体のゴレムがいた。
ほかのゴレムたちは、今も薬草の世話や庭の整備など、それぞれの仕事を続けているはずだ。
「さて、ちょっと手伝ってもらおうかな」
僕が声をかけると、近くにいたゴレムがこちらを向いた。
まずは、おばさんとの会話で思いついた仕組みを形にしてみよう。
とはいえ、いきなり立派な装置を作れるわけではないので、とりあえず作業部屋にある棚を使って試してみることにした。
棚の一段を空け、ポーションとマナポーションを種類ごとに並べていく。
お客さんが欲しい商品を選び、それをゴレムが取り出して渡す。
仕組み自体は単純だけど、問題はどうやってお客さんが選んだ商品をゴレムに伝えるかだった。
「うーん……」
僕は腕を組んで棚を眺めた。
ゴレムたちは僕の指示を理解して作業をすることができるけれど、お客さんの言葉を聞いて、どの薬が必要なのか判断するようなことは難しい。
それなら、言葉で伝える必要がない仕組みにすればいい。
例えば、商品ごとに押す場所を決めておくとか……。
「……あ、それなら」
ポーションとマナポーション、それぞれに対応するボタンを作ればいいんじゃないだろうか。
ボタンが押されたら、その場所に対応する商品をゴレムが取り出すようにしておけば、複雑な判断をさせる必要はない。
そう考えた僕は、早速木片を使って簡単な仕掛けを作ってみることにした。
棚の前に板を取り付け、商品ごとに押せる部分を設ける。
ボタンを押すと、対応する板が動いて合図になる仕組みだ。
あとは、その合図に合わせて決められた商品を運ぶよう、ゴレムに指示しておけばいい。
「よし。まずはこれで試してみよう」
僕は一体のゴレムを棚の前に呼び寄せた。
「この板が動いたら、ここにあるポーションを取って、あそこまで運んでね」
指で順番に場所を示しながら動きを教え、それから試しにボタンを押してみた。
かたん、と小さな音を立てて板が動くと、ゴレムは棚に向かって歩き始めた。
並んでいる瓶の中から指定したポーションを一つ手に取り、そのまま僕のところまで運んでくる。
「おおっ、できた!」
ゴレムから瓶を受け取った僕は、思わず笑みをこぼした。
念のため、今度はマナポーションでも試してみたけれど、ゴレムは迷うことなく指定した瓶を取り出し、きちんと運んできてくれた。
「うん。いい感じだね」
これなら商品の受け渡しは問題なさそうだ。
ただし、これだけでは自動販売とは呼べない。
商品を渡すだけでなく、お金を受け取る仕組みも必要だからだ。
「……ここが難しいんだよね」
僕は机の上に銅貨を一枚置き、どうすれば正しい金額が支払われたことを確認できるのか考えた。
硬貨の種類を見分けるだけなら何とかなるかもしれないけれど、複数の硬貨を数えたり、お釣りを計算したりするとなると、ゴレムたちには難しそうだ。
「だったら、最初から計算させなければいいのかな」
銅貨を指先で転がしながら、僕は考えを巡らせた。
例えば、商品の値段に合わせた硬貨を入れる場所を用意して、決まった大きさの硬貨だけが通る穴を作る。そうすれば、違う種類の硬貨が入るのを防げるかもしれない。
さらに、硬貨の重さを利用すれば、必要な枚数が入ったかどうかも確かめられそうだ。
硬貨を受ける皿と、その反対側に重りを取り付けた仕掛けを用意する。
決められた枚数の硬貨が皿にたまると、その重みで皿が下がり、ボタンを押さえていた留め具が外れるようにするんだ。
これなら、ゴレムたちがお金を数える必要もなくなる。
もっとも、言うほど簡単な仕掛けではなさそうだけど。
「……これは少し時間がかかりそうだなぁ」
僕は苦笑しながら棚を眺めた。
それでも、できないとは思わなかった。
むしろ、どうすればゴレムたちに難しいことをさせずに済むのか、あれこれ考えるのが面白くなってくる。
こうして仕組みを工夫するのは、何だか薬を作るときに似ている気がした。
「よし。販売の方は、ひとまずこれでいいかな」
もちろん、完成にはまだほど遠いけれど、ゴレムたちに商品を運ばせられることは分かったし、お金を受け取る仕組みについても、ある程度の見通しは立った。
となると、次はもう一つの問題だ。
「……ポーションを作る方だよね」
僕は作業台の上に置かれた薬草へ目を向けた。
薬草を育てることは、すでにゴレムたちに任せられるようになっている。
けれど、収穫した薬草を使ってポーションを作るのは、今のところ僕の仕事だ。
もっとも、調合のすべてを僕一人でやっているわけではない。
薬草を細かく刻んだり、均一にすり潰したり、材料を正確に量ったりする作業はエルムが手伝ってくれている。
加熱のタイミングを見てもらうこともあるし、ゴレムたちも原料や抽出液の運搬などで活躍してくれていた。
そう考えると、ポーション作りに必要な作業の多くは、もう任せられるようになっている。
「……あれ? だったら、エルムの数も増やせばいいんじゃないか」
僕は作業台のそばにいるエルムへ目を向けた。
ゴレムは力仕事が得意だけど、細かな作業ならエルムの方がずっと向いている。
実際、薬草の下準備や計量は、僕がやるよりも正確なくらいだ。
今までは一緒に作業することを前提にしていたけれど、エルムを増やして、それぞれに担当する工程を決めておけば、僕がいなくても調合を進められるかもしれない。
「例えば、薬草を刻む係と、材料を量る係。それから、釜の加熱を見てくれる係も必要だよね」
僕は指を折りながら、いつもの調合手順を思い返した。
材料の運搬はゴレムに任せればいいし、調合が終わったあとの抽出液を移動させるのも問題ないだろう。
ただ、材料を入れる順番や加熱する時間など、調合には細かな決まりがある。
それぞれの作業が正しくできても、次の工程へ進むタイミングを間違えてしまったら、ちゃんとしたポーションにはならない。
「うーん……そこは、少し工夫が必要かな」
僕は作業台に並んだ道具を眺めながら考えた。
ゴレムもエルムも、教えた作業を繰り返すことはできるけれど、その場の状況を見て、自分で次に何をすべきか判断するのは難しい。
だからこそ、誰が何をするのかだけでなく、どの合図で作業を始め、どの合図で終えるのかまで、あらかじめ決めておく必要がある。
例えば、材料を量り終えたら決められた場所に置き、それを合図に次のエルムが作業を始める。ゴレムには、指定された場所に材料が置かれたら釜のそばまで運ぶように教えておけばいい。
そうやって一つひとつの工程をつなげていけば、臨機応変に動けなくても、決められた手順どおりに調合を進められるはずだ。
もちろん、最初から全部を任せるのは不安だから、しばらくは僕がそばで確認する必要があるだろうけど。
「でも、これなら何とかなりそう」
思っていたよりも、ずっと実現できそうな気がしてきた。
販売はゴレムに任せて、製造はエルムを中心に進める。
ゴレムにも材料の運搬や完成品の移動など、あらかじめ決めた作業を担当してもらえば、僕が店を離れている間も、ポーションを作って売ることができるかもしれない。
「よし。まずは試してみようか」
僕はエルムと近くにいたゴレムに声をかけ、いつもの調合道具を取り出した。
いきなりすべてを自動化するのではなく、まずは一つずつ、僕が手を出さずにどこまでできるのか確かめてみよう。
そう考えると、何だか楽しくなってきた。




