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先に言ってしまえば口調の訂正は無理に等しかった。
我の人間の記憶が1だとしたら、ラレウスの記憶は100を優に超えるのだ。
そんなものを簡単に訂正できてしまったら、誰もこの世の中苦労はせん。
口調の訂正に断念した我は諦めに飲み込まれながら、部屋から出てリビングへと向かう。
言い訳など出来るわけもなく、どうすればいいかの打開策もなかった。
「ラレウス、おはよう!」
「おはよう」
満面の笑みで朝食を口にしながらアルヌは挨拶をしてきた。
せめて女なのだから食事中の礼儀くらいは守ってほしいとも思ったが、自分も自分であり、ここは異世界なので口には出さずに置いた。
我は席にゆっくりつき、朝食であるスープとトーストを眺める。
トーストから、暖かく優しい匂いが運ばれてくるたびに我の腹が、食を要求する。
本能には抗えず、トーストに手を掛け我は盛大にかぶりついた。
やはり、トーストには何もかけずに食べるのが一番だと再考する。
ある程度トーストを食べ進んだ後、口の中から消えていった水分をスープで補給する。
今日のスープはトマトがベースに作られており、朝の目覚ましにぴったりな酸味が口内に広がった。
上手い......やはり飯こそ生きる希望だ。飯が無くては生きていけない、そうとさえ思える。
「うむ、誠に美味であった」
「……?」
そんな日課である朝の時間を満喫した後、我はすぐにギルドへ向かった。
イルネさんが首を傾げてた事実なんて、我は知らぬし知る必要もない。
*
顔馴染となったギルドの職員に頭を下げ乍ら、我はギルマスの部屋へ向かった。
合格通知の話はしたが、あの日は割かし疲れていたので詳しい話は今日に回してもらっていたのだった。
部屋の前へ着くと、いつも通りノックをする。
「入っていいよ」
ノックと同時ともいわんばかりのタイミングで中から声がかかる。
ノックが来るまで待っていたのではないかという疑惑さえ浮かんだが、あのウォンがそんなことするはずがないのでこの話はここで終えておく。
許可が下りたので、我はギルマスの部屋へと入った。
「いやぁ、丁度来るかなーって思ってたとこだったよ」
「そうか、それはよかったの」
「......の?」
「うっ......」
いきなり訝しむゆにこちらの顔を覗きこむウォンに、我は固まってしまった。
露骨な反応を見せたせいか少し真面目そうな顔つきになったウォンは俺を席へと座らせた。
「さて、今日僕は学校の話を詳しくしたかったんだけど......ほかに話したいことができてしまった」
「そ、そうか」
「うんうん。そうなんだよラレウス君?もう前振りとかいいからさ聞いちゃうけど、口調どうしたの?」
我の顔面に向けて160の全力ストレートを投げたかのような直球っぷりだった。
先程同様言い訳など考えていない。アルヌの時は深く話しかけてこなかったので助かったが、ここではそうはいかないだろう。
何せギルマスだ。我はここ最近ずっと話していたのでわかる。此奴は意外と勘が良い。そして頭も回るのだ。
隠し通すなんて無理であろう。ならば我がラレウス本龍であることを伝えていいのだろうか。否、それは絶対にあってならない。
なので我は、少し嘘を織り交ぜつつ本当のことを語った。
「実はの......昨日夢を見たんじゃ」
「夢?」
「うぬ。そしてあまり覚えとらんが脳内でごたごた騒がれたのち、ふと目を覚ましたらこうなっておった」
「え?それだけなの?」
「そうじゃ、我もよく覚えてないのじゃ」
「そっか、ならこの話は終わりでいいか」
「ん?思いの外引き際がいいのじゃな......もっと聞かれるかと思ったぞ」
「いやー、今日はその話を聞きに来たわけじゃないし、そんな深く知る必要もないしね」
「そうか」
ウォンはこうは言っているものの、恐らく何か気付いたことであろう。
嘘を吐いたことがバレたか、その他か。
我の知らないラレウスの特徴がばれて、我がラレウスだとばれたら一大事である。
ここは潔く話を切り、学園の話につなげることが最善であろう。
「じゃあ、学園の話をするね。まず、はい。これが制服ね」
「え?」
ウォンが唐突に出した制服を我は驚きながら受け取る。
「あ、安心して、制服は魔法で伸び縮みするから誰でも着れるから」
「いや、そうじゃなくての」
「ん?」
「金はどうすればいいんじゃ?」
「あーあー、そうか。そうだよね、金も払ってないのに制服が来たら確かにおかしいと思うよね。でもごめんね、僕が払っちゃった」
「……は?」
「いやぁ、ラレウス君いつか大きくなりそうだと思ったからなにか借りがほしくてね!」
「お、主......」
「......まぁ、冗談だよ。ラレウス君が金を持ってないと思って払っておいただけだから安心して」
「我は今の一瞬の間にツッコミたいがそれは無粋というものだろうか」
だが、こうはいうものの実際借りは一つできた。
我はこういうのに厳しいわけでは無いが、いつかきっと返そう。
ウォンにはお世話にもなっているので余計だ。
「そして、明日から登校開始です」
「......はぁ!?」
この部屋に入ったら必ず驚かないといけない縛りでもあるのかというほど我は毎回驚いている気がする。
というより、此奴が全部悪い。そうに違いない。
「明日の早朝、学園の職員室にだってさ」
「何でこんなに忙しいのだ......」
「仕方ないよ、一学期が始まったばっかりだから早いにこしたことはないもの」
そうは言いつつもやはり急展開についていけなかった我は、少しの学園の期待と、不安を胸に抱きつつ、学園について詳しい他の話を聞き続けた。




