96、優雨美の微笑み
素早く斬り上げて壁に弾かれる感じのイメージで瞬時に切り返して斬り下ろす。レクナハルバートの剣筋の斬り返しにタイムラグはほぼ無かったはずなのだが優雨美には躱させてしまった。それでも胸当ては捉えていたようで傷が残っている。
「今の攻撃はゾクゾクしたぞ!好敵手よ!」
優雨美が頬を高揚させて叫んで来た。
優雨美と戦闘をするに至った経緯は、メイのことでダンジョンの神の神殿に憤りを感じていたことことに起因する。僕の様子を見た優雨美がこことぞばかりに怒りの沈め先を自分にと戦いを求めて来たのだ。最近相手をしていなかったことも合わせて、僕自身感情を持て余していたので捌け口として利用することにした。優雨美との思惑が一致した形だ。優雨美との戦闘は魔法なし以外は何でもありなのがいつものルールとなる。近接戦闘のみを好む優雨美に合わせたルールなのだが、前回の試練部屋で魔法が一切発動しない制約下の戦闘を強いられる可能性が今後も予想されるので、優雨美ルールの戦闘は自分の今後の課題として利にも叶っていた。
僕はいま二刀を使っている。レクナハルバートの相棒は修復から戻ってきた無名の剣だ。重さや長さが全く違う剣なので本来ならバランスが悪いのだが、敢えてこのままの方が二刀として使うことが相手には効果的であると思っている。使い手としては左右バランスの違う武器を振り回すのは体にかかる負担を考えるとナンセスなのだろうが、<剣術能力10+Ω>の能力のお陰で体が振り回されることはなかった。相手はリーチも重さも違う剣に合わせて対応を変えることを迫られるので戦い辛いことこの上ないはずだ。
二刀流はユースモア領のダンジョンの試練部屋でラヴィニアを解放するために対戦した魔物が使っていた二刀流に合わせたのが切欠だったが、自分の戦い方の新しい選択肢の一つとしてもっか模索中である。それらも含めて優雨美との戦闘は丁度良かったことにもなった。
対する優雨美は嬉しそうに僕の攻撃を受け続けていた。左右から挟み込んだ二刀の剣筋を躱されながらも更に踏み込んで積極的に攻撃を続ける僕の姿に笑みを深めてくる。必殺技の発動による強制的な連続技ではなくて、繰り広げられる二刀の乱舞は僕の意思として振舞われているものだ。必殺技は発動した後に満身創痍になるために、その後の無防備な姿を晒すリスクがある。今までは相手に技が通用していたが、本来は発動後に自分への回復を想定する技など使いたくない訳で、自らの肉体の限界を超える技など自殺行為の何ものでもない。ゲームの必殺技に頼らず、強力な相手にも通用するだけの素の技が僕には必要だった。
優雨美は僕が強くなるのを非常に喜んでいて、僕が繰り出す攻撃に駄目出しをしてくれる。ただ優雨美の場合は好みに左右されることが多いので純粋な技としての有効性を指摘してくれる訳ではない。同行してきたガルドーに聞くこともしばしばあるのだが、速過ぎて目が追い付かず何をしていたのかさっぱり分からなかったと言われることもあるので、実際の判断は結局のところ自分ですることが多かった。優雨美とガルドーの言うことは参考までに留まっている。
この中で僕達以上に有意義な時間を過ごしていると人物がもう一人と一匹いるのだが。
「ブフォーーーー!」
ぴーちゃんの口から吐き出された炎が優雨美に躱された。ピーちゃんの攻撃が優雨美には全く通用しないのは、僕が以前に放った【 光束放出 】が当たらなかったことでも分かるように優雨美は回避力が異常に高い。楓の命令で放たれるぴーちゃんの遠距離攻撃が当たる訳ないのだ。
「おい楓!今の僕ごと一緒に焼こうとしたろ!」
楓は当たらないことに鬱憤が溜まって来ているのか、僕ごと優雨美を焼こうとしてくるのようになってきた。優雨美はあまり気にしていないが僕にはかなり邪魔である。楓は僕が怒鳴っても言うことは聞いてくれない。実戦でも楓がしゃしゃり出て来ることを想定すると良い予行練習にはなるのだが、とても楓とぴーちゃんの行為は実戦では有効的とは思えなかった。今回は近接戦闘だが魔法の使用と併用する戦闘では、ちょろちょろと周りを飛ばれていると遠距離や範囲系の魔法を打つわけにもいかなくなる。どうにかして戦闘の参加をやめさせないといけない。
「そこです!神子様!あー!もうちょっとです!ほしい!!」
楓が図に乗るから無闇矢鱈に応援しないで欲しい。僕ごと焼こうとした楓に対して、ほしいというのはどういう了見だ。
楓とメイの関係は良好だ。楓は仏頂面だが基本的にメイの背中が定位置になっている。これに対しては、とても良いことなのだが、メイが以前にも増して楓贔屓になってしまったのは頂けない。
「優雨美様少し休憩をしませんか?」
「休憩だからな!?まだ物足りないんだからな!?」
僕が戦闘を止めたことで楓が降りて来る。楓は鼻穴が膨らんでいて興奮気味なようだ。メイが両手を伸ばして楓の着艦を促していたが、僕は楓を掴んで僕と面と向かわせる。
「お前な。あれは駄目だ。僕のこと助けたいのは分かるけど、このままじゃダンジョンとかは連れていかないからな!」
少し強めに言って見たら不服なようで暴れ出した。ぴーちゃんの羽ばたく力が強くなって僕の手から抜け出そうとしていた。終いにぴーちゃんに噛み付かれた。
「結構痛いんだぞ?お前反抗期か?」
「神子様が嫌がってます!離してあげてください!」
「メイも何だ。僕に当たりかけて、もうとょっととか言ったろ?目をそらすな!音の出ない口笛とか吹くな!」
「本当にお前さんの周りは非常識な者が集まるのう。お前さん自身が非常識な者だからかも知れんが、また強くなったであろう?ついでに済まんが回復してくれんかのう?うずうずしてきおった」
「非常識のガルドーさんにはだけは言われたくないですね」
【 回復 】
「さてもう一つ勝負と行こうかのう」
ガルドーが負った傷の回復をせがむことは珍しい。一つは失敗で負った傷を痛みとして記憶に残すのがガルドーのやり方なのだが、ガルドー自身が身体能力が高く自然治癒能力が高いから出来る芸当でもある。ガルドーは若い時から体に戦いの記録を残すやり方をしてきたこともあって身体中が傷だらけだ。いまガルドーが回復を施して貰ってでも、直ぐに戦いたがるのは僕の戦闘を見てバトルマニアの血が騒いだからに違いない。
ガルドーと優雨美の実力差は歴然だ。スピードがからっきし追いついていない。それでも戦いになり得るのはガルドーの卓越した技の妙技につきる。スピード差を埋める間と虚を突く動きには学ぶ所が多く、ガルドーの動きを目で追うだけで勉強になった。ガルドーの動きは洗練されていて無駄がない。最近はその無駄のない動きを更に突き詰めて鋭利に尖っている印象だ。自分の攻撃を当てるために、事前動作となる相手の攻撃を紙一重で躱す。自分の体には多少のダメージを厭わないといった形だ。先程までガルドーが休んでいたのは、このダメージの蓄積で動きが鈍くなった為だった。ガルドーの攻撃は言うなればカウンターの攻撃に近い。優雨美と対戦するガルドーの攻撃の起点はカウンターから始まるのが常だ。それでも綺麗に決まったと思えるカウンターが結果として全て優雨美には躱されてしまう。優雨美の表情が間違いなく楽しんでいるので優雨美としても合格点となる攻撃なのだろがそれでも当たらない。ガルドーは優雨美に攻撃を掠らせることが第一目標のようだ。
ふと気付くとメイ達が静かになっていた。ぴーちゃんがメイの頭の上で体を丸めているのは楓が眠った合図になる。楓がおねむになるとぴーちゃんはメイの頭の上に移動して同じく眠りにつくようになった。メイも目がとろんとして来ているので眠いのだろう。優雨美のダンジョンに来るまで楓を背負うことを頑なに譲らなかったのだ。そのために優雨美のダンジョンに到着するのにも時間がかかっている。優雨美のダンジョンの近くにある野営地まではガルドーが借りて来た馬二頭での移動だった。楓を背負ったメイは僕の馬に乗っていたのだが、口では大丈夫と言いながらも体が強張っていたので直ぐに体力が尽きてへたってしまった。初めて馬に乗ったのが、この前のユースモアへの強行日程の移動では、馬に乗るのを苦手意識として持ってしまうのも無理はなかった。そういう訳で馬で移動したのにも関わらず、頻繁な休憩を入れる事となり予想以上に時間がかかったのだ。
野営地で馬を降りた後に馬上から解放されたメイは元気になったのだが、思いの外に馬の移動での疲れが溜まっていたようで、ダンジョンの道のりの後半は結局のところ楓を背負ったメイを僕がおんぶするというよく分からない絵面になった。だが今後もこういう事はあるかも知れないので、優雨美のダンジョンに赴く時はライオネスを通して馬車を借りようと思った。
「優雨美様?優雨美様がダンジョンから出られないのは何でですか?」
今まで気になってはいたが踏み込んだ話になるので聞いたことがなかった。砦に住むようになって随分と打ち解けた気もするので良い機会と思って聞いてみる。
「取引だな。オレは天神海のダンジョンの守護者、試練部屋の番人として神と取引したのだ」
「神様とですか?なぜそのような経緯に?」
「竜人は血の気の多い種族だ。オレ達竜人族は強くなり過ぎて相手が居なくなり、神に戦いを挑んだのだ。そして悉く神に戦いを挑み続けて負け続けた。オレが挑み負けた時には竜人族が滅びかけるほどにな。そこで神が取引を持ちかけて来た。死に掛けてたオレを回復する代わりに試練部屋の試練となれとな。神の甘い言葉に誘われて訪れる強者との戦闘生活が始まると思えば、誰も来なかったのだがな!」
優雨美らしいというか竜人族の特性なのか知らないが、そこまでして戦いたいのかとは思う。滅ぶのを厭わずに強者との戦いたがるのは、僕にとって一生わかりたくもない心境だ。
「だが六百年待った甲斐があったというものだ!好敵手に出会えたのだからな!ワッハッハ!」
「僕が優雨美様の六百年に見合うとは思えませんが?」
「好敵手は面白いことを言う!オレが見えなかった攻撃を放つ人間などお前が初めてだ。あの一撃は神の一撃に匹敵すると思うぞ!」
天神海の新しいダンジョンでの初めての対戦でのことを言っているのだろうが二度と使いたくない。僕は使って来た一つ一つの技の痛みをしっかりと覚えている。考えただけでも身震いが起きるほどの痛みだ。回復出来る魔法が使えると言っても、必ず使えるという保証がないものに頼る気などこれっぽっちもないのだ。
「未だに好敵手が放った一撃は忘れられない。気付いた時には斬られた後なんて初めての経験だった………」
僕は斬られたことを思い出して恍惚の表情を浮かべて頬を染める優雨美にドン引きした。
「それほどの技ならばワシも見てみたかったですな」
ガルドーが意識を取り戻した。優雨美の攻撃を躱しきれずに殴られて意識を刈られたのだ。ガルドーのよく見るノックアウト風景なのだが、優雨美が手加減してくれているので特に気を使うこともない。自然と意識が戻るのに任せている。
「言っておきますが、もう使いませんよ?」
優雨美とガルドーが僕のことをじとーっとした目で見つめてくる。
「ケチだな!」
「年寄りの後生の楽しみを奪うとは、お前さんの皆が言う通り意地悪じゃのう」
「ケチや意地悪で言ってるわけじゃないんですからね」
「まあその内、嫌でも見せてもらうがな!」
獰猛に笑う優雨美の肉食獣を思わせる表情がやたら強い印象だった。
ぴーちゃんがパタパタと動き出してメイの頭の上から飛び立つ。楓が起きたようだ。
「そろそろ帰りますかね。今から帰れば丁度夕食の時間ですし」
「飯では仕方ないな!」
「優雨美様。また近い内お手合わせ頼みますぞ」
「おういつでも来い!好敵手は特にな!」
「メイを背負っていくから楓はぴーちゃんでついて来てなー」
まだ寝ているメイをおんぶして、ぴーちゃんが楓を掴んで飛び上がる。
その時強烈な殺意を察知できたのは、<危機察知3>よりも、突如目の前に現れた優雨美の素早い動きが切欠だった。
なのに僕は優しく微笑んだ優雨美の表情が消えて行き、体が倒れていくのを見ていることしか出来なかった。
次話 「狂信者の襲撃」




