94、イーニッドの気遣い
僕はピークトリクトの領主館のサロンにてイーニッドとロゼッタとバーナデットとテーブルを囲んでいた。ロゼッタが肩が触れ合うほど僕に密着している。隣のテーブルでメイが甲斐甲斐しく楓をかまっている。楓は卵を抱いたまま離さないので、楓を抱き上げようとすると卵の重みも含めて重さ割増しとなる。それでもメイが卵ごと楓を背負うと言って聞かないので、一度背負わせて見たがすぐにぺたんと潰れてしまった。この卵は見た目よりかなり重いのだ。
「マジク?王都ではかなりの活躍でしたようね?」
活躍とは何を指しているか分からないが謙遜しておいて誤魔化しておいた方が良いだろう。
「謙遜は要らないわよ?マジクの場合は、やっていることの全てが常識の範囲外のことばかりなんだから結果として嫌味にしかならないからね。気をつけなさいな」
「はあ。ご忠告ありがとうございます」
僕の周りに集まる同年代の女の子は頭のキレる子が多い。下手なことを言うと倍になって言い返されたり痛いところをついて来たりと、今では揚げ足を取られないように短い返事や相槌しかしないうたないようになっていた。スカーレットなんかは年の功もあって上手く窘めてくれるのだが、僕の周りの同年代の女の子達は直線的で物言いがキツイので、今回のイーニッドからのお茶へのお誘いは出来ることならお断りしたかったぐらいだ。
「私はマジク様の王都での活躍あまり知りませんの。教えて頂けませんか?」
ロゼッタが甘える様な声を出して来た。チェスターとのやり取り以来、高圧的な態度が一変して可愛らしい女の子を演じて慕ってくる。
「王都だけでなく、ユースモアでは美姫をお助けされたそうね」
メイと同じテーブルにはラヴィニアが座っていた。今回の領主館の訪問は、美姫と話が広まっているラヴィニアと一度会って見たかったというピークトリクトの上層部からのお達しだ。
「その美姫ってどこから出て来たのでしょうか?」
「バーナデットの兄よ」
「レノ兄がお屋敷で美姫って言っていたのよ?」
「報告書を上げたのもバーナデットの兄ですし」
あの一目惚れイケメンはラヴィニアのことをかなり誇張して書き連ねたようだ。恋は盲目と言うかラヴィニアのことを姫と呼称して、実際にお姫様がいる土地で問題にならないのだろうか。
「先ほどお父様も執務室で確かに美姫だと言っておられたわ。厳格なお父様の言動としては驚いたのだけど、女の私から見ても美しい容姿ね。公の場では並びたくないわ。ドレス着せたら、きっと私は自分が姫なんて呼ばれているの恥ずかしくなってしまうもの」
「僕がどうこう出来るものではないと思うのですが」
「あらマジクは管理者なのでしょう?ならばそこも管理なさい。私の横にその子並べるようなことがあったら許さないわよ」
イーニッドの目が鋭くなるとバーナデットの背筋がピンっと真っ直ぐになった。バーナデットの反応はスカーレットの悪い顔をした時のものと似たものがある。バーナデットにとってイーニッドのこの顔は要注意なのだろう。だがラヴィニアの行動の抑制など僕には出来ない。めっきり遠慮がなくなって来たラヴィニアに何かを強制するのは後が怖いのだ。
「何よ?皆んなで私のこと見て」
「ここのお姫様が、君が綺麗過ぎて私が霞むから近づくなだって」
今の内伝えておいた方が後腐れがないと思い決断する。少し誇張したが、まあ問題ないだろう。
「何それ?よっぽど自分の姫という立場にしがみつきたいってこと?」
あれ?変な誤解が生まれてしまったような?
「まあいいわ。その子には二度と近付かないわ。帰りましょう」
ラヴィニアが席を立つ。
「マジク?あなたその子に何を言ったの?雰囲気だけでも、ろくでもないことを言ったのがわかるわよ?」
イーニッドも中々鋭い。でも近付けたら許さないとなんて言われたら絶対近付かないような処置をするのが当然だ。
「近づくなと言っただけですが?」
「あなたねぇ~それじゃ誤解されるでしょう?私はこの子を嫌ってるわけではないのよ。公の場ではと言ったでしょ?私もピークトリクトの領主の娘として体裁が必要な時があるの。交渉の材料として相手の譲歩を引き出すのに姫としての名も使わなければならない時があるのよ。私は自分で美姫なんてとってもじゃないけど言えないわ。でも武器として通用する姫となるための努力をしているのよ。他領との交渉にそれなりの助力となっている自身と自負があるわ。だからそれの阻害になる可能性の目は摘んでおくのも、私の仕事なのよ」
「初めからそう言って欲しかったです。言われなければ分からないですよ」
「言わないわよ。格好悪いじゃない。姫としては格好良くいる必要もあるのよ。あなたはそれを学びなさい。今後、私の状況以上に必要になるわ。上に行けば行くほど表情も言っていることも上辺だけなんだから。まだタチの悪い人間には引っかかってないようだけど、常に裏を考えなければ足元を掬われる立場になって来ているのよ。あなたわ」
イーニッドの印象が随分と変わって来た。イーニッドとは会うのは片指で余る数なのだが、イーニッドは随分と僕の情報に精通しているようだった。初対面は様子見。二度目は好意と思われる行動を寄せて来た。今回はそんな様子もなくなって真摯に助言をしてくれる。彼女にどんな心境が渦巻いているのかは知らないが姫という立場が大変なのは良くわかったし、僕の今の立場も再認識出来たのは素直に有り難かった。
「ありがとうございます」
僕は言葉だけでなく頭も下げてイーニッドに感謝した。誤解を解くべくラヴィニアにイーニッドのことを説明すると、とても興味を示し出した。気付けば僕を仲介して二人で話が盛り上がっている。気があったようだ。ラヴィニアは相手が本物の姫と呼ばれる地位の人だと分かっていながら、言葉遣いが気さくなままで、僕の方で丁寧な言葉遣いに変換してイーニッドに伝えていたのだが、そんな気苦労も直ぐに気付かれて良かれと思ってした事なのに逆に怒られた。それからはラヴィニアの砕けた言葉遣いをそのまま伝えていたのだが、今度はイーニッドのお目付役の侍女に馴れ馴れしいと怒られた。二人は笑っていたが僕にどうしろと言うのか。ラヴィニアは優雨美と同じように尊敬に値する人外ということで王国の客人という扱いになり、貴族などの硬いルールは除外される立場になるとのことだ。人外の者に人のルールを強制しないという至極真っ当な考え方である。
蚊帳の外になったロゼッタがバーナデットとメイのグループに移ったので僕は淡々と通訳の立場を貫いた。それにしてもなんで、どこの世界の女の子でもずっと長い間会話を続けていられるのか疑問だった。幽閉から助け出したのがラヴィニアとって余計なお節介だったと思いはじめている僕には聞き辛かった、ラヴィニアに深く関わる過去の話をイーニッドは聞きはじめて来た。その分イーニッドも自分のことを話していて、僕は別に知る必要のなかったイーニッドの事まで知ることとなってしまった。深入りすると後が怖いのだが、楽しそうに会話を続ける二人に水を差すことも出来なかった。
ラヴィニアはエルフの仲間の中でも美人で有名だったらしい。僕の前世の物語のエルフと同じで仲間は似たり寄ったり美女美系揃いで、僕のように崩れた顔の容姿は居なかったそうだ。ここで二人して僕の顔を見て笑ったのは、二人とも謝ってくれたので許してあげることにした。深い森の中に住んで居て、僕たちのような人間とは会ったことどころか存在すらも知らないそうだ。他種族としてドワーフや妖精との交流はあったそうで、エルフを始めドワーフや妖精が王国には居ないことを聞いてラヴィニアが寂しそうな顔をしたのがチクリと胸に刺さった。
そんなラヴィニアの様子を見てイーニッドが僕に目配りをしてくる。
「私ね。マジクを手放さないようにとお父様に籠絡を命じられて居たのよ。何よその顔は?もう過去の話で今は解除されたわ。それでね。私。好みでないこの人の顔に何とか愛着を持てないかと似た動物を探したの。でもそんな都合の良い可愛い動物いないじゃない。だから想像の中でマジクに似た動物を想像して少しずつこの顔に愛着を持てるようになった矢先に、お父様ったら白紙ですって。私も暇じゃないのよって怒って差し上げたわ」
自分の悪口を通訳しなければならない僕の心情が無視されているが、僕の反応も含めて計算づくでイーニッドは面白さを演出しているのかも知れない。当のラヴィニアが涙を流して笑っているのだから。
「この人は見た目はこんなだけど。既に私の身には余る程のことを成し遂げて来て、王国の最上位の方々に目を掛けられてるわ。だから貴方は幸運だわきっと」
僕が通訳するとラヴィニアはイーニッドに深い抱擁で感謝の気持ちを返していた。
「言葉だけが通じ合う手段だけじゃないって私も良い勉強になったわ。私生涯の親友になれる子と出会った気がする。今のことは伝えないでね」
「はい。これからもラヴィニアをよろしく願いします」
しみじみした雰囲気になっていく中で先ほどまで姦しかった三人が駆け寄って来た。
「マジク様!」
「卵が動いたのよ?」
「赤ちゃんが抱いてる黒いのが動きましたわ!」
僕は三人の言葉を聞いて瞬時に卵から楓を引き剥がす。
「うぎゃ~ん!」
泣くのも御構い無しに亀裂が入っていた卵から楓を抱いて守る。揺れが激しくなって亀裂が大きくなって欠けらが剥がれると、卵は横倒しになった。
「皆さんこっちへ!」
腕の中で泣き叫んで暴れる楓を無視して、卵から何が出てくるか分からないとサロンにいる全員を僕の背後に移るように指示を出した。僕は念のためレクナハルバートを展開して片手に装備すると、卵の大きな欠けらが割れて真っ黒いトカゲのような顔が出てくる。卵の重心が狂って大きく割れるとトカゲの正体がはっきりとする。トカゲのような顔に翼を持つ姿かたちは小さいが竜そのものだ。
「竜の赤ちゃん?」
イーニッドが自信なさげに言うと、ピポリン♪とインフォメーションが鳴った。
『契約者紅葉楓にドラゴン(幼体)が従属化されました』
「ちょっと待て!」
思わずツッコミを入れてレクナハルバートの切っ先をドラゴン(幼体)に向けると楓に対して助けを求めるようにぴーぴー鳴いた。
「何してるのよ!?可哀想じゃない!」
ラヴィニアが怒って肩に掴みかかってくるがそれどころではない。
ピポリン♪
『従属主紅葉楓により、ぴーちゃんと命名されました』
「ちょっ!!何してんの楓君!!」
楓の指が空中の何かを押している。
ピポリン♪
『従属主紅葉楓により、ぴーちゃんに<飛行能力>が選択されました』
僕は慌てて楓の腕を掴んで押さえつけて、これ以上の選択をやめさせる。楓はイヤイヤして暴れるが離す気はない。
「神子様に何するですか!?」
勿論みんなにはインフォメーションは聞こえない。今何が起きてるかは僕と楓しか知らないのだ。みんなは僕が奇行に走っているように見えるだろう。
【 マジク。大人しくするのよ? 】
バーナデットの《名奪い》の命令が飛んでくる。イーニッドがそうするように言ったのだろう。咄嗟に僕の弱点を良くついてきたとは思うが今は恨めしく思う。押さえつけていた楓の腕が解放される。僕が硬直して動けなくなったのを見てラヴィニアが僕の腕から楓を取り上げた。楓は泣き止み一心不乱に空中に指を走らせる。
ピポリン♪
『従属主紅葉楓により、ぴーちゃんに<火炎ブレス>が選択されました』
ピポリン♪
『従属主紅葉楓により、ぴーちゃんに<冷凍光線>が選択されました』
ピポリン♪
『従属主紅葉楓により、ぴーちゃんに<竜巻2>が選択されました』
ピポリン♪
『従属主紅葉楓により、ぴーちゃんに<ヒールビーム>が選択されました』
ピポリン♪
『従属主紅葉楓により、ぴーちゃんに<力持ち5>が選択されました』
ピポリン♪
『従属主紅葉楓により、ぴーちゃんに<軽量化6>が選択されました』
全部の選択を終えたのか楓の指が止まると、楓は満足げに僕に向かって確かに微笑んだのだった。
次話 「メイと罰」




