92、間幕 竜殺しの正体Ⅳ
私は密談部屋にて幼少の頃から友として絶対の信頼をおいているライオネスの報告を聞いている。ピークトリクト領館の密談部屋にはライオネスの他にキンブリルとガルドーを呼んでいた。
「レクスタ家からの来訪者は使者とは名ばかりで、マジク目当てで直系のロゼッタ令嬢が押しかけて参りました。レクスタ家はマジクとの間に子を為すことが第一の目的のよう思われます」
「キンブリル。マジクはレクスタ家由来の者である可能性が高いということで、その線は薄いという報告ではなかったのか?」
「はい。レクスタ家への嫁入りが行われた後にタンドーラ家で一体何があったのかは未だに掴めていませんが、レクスタ家に嫁いだ令嬢と最高位の剣術の能力者の二つが揃っていて、マジクがレクスタ家に連なる者だと考える方が当然です」
キンブリルは真顔で答えて来る。この男は私が領主の座を継いだ時からの付き合いだった。十年以上の付き合いとなるが沈着冷静で、慌てたところなど今まで見たことがない。実務に忠実でプライベートを持ち込まないところは尊敬していて信頼をおいているが、人間味を感じないところでは心的な窮屈さを感じさせる人間だ。
「確かに私もその線が濃厚だと思っておりましたので、レクスタ家所縁のマジクを経由して我が家に工作を掛けてきたのかとも一度は思いましたが思い過ごしだったようです」
「レクスタ家が代理探求の遠征にマジクを指名してきたのは、ユースモアにてマジクから直接情報を受け渡す流れがあると警戒をさせましたが、レノックスとビギアルからもマジクとレクスタ家の個人的な接触は見受けられなかったとのことです」
当時レクスタ家に嫁いだタンドーラ家の令嬢の事などはつゆにも掛けなかった出来事だった。タンドーラ家は十年以上前に没落しながらもピークトリクトの各地でトラブルを起こす頭の痛い家で、ピークトリクトの貴族からの苦情が頻繁に寄せられていた。あの時は苦情ではない令嬢の婚姻に関する動向になど興味を示すことはなかったのである。それが今になって大きなドラブルの原因となっていた。タンドーラ絡みの話さえ聞きたくなかったあの当時の自分を責めるのは酷だと思ってはいるが、タンドーラが絡んだ出来事を見逃してしまった自分を悔いてもいる。タンドーラが発端と思われるマジクという青年が起こす出来事の数々は、タンドーラの令嬢の婚姻を許可していなければ起きていない可能性もあったのだ。マジクが起こした全ての出来事が不利益なものばかりだったとは言えないが、これほど次から次へと休みなく問題の中心と化せるのは、本人が言うようにトラブルに見舞われやすい不幸な運気を持っているとしか思えない。人材としては歴史上類を見ない能力を持ち、若いが人格も問題ないとなれば手放すという選択肢はないという考えだったが、既に話はその領域を超えてしまっていた。マジクはその能力を王家にも見初められるに至ったからだ。既にトライセル殿下との密約は成っている。少し前まではマジクをピークトリクトに繋ぎとめるために娘をとも考えだが、今は考えは改めた。殿下が王位を継ぐことになれば話が違って来るからだ。だが、その話もマジクの素姓がはっきりとしなければ成立しない。今回のレクスタ家の接触は裏で秘密裏にマジクの素姓を確かめる上で絶好の機会のはずだった。しかしその反応も予想とは違うものとなる。レクスタ家とは繋がりがなく、より素姓の謎が深まったからだ。
「レクスタ家の秘蔵っ子ではなかっということか………」
「そうなります。血の繋がりがある者に直系の娘と子を成させようとわざわざピークトリクトまで向かわせることはしますまい」
「そう思わせないための工作とは考えられぬのか?」
「そこまで大掛かりなことをして隠し通すものの想像すらつきません」
「我々が想像つかないだけではないのか?」
「否定はできませんが、オリヴァー様も一度お会いになられてそこまでやり通せるほどの者に見えましたか?」
「いや見えぬな。それは断言できるが、ならばマジクとは、どこの誰なのだ?」
「よいかのう?」
「なんじゃ剣王よ」
「人の決めた枠では収まらぬ程の者が出てきたのじゃから、もう素姓がどうのと言っていたら大事なものを見失いかねないと思う」
「言っていることに関してはわからないわけではないが、我々の貴族としての歴史を蔑ろにするわけにも行かない」
「平民でも大きな実績を示せば貴族に取り上げることはあるじゃろう?」
「確かにある事はありますが厳しい審査が付きまといます。差したるものは貴族の地位を剥奪された者の一族三代に及ぶ復族が許されないことなどが挙げられます。厳しいようですが剥奪されるだけの理由と貴族のとしての責任の重さを高くするための処置ですので」
「あの者の素姓がタンドーラ家所縁の者の可能性も捨てきれぬ以上、あやつの身分は宙に浮いたままじゃ。それなのに王族を始め武神十四信仰宗家の纏め役レイモンド卿と全属性信仰代表、さらにレクスタ家が繋がりを持とうと動き出しておる。ペラム家との《名奪い》の繋がりを一部の者以外は公に出来ぬ以上、早目に対処をせねばならない」
「しかし陛下からも、あの者に関しては慎重にとトライセル殿下を介して伝言を承っております」
「国王陛下からの仰せで、あの者の詮索はせぬようとは如何なることが考えられる?」
「仙人による鑑定が行われた可能性が有ります。鑑定の内容次第では国王陛下が秘匿を命じる可能性は十分にあります」
「陛下が秘匿を命じる程の隠すべき能力があの者にあるということになるのだぞ?」
「あれだけのことを成してきた者に重大な秘密があったとしても不思議ではないでしょう」
「王家が関わってきたことで、より話が複雑になってきおったな」
「国王陛下の命ですので、それ以上はマジクに関しては深く探る事は出来ぬでしょう」
「剣王よ。あの者から何か聞いて居らぬのか?」
「………うむ」
「何かあるのじゃな?」
「推測の域じゃが構わないですかな?」
「先日、砦にてあの者が巫女姫に己の住んでいた場所を示しておったようじゃ。指差していた場所は南西の山脈の麓辺りじゃ」
「竜の領域が引かれた微妙な場所となりますな。調査におきましても間違えば竜を刺激しかねません」
「あの者は、そんな場所にあの歳まで暮らしていたと申すのか?だがそれはおかしな話ではないか?あの者は竜の領域を知らなかったのだぞ」
「はい。ですがこの際はそこに住んでいたという痕跡さえあれば、どうとでもなるという事です。ガルドー様の仰られた通り、既に王族に見初められて歴史上類を見ないほどの能力と偉業を成してきた者なのです。素姓など小さな問題になり得るだけのことを成し遂げているのが現在の評価となります」
「都合の良いように素姓を作り上げることも辞さないということか………殿下への密書を届ける必要が有りそうだが、それにはユースモアのダンジョンにて連れ出してきた人外のことも明記せねばならないであろう?それについてはどうなっておるのだ?」
「人間とはかけ離れた美貌はまさに人外なのでしょう。マジクが助け出したことで管理者となって言葉もマジクだけが理解出来る。千二百七十年に渡りダンジョンに幽閉されていた人外の美姫。これはレノックス殿からの報告となります」
「剣王よ。その美姫とやらに危険はなさそうか?」
「人外いっても見た目や様子では、竜人などとは結び付かず浮世とかけはなれた美しい容姿と長い耳を持つだけですな。戦闘力は今のところは皆無で魔法の存在されえも知らずに驚いていたようです。頭は良いようで現在の状況に馴染もうと努力しているとマジクも言っておりましたし、ワシの目にもそう映っりましたぞ。マジクの話では美姫は自分がなぜ幽閉されていたのか知らず、マジクに救出される前日まで家族と共に過ごしていたと思い込んでいたとのことですな」
「千二百年とは途方もない年月だな。本当にそれだけの年月幽閉されておって、今目を覚まして健康状態は問題ないのか?」
「王都の学院がこの事実を知れば調べたがりましょうが、一度マジクと仲違いをしている以上は無理でしょうな。新しく上げる報告で王族がどう動いてくるかというところになります」
「当の少女自体が自分のことを調べたがっているようではないか。近い将来学院にはマジクと共に出向く事にはなりそうだが、今すぐという事はなかろう。この件はもう少し様子を見ることにする。本当に我々を騙すだけの画策を用いているならば、ボロを出すまで様子を見る。我々に想像できぬほどの裏があるならば、実際に目の辺りにしなければ、対策もしようがないからな」
「そうですな」
ライオネスの頷く反応に密談部屋に沈黙が下りる。私はキンブリルに目配りをして次の議題に進ませることにした。
「では次にバーナデット嬢のこの間のダンジョン探求にて試練部屋より手に入れた卵が発見されたということになりますが」
「赤子の次は卵か………あの者は本当に常識をわきまえることを知らんのか?」
「ダンジョンの探求の歴史の中で試練部屋の宝箱から卵が発見された例はないとのことです。卵型の宝玉や宝飾品はあっても明らかに生物が宿りそうな卵は初めてとなりましょう」
「漆黒の卵と聞いたが?」
「模様も何もなく表面はざらついた感じではありますが、真っ黒ですな」
「あの者の全属性が関係すると思うか?」
「そこまでは分かりかねますが王国に黒い赤子大の卵を産む生物はいないだろうとのことです。学院または王城の書庫には何か記述があるやも知れませんが」
「それも殿下へと委ねればならぬか………」
「王族がマジクを手懐けると決めたのだ。この際は全てトライセル殿下に任せるしかあるまい」
「ここは悩みの種だけを引き受けて頂けたと気持ちを前向きに考えるのが良いかと」
「そうじゃな、だが利だけは受け取れるよう上手く動けよ?それは殿下も承知しておるのだ。存分にな」
「畏まりました」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
イーニッドは今回も密談を盗み聞きをしていた。王都に同行できなかったのは非常に残念だったが、あの竜殺しの青年が王族に見初められた事実を父から聞いて、案外と王都についていかなくて良かったのではと思うようになった。それでもあの青年を偽りでも好きになろうと準備していた心が宙ぶらりんになった感覚は少し気持ちが悪い。
「お父様がマジクとの良縁を結ぶのをやめた理由も納得だけど、好みでなかった顔にも何とか愛嬌を見出せるようになったのに困ったものだわ」
王族が認めた力の持ち主を私が手に入れるという野心が生まれなくもない。平穏な世ではあるが虐げられる弱者が居なくならないのが現状である。マジクの心を手中に収めることが出来れば新しい世界を築くことも叶うかも知れない。賭けの要素が高いものになるが実際出来るならば賭けるだけの価値はあるのだ。
「でもまだ決め手に欠ける。どんなに力があろうとも所詮は人である限り死ぬときは死ぬ」
人がいかに脆いかなど分かりきったことだ。
「それに甘ちゃんなのよね。大義のためには家族や私をも犠牲にできるぐらいでないと、きっと私の思い描く未来は確約されない」
父の言いつけならば、ゆっくりと本人の気持ちを誘導しながら時期を見て仕掛けることが出来たが、考えを変えた父の言いつけを破ってまでの行動になると最後まで駆け抜けなければならない。リスクが高すぎた。あの青年に頼らなくても私自身が領主の座に就けば、ピークトリクトだけでも自分の思い描く未来を実現出来る可能性が高いのだ。
「新しい女の影に少し焦りを感じるのは、私がマジクに心を動かされてるからかしらね?」
自問自答をしてもこればかりは分からない。私は今まで恋をしたこともなければ、男の人に魅力を感じたこともなかったのだ。
「どうしたものかしらね~流石に九歳の子供に手を出すとは思えないけど、マジクの周りはそのくらい歳の女の子が多いのよね~まさかとは思うけど、本当に年端も付かない子を好む変態じゃないでしょうね?」
タンスの中でマジクの変態疑惑が大きく展開を始める。
次話 「砦の前の対決」




