91、禍の種
険しい顔で楓は卵を抱きしめている。僕が怒鳴ってから楓は不貞腐れるように卵を離さずにピタリと抱きしめている。そんな様子を見てアキちゃんが僕に抱きついて来た。楓の眉がピクリとする。
「だぁー」
アキちゃんが楓に声をかけるが、楓は変わらず真っ黒な卵を抱きしめている。
「楓ちゃんどうしたでちゅかね~?」
ラヴィニアが楓の頬っぺたを指先で突っつく。楓はここ二日くらい、ずっとこんな感じだ。何が産まれるかわからないだけに、楓と一緒にして置くのは不安だが無理に剥がそうとすると怒るのだ。
ラヴィニアが僕のお尻を押して僕の体を卵に押し付けた。アキちゃんも僕の背中に押し付ける。卵を楓と僕で挟み込んで抱きしめてる感じになった。
「なにがしたいでちゅか?」
「微笑ましい絵になったわよ」
「あらあら~皆んな仲良しね~」
母が近付いてくるとアキちゃんが僕の背から離れて、母に向けて声を出す。母が抱き上げるとアキちゃんはニコニコになる。
「アキちゃんは~ママの方が好きでちゅかぁ~?ちゅ~」
「きゃ♪きゃ♪」
アキちゃんが母にキスの嵐を浴びて大喜びだ。
「はいはい~ユウキちゃんもしてあげますからね~拗ねたら駄目ですよ~」
「ぼくはすねてないでちゅよ?くっくすぐったいでちゅ♪」
拒否すると母がヘソを曲げてしまうので受け入れたのだが、思わず笑みが溢れてしまうのは目に見えない母からの愛を感じたからかも知れない。母が公平にと楓も抱っこしようとしたが、頑なにイヤイヤした。強引に指を卵から剥がそうとするとジワっと涙ぐむのでやめておく。何が楓をそこまで意固地にさせるのか分からないが、暫く放って置くしかなさそうだ。寝るときも楓は卵を抱いたままなので、小まめに様子を見るように僕が気をつけるしかなさそうだが、たまには楓の我が儘に付き合ってあげるのも良いだろう。
「本当に何が生まれるのですかね!?」
メイにも注意するよう喚起してある。もし危ない生き物が生まれて来たら、一番大事なのは楓の安全である。場合によっては卵の中身は排除も厭わないとメイだけでなく母やラヴィニアにも伝えてあるが、母の側にはカウタが居るので、卵の問題が解決するまでは、楓を母の近くにいさせるように僕自身が外出をなくすことにしようとまで考えている。午後にはいつものようにバーナデットとリリアが来る予定になって居るので、リリアにライオネスへの言付けを頼むことにしよう。しばらく忙しいので顔は出せないと。
「マジクは今日は留守なのよ?いないのよ?」
「そうやって、私を騙そうとしても駄目ですわ。《名奪い》だか何だか知りませんけど、マジク様をこんな場所に隠したり、独り占めするのは如何なものと思います」
「マジクには大切な場所なのよ?」
「何が大切かは知りませんが、私は、こんな美しくない建物御免ですわ」
騒がしい女の子とバーナデットの声が聞こえて来る。聞き捨てならないことを言われて居るが、ここは赤ん坊でいた方が良さそうだ。
「失礼しますわ。まあまあ中も庶民ですわね。マジク様がお住まいでなかったら、絶対に長居したくないですわ」
「ロゼッタお嬢様。ご自重を」
「バーナデット様いらっしゃいませ!そちらの失礼な方はどなたですか!?」
「バーナデット!お菓子は!?お菓子はないのか!?」
「優雨美様?お菓子は今日もなしなのよ?」
「なんだ!やだぞ!もう耐えられないぞ!」
ベビーヘッドから覗く四人のちびっ子どもは背丈は似たり寄ったりで、二人知らない女の子がいる。濃い緑の髪の毛を真っ直ぐ腰まで伸ばして同じ緑のドレスを着ていた。派手な見た目が似合うロゼッタと呼ばれた貴族のお嬢様と窘めた側の薄い紫色の成人してるかしてないかくらいの少女だ。どこの誰だか知らないがマジクに用があるらしい。それも僕をかなり重要視しているような物言いだ。
「何ですか、この失礼な子供は?気分が悪いにも程がありますわ」
「メイは子供かも知れませんけど!巫女なのです!失礼なのはそっちなのです!名を名乗れなのです!」
「私は、武神十四信仰宗家の長レクスタ=ヤン=シャイルが長女、レクスタ=ヤン=ロゼッタですわ」
レクスタ家の女の子がなんでここにいるのかと、レクスタ家が匂わせていた思惑に絡むものかと思い当たる。バーナデットが案内してきたことを見ても本物のレクスタ家なのは間違いないようだ。面倒事の匂いも、ぷんぷん臭うのでマジクとしては会わない方がよさそうである。上流階級特有の高飛車な子供の態度に、いちいち受け応えしないといけなそうなので相手は避ける方向で行くことにしよう。メイとロゼッタが、むきぃーっと睨み合っているのをバーナデットが止めようとして、おろおろしていた。仲裁の意味も込めてここは、赤ちゃんを演じることにしよう。
「あー!あぅーあー!」
「うー!あーあー!」
僕が大きな声を出すとアキちゃんも呼応して大きな声をあげる。双子の連携プレイだ。アキちゃんは楽しそうに声を出し続けるので、僕も応えて声を出す。
「赤ちゃんが三人もいらっしゃるのね」
「どうしたですか?ユウキ変な声出して」
「赤ちゃんは変な声出すものですわ」
「ユウキは喋れますよ?」
「何を馬鹿な。こんな小ちゃな赤ちゃんが喋れるわけないでしょう?」
「そっちこそ何を言ってるですか!ユウキは喋れるんです!」
「あぶぅ~?」
ちょっと首を傾げて口の中に指を突っ込んで覗き込むお姉様方を見る。メイには悪いがここは無垢な赤ん坊を演じきる。
「あら庶民の赤ちゃんにしては可愛いですね~。それに黒髪ですか?染めていないのなら私の家来にしてあげてもよろしくてよ?」
「ユウキ!あなたは喋れるはずなのです!なぜですか!?これも神の試練ですか!?おお神よ!!」
メイが跪いて天を仰ぎ始めた。
「ユウキ?メイが可哀想なのよ?」
確かにメイはダンジョンの神への依存が強いので、ダンジョンの神絡みは可哀想になるぐらい、悄気たり打ちのめされたりとするので、少し扱いを改めようと考えた。今日の所はごめんと頭を下げておく。
「なにかしら、この赤ちゃんは赤ちゃんらしくない顔と行動しますのね」
真顔で頭を下げた様子が異様に見えたようだ。
「それでこの赤ちゃんが抱いているのは卵でいいのかしら?」
「楓ちゃんのお気に入りなのよ?」
「そう。おもちゃなのね。でも随分と変わったおもちゃ気に入ったのね?」
ロゼッタが卵を触ろうとすると楓が卵を抱えて後ろに下がる。ロゼッタは、まさか赤ちゃんがそんな動きをすると思わなかったようでポカンと呆けてしまう。
「何ですの?この赤ちゃん達はちょっとおかしいわよ?」
「そうなの?いつもこんな感じなのよ?」
「この子とこの子は髪の毛は違うけど、そっくりですわ。こちらの子とこちらの子は毛色は一緒ですが似てませわね」
「アキちゃんとユウキは双子なのよ?楓ちゃんは………拾われたの………よ?」
楓に対してはバーナデットは楓の素性に関わるので気を使ったのだろうが、知らない人が聞くと不憫な子になっている。
「あらそうなのね?あなた卵を気に入るなんて変わっているけど、黒髪だから将来は私が使ってあげても良くてよ?」
ロゼッタはロゼッタでかなり問題のある子のようだ。どうも家柄に胡座をかいているようでルーレに嗜められるあたりを思い返しても、レクスタ家の力と自分の力を履き違えているようだ。貴族の子供とはバーナデット以外会ったことがないが、本来貴族の子供とはこんなものなのかも知れない。ユウキの姿でロゼッタの素を見れたのは良いことだったかも知れない。
「あら~あら~お客さんね~どなたかしら?」
母とリリアがお茶を準備して部屋に入ってくる。これは思い掛けない出会いだ。母がレクスタ家に嫁いだと言うならば、レクスタ家当主直系の娘や仕えている少女との面識があるはずだ。
「ユースモア領から来たロゼッタ様とルーレなのよ?マジクに用があると言うのよ?ロゼッタ様?砦の主人マイリオリーヌなのよ?」
「それは遠くから残念ね~マジクちゃんは~今はいないわよ~」
「帰って来るのでしょう?少し待たせて貰うわ」
「帰って来るかは分からないけど~どうぞ~賑やかななのは、いいわね~」
母とレクスタ家の関係はロゼッタとルーレの反応でわかると思ったのだが、特になんの反応もない。面識のある人間同士の反応には見えなかった。母はレクスタ家でロゼッタとルーレに会っていないのだろうかと疑問が浮かび上がる。会ってなかったとしてもレクスタ家がロゼッタとルーレを僕の元に寄越すにあたって、タンドーラ家の情報を与えていないのはおかしな話だ。余計にレクスタ家の目的が掴め辛くなって来た。
「あらガキンチョが増えてるわね?」
ラヴィニアが入って来た。母の部屋のラヴィニアは皆んなが言葉がわからないと思って裏での口の悪い言動が目立つ。
「あんたはそのうち刺されるわね。ブスッと後ろから」
反論したいが反論できない。僕が喋れない状況だと分かって楽しんでいるのでタチが悪い。母の部屋は広めだが赤ちゃんが三人と女の子が四人、大人が四人とカウタもいるので流石に手狭で密度が濃い。
「ユウキちゃん~変な顔してどうしたのかな~おっぱいの時間ですよ~」
母に抱き上げられて、おっぱいを頂く。リリアに何か耳打ちされたバーナデットが「変態さんなのよ?」と言ってるいるが、これは譲れない。アキちゃんとの成長の差は僕が抱える最大の懸案事項だ。兄の尊厳を維持するためにはマジクの尊厳など捨てても良い。
「それでロゼッタちゃんは~マジクちゃんに何の用があるのかしら~」
「ロゼッタ様はマジクに種を貰いに来たのよ?」
ん?種って何だ?
「私は、マジク様との子を授かりに来ましたわ」
ブッー!!!
僕は、おっぱいを盛大に吐き出した。
次話 「間幕 竜殺しの正体Ⅳ」




