80、メイの背中で
朝食の席で昨日のことを話してみたら、レノックスが真っ先に頭を抱えた。
「何で昨日の内に報告しなかったのさ!」
「皆さん疲れていると思って僕も疲れていましたし、寝て忘れたかったんでしょうかね?」
「君のことを私に聞くんじゃない!」
「お前さんは最近色々あるせいか、動じなくったと言うより鈍くなったのかのう」
「それは不本意な言われ方ですね」
「不本意なら今後は治すことじゃ。それで印象はどうだったのじゃ?」
「優雨美様に近い気がしましたね。ユースモアで神と崇められるような方おられますか?」
「知らぬのう」
メンバー全員の顔を伺うが誰も知らぬようだ。
「名前が分かれば多少なりとも判断できたかも知れないがな」
ガチャガチャと朝食を口に掻き込むメイの姿は巫女姫様と呼ばれる立場の者からかけ離れた姿に映る。
「メイ?ダンジョンに関わる神に近い人いるかな?」
「あぐゃばわだばぼげでしゃどるが!」
「食べ終わってからでいいよ」
「その人外は楽しみにしていると挨拶に来たのじゃな?」
「そう言ってましたが待ち受けているなら逃げるという手もありますよ?レノックス様?」
「きのうレクスタ家にあれだけ啖呵切って逃げれるわけがないでしょ!?」
「優雨美様と同じならば、やはり戦いになるのかのう」
「そこで問題が生じます。もし優雨美と同じように今回気に入られて、ピークトリクトに押しかけて来たらという予想です」
「それは楽しそうじゃの」
「ガルドーさんはそうかも知れませんが僕は勘弁してほしいです。今回はユースモア領との間に摩擦が生じるかも知れません。天神海領と大きなトラブルにならなかったのは、竜人様とのトラブル解消に僕を呼んだのだからであって、今回は条件が異なりますから」
「考えすぎではないか?人外の尊ぶべきお方の自由意志を奪える訳がない。優雨美様で当てはめれば、神と同等の扱いを受けている方の行動を人間がどうこうするなど烏滸がましいということじゃ」
「はい!はい!」
朝食を食べ切ったメイが発言を求めて大きく手をあげる。自己主張の強い小学生の姿に重なる。
「はいメイ君」
「ダンジョンの神はダンジョンの神だけで唯一無二の存在です!」
元気一杯の割に全く役に立たない情報だった。
「さてどうしましょうかね?」
「どうするもこうするも今更何も出来まい」
「全てを報告して判断を仰ぐのも手ですよ?」
「そして判断が出るまで足止めを食う訳じゃな。その人外の元へと行かなくても平気なのか?」
「今日楽しみにしていると言われていますし、すっぽかしてどんな影響が現れるかもわかりませんがね」
「どちらに回っても面倒なことよのう」
「どうでしょういっそのこと僕からの話を聞かなことにして、僕だけで行ってきますか?」
「レクスタ家にはどう説明する?」
「僕の独断でも何でも適当に言ってもらって結構ですよ」
「それではペラム家の面子が潰れてしまうだろう」
「そういうものですか?」
「そういうものじゃな」
「招待不明の者に策を労そうとしても相手がわからない以上無駄になる可能性が高いので、要らぬ小細工は考えずに真っ向勝負と行きますか」
「お前さんそれは楽天的と言うか適当というか」
「考えるのが面倒になってきました」
「なんか楽しそうですね!」
「そうだな、いっそのこと楽しんでしまった方が気が楽だな」
「君達の神経を疑うよ。胃が痛くなってきた」
ユースモア領にはダンジョンが二つある。一つはユースモアの街に、もう一つがこのエルドの町にある。ユースモア領はダンジョンからの恩恵を最も少なく受ける領として甘んじていた。
ユースモア領では武神十四信仰宗家による信仰が盛んで、その分ダンジョンの神の信仰が薄いとされている。
武神十四信仰宗家の中で最も信徒が多いとされる剣術の神を信仰するレクスタ家は代々高位の<剣術能力>者を輩出してきた。レクスタ家の血族は王国中に分家を作り勢力を広げる一方で直系の血族だけは閉鎖的に守り続けている。外から入れる血には細心の注意を払い、高位の<剣術能力>を持つ家系として武神十四信仰宗家最強の地位を譲らずに来た歴史を固執していた。剣術の神の信仰宗家であるレクスタ家は剣術の教授と剣術の神への信仰で広く門扉を開いて信徒を積極的に集めている。分家の血を王国中に広めて薄れた血を持って<剣術能力>持ちを増やす戦略を何百年も前から画策して現在の地位を手にした家柄でもあった。この成功を見て他の武神十四信仰宗家も同じ戦略を持って王国に信徒と門弟を増やしている。ユースモア領はそんな武神十四信仰宗家が一堂に会する唯一の領として、ダンジョンからの恩恵に固執しない体系が出来上がった王国では異質な領の一つだった。
レクスタ家がタンドーラ家の令嬢を迎えた理由は今以て謎だった。貴族の他領への婚姻には領主の許可が必要となる。自領の不利益となる他領への婚姻を避けるためだ。婚姻によって有能な人材の流出をさせないための制度でもある。タンドーラ家は没落しており貴族ではなかったが、没落しても再興の可能性がある二代目及び三代目迄の子弟には、場合によって許可が必要となる。タンドーラ=マイリオリーヌは領内だけに及ばす他領にも知られるほどの素晴らしい令嬢ともっぱらの評判で、公表されていた能力と人柄がレクスタ家の目に止まったとされている。オリヴァーから知らされたのは、これらの公表された母の能力は虚偽で、将来の資金を調達するために用意周到に準備したタンドーラ家による偶像された令嬢だという話だ。このことに気付いたレクスタ家は母を追い出したのではないかという。このことに対して母は口を閉ざしている。言わないでいる母の気持ちを察して、問い詰める迄には至っていないが、元はタンドーラ家が悪いとしてもレクスタ家が母に対して行った行動が納得いかなかった場合、僕は家族としてレクスタ家を敵に回すのも辞さない覚悟があった。
「それでは出発しますか」
ダンジョンの入口に向かう探求代行のペラム家パーティーを呆然と見つめて足を動かさない同行者のレクスタ家が二人いる。
「あの、その子供と赤ちゃんは見送りでは?」
「いいえ連れて行きますが?」
間違いなくレクスタ家の二人の反応が普通である。
仏頂面の楓を背負ったメイの手を繋ぐ僕の姿は、これからダンジョンに潜る姿とはかけ離れており非常識である。だがそれを非常識と見せないように当たり前であるかのように振る舞うことが、まえもって皆んなで口裏を合わせをしたものだった。ペラム家に対しては眉唾物の噂が数多くある。鼻歌混じりでダンジョンを探求するとか、ピクニックと勘違いしてあるとか、そういった噂を逆に利用してペラム家だからと納得させる作戦である。これに関してはレノックスは大ノリであった。こんな所は母のスカーレットによく似ている。普段スカーレットが起こしたトラブルの火消しをしている分、自分が当事者となった時の抑えていた反動は大きいようだ。楽しそうなことだとスカーレットによく似たバーナデット曰く悪い顔をしたのが印象的だった。変な噂や悪名を広めることに関してはビギアルあたりが難色を示そうだが、彼はペラム家の人達が望む事に関して世間的には求められていないことでも、苦言を呈することは一切ない。悪名もペラム家が望むなら広げるのが彼のペラム家への徹底的な忠義であった。世間が見るペラム家が大事なのではなく、ペラム家が世間をどう見るかが大事なのであった。
レノックスの思惑通りにダンジョン探求に向かう他の冒険者達もペラム家の探求が今日行われると興味津々でダンジョンの入口に集まって来て居たのだが、まさに噂通りピクニックでも向かうかの如く、はしゃぐ子供と赤ん坊を連れて入っていこうとするのは、集まった冒険者達も予想外の光景だったらしく口をあんぐりとさせていた。
レクスタ家の二人は全身金属製フルアーマーに長剣を帯剣して背にはバックパック。対して僕らペラム家一行は動きやすい革製の胸当てとブーツとアームカバーのみで、メイに至ってはゆったりとした薄い緑色の巫女着に楓も緑色のベビー服。僕に至っては楓のおむつや変え着などを入れた母お手製のファンシーなバックパックを背負っている。レクスタ家とのダンジョン探求に向かう姿の温度差が激しかった。
ダンジョンの入口にいる駐在騎士に挨拶をして入口からダンジョンに入ると、駆け足でレクスタ家の二人が追いついて来た。
「昨日は挨拶が出来ていませんでしたがペラム家のご令嬢でしたか。初めましてレクスタ=ディアナとこちらがレクスタ=サイラスです」
「あっ、違います。これはメイです。この赤ん坊、楓の世話係ですのでペラム家の令嬢では有りません」
「え?ですがダンジョンに入れるのは」
「メイはダンジョンの神の巫女姫という身分ですので入ることが出来ます。楓に関しても同じような理由ですね」
ダンジョンの入口にいた駐在騎士には予め確認して貰っていた。メイが何の確証もなしに大丈夫と自信げでいたのが実際に確認をとったところ通用したのは驚く話だった。ダンジョンの神の神殿巫女は年齢に関わらずダンジョンへ入ることが許されているらしい。かなり昔にダンジョン内での神事を執り行っていた風習の名残だそうだ。
ブイ!とかやめなさい。
メイのドヤ顔にレクスタ家の二人は困惑顔で応える。楓に関してはレクスタ家の二人には詳しい事は言わないが、トライセルを介して国王から特別に許可免状を得ていた。国王が与える特例の一つでペラム家の子息に与える物とはまた違う。僕と同行することが絶対条件の特別な許可状だった。
ペラム家がダンジョンに関しては法規的に優遇されているのは王国民にとって周知の事実である。それだけの優遇が得られるほどの能力と実績があり、ペラム家はペラム家で王国民に自分達の力を示さなければならないという一面もあった。貴族からの依頼を受けるのは、依頼先のダンジョンの領民達にペラム家の力をアピールする場としても大いに利用価値がある。様々な理由でペラム家は王国民に英雄視されるに至るまで実績を見せつけることに成功してきていたのだった。
ダンジョンの探求は、まだ上層なのでかなりのスピードで進んで来ている。王国随一とままで言われるようになって来た罠の専門家ビギアルを先頭に続いてレノックス、僕、メイと楓、レクスタ家の二人、最後尾にガルドーといった隊列だ。僕がメイの前を歩くのはメイに背負われた楓から僕の姿がよく見えるようにで、序でに進行方向での突発的な予期せぬトラブルに対処するためでもある。僕より前を歩く二人が優秀なので前の二人が体験したことない不測の事態が起きない限り僕の出番はない。普段の探求であれはそれで済むのだが、今回は名指しで待ち受ける者がいるので常に緊張感は持っていたが、レクスタ家の二人にはそうは見えていないかもしれない。
「パジポルトのト!」
「トッピアのア」
「アレパのパ!」
「アレパって何だっけ?」
「緑で酸っぱいやつです!メイは大嫌いです!」
絶賛、僕とメイでしりとりの真っ最中である。しりとりは僕が教えたもので目を離すと隊列を乱して、あっちにふらふら、こっちにふらふらしてしまうメイにはもってこいの遊びだった。僕にしてみても知らない物の名称を知る良い機会で、メイの相手をしているふりをしてメイの知っている物の名称を吸収していた。ただメイが教えてくれる物の特徴がアバウトかつ、メイ自身の個人的感想が多いので、間違った知識を覚えてしまいそうなのを周りの人間の反応で修正し判断している最中である。
メイは時折、ダンジョンの壁を這っている虫に過剰な反応をした。試しに虫を近づけたら「ぎゃー!」っと叫び声を上げて逃げ出そうとした。罠や仕掛けのあるダンジョンの中なので逃げ出す前に捕まえたので事なきを得たが、メイは虫が苦手なようで涙ながらに訴えかけてくる姿に流石に悪いことをしたと反省した。
探求は順調で僕には全くの出番がなく、ビギアルの罠の対処のスピードは何をしたのかわからないほど早かった。罠の種類を見極めるのか早く対処も早い。レノックスの探求パーティーが王国一のスピードスターと呼ばれている理由を目の当たりにした。一時間もしないうちに上層の三層を何事もなく抜け四層目に入って直ぐにレノックスの動きが止まった。
「はっはっは!これは、かなりの反応だね」
いきなり笑いだすので何が起きたかとレクスタ家には緊張が走り腰の得物に手をかけて周囲を警戒し始める。
「レノックス様どの方向ですか?」
「こっちだねぇ。これはこれは、バーナデットはデビューでこれだけの反応を感じたのかい?君ヤバイね!」
レノックスの表情と言葉遣いが荒々しくなる。<秘宝狂い>が反応して気持ちが高ぶって来ているのだろう。
「こんなに強い高揚感は初めて感じるよ!これは病みつきになるかも!」
「あそこから迷い込んでます。下層のようですね」
「さてディアナ様、サイラス様。我々はダンジョンの神の悪戯に出くわしました。この先は下層になります。迂闊な行動をとりますと直ぐにも全滅へと直結する危険な領域ですので、お分かりだとは思いますが、全て判断を仰いで行動してもらいます」
「わっ、分かりました」
レクスタ家の二人から緊張が伝わってくる。メイにも注意しようとしていたら跪いて祈っていた。
「メイ?何してんの?」
「神から賜ったイタズラに感謝をしています!」
「そうメイも少し落ち着いてね。この先は本当に危ないんだ」
「わかりました!この先の安全も祈りましょう!」
「いいから行くよ」
「うわ!お祈りの最中です!駄目です!わ!わ!」
メイの首根っこを掴んで持ち上げると、こことぞばかりに楓が僕の指を掴んで来た。
「あー!あーあー!」
楓から非難の眼差しが僕に向けられる。先程から気付いていたがメイの背中は居心地が悪そうだ。落ち着きがないのでメイがキョロキョロするだけで背負われた楓は一緒に頭を振られるのである。それでも楓には悪いがメイの背中を楓の定位置にしたかった。巻き込まれる戦闘が次々と激化していくのに、楓を背負いながらの戦闘には限界を感じ始めている。身を投げ出さなければ一太刀さえ与えられないレベルの相手に対しての戦闘では楓の存在が大きな足枷になっているのは間違いないのだ。楓には我慢してもらうことで慣れてもらうのも、今回のダンジョン探求にてやって起きたいことの一つだった。
次話 「檻の中の女の子」




